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焼き鳥は、はじまりの合図

今夜は焼き鳥でビールいったれ、と思い付き、イオンの中にある持ち帰り専門の焼き鳥屋に寄った。

いつもはそんなに混んでいないこの店だが、今日からゴールデンウィークということもあり、私の前にすでに四組ほど並んでいる。最後尾につきながらガラスケースの中を覗くと、売り切れている種類もちらほら。どうやら私のような思い付きをした人間が他にも大勢いるようだ。焼き鳥×ビールはゴールデンウィークはじまりの合図。ヤバイ過去は捨てて無邪気な笑顔でみんな幸せ。

で、どの種類を買おうか覗き込んでいると、私がこの店でいつも欠かさず購入している「ももにんにく」が残り2本であることに気付いた。ももにんにくとは鶏もも肉とにんにくが交互に刺さっている串で、ジューシーな鶏ももとガツンとくるにんにくの刺激が噛み締めるたび絶妙に混じり合う最高のビールのお供、私の大好物である。ももにんにくを食べられるなら最後のキスがにんにくのflavorになっても構わない。クサくておいしい香り。そんなももにんにくが残り2本というのだから、はっきり言って気が気ではない。先頭で会計をしていた人が去り、私の前には客が三組。順番が回ってくるまで、ももにんにくは残っているだろうか。もし私が5歳児なら「ねえママ、ももにんにく食べたい食べたい絶対食べたいビールと一緒に食ーべーたーいー」と大声で駄々をこねて他の客に圧をかけるところだが、33歳なのが悔やまれる。33歳は祈ることしかできない。

しかしビール大好き33歳児の祈りが通じたのか、一組目はももにんにくを買わずに去って行った。そして二組目も、ももにんにくには目もくれず他の串を選んで会計中。これはいけるかもしれない……そう思ったのも束の間、私の目の前に並んでいるカップルがケースの中を覗き込んで、ももにんにくとねぎまを交互に指さしながら何やら小声で相談している。まずい、ももにんにくの存在がバレた。悪いこと言わないからねぎまにしとけ?二人のキスがにんにくのflavorになるよ?

心の中で訴えかけながら、行く末を見守る。カップルの女性が焼き鳥を指さしながら店員に注文を伝えはじめた。砂肝2本、せせり2本、そしてねぎま2本。よし、もう十分だ!一人3本あれば十分!

しかし、無情にもその人差し指は止まらなかった。女性が最後に指さした先には、ももにんにく。私は膝から崩れ落ちそうになったが、気力を振り絞って最後の希望に賭けた。

頼む、1本であれ。

家で待つ夫の顔など浮かばなかった。私だけでも、ももにんにくを食べたい。絶対に食べたい。

そんな夫への裏切りを断罪するかのように、女性は店員にコールした。

「ももにんにく、2本」

ももにんにくは店員の手によりケースから取り出され、他の焼き鳥とともに透明パックの中へと収まった。私が呆然自失とする中、カップルは会計を済ませて帰っていく。店員から「お次の方どうぞ」と促され、ゆらりとガラスケースの前に移動した。

「ももにんにく」という札はあるのに、ももにんにくは、もういない。喪失感に胸がギュッとなる。私が10代の小娘だったら三日三晩aikoを聴きながら泣き暮らしたに違いないが、今の私は酸いも甘いも嚙み分けた33歳の大人の女である。失ったものは戻らないこと、そして時間が解決してくれることを知っている。だから、前を向こう。

改めてケースの中を見渡すと、いつもは見かけない串が目に入った。そうだ、別れがあれば出会いもある。花びら舞い散る。ヒュルリーラ……ヒュルリーラ……。私はふっと顔を上げ、店員に告げた。

「ぽんぽち、2本!」

これが私のはじまりの合図。暗い顔ばかりしてないで、笑顔でみんな幸せ。

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