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クリスマスに街コンでおむすびを握った話

7年前の冬のことである。

クリスマスを目前に控えた街では、赤と緑の配色が増え、あらゆるものに電飾が取り付けられ、クリスマスソングがエンドレスリピートされていた。道行く人々も心なしか浮き足立っているように見えなくもない。

そんな中、私にはクリスマスの予定が何もなかった。恋人もいなければ、こういう日に遊んでくれそうな友人の当てもない。まあ別にクリスマスだからといって必ずしもイチャイチャ、またはドンチャン、もしくはフォッフォしなければならない決まりなどない。だいたいキリストは未だかつて私の誕生日を祝ってくれたことなどないのだから、私も祝う義理などないのである。

しかしながら、イオンの火曜市とツルハのポイント2倍デー(5のつく日)くらいしか待ち遠しいものがない私にとって、クリスマスというのは貴重なイベントらしいイベントである。それをみすみす逃すのは惜しい。そんな貧乏根性が、何かやれ何かしろと私を駆り立てる。別にとろけるほどロマンチックだったり、禿げあがるほどスリリングである必要はない。ちょっと普段と違うことがしたい、ただそれだけだのことである。

そんなわけで、一人フレンチだとか夜景の見えるバーだとか、あえてのカニ食べ放題だとか、いくつかアイディアを練ってはみたものの、如何せんこの酒飲みの思考回路では「一人で飲みに行く」の範囲から脱することができず、それでは普段とやってることが同じではないかと頭を抱えた私は、まだ見ぬ可能性を求めて「クリスマス イベント」とGoogleに問いかけた。

そこで見つけたのが、街コンである。

「これだ!」と膝を打った。クリスマスに街コン、実に面白いではないか。数年前から街コンが流行っているのは知っていたが参加したことはなく、思い切って踏み込んでみるいい機会である。クリスマスの予定が埋まり、うまくいけば恋人も見つかるかもしれないとなれば一石二鳥だ。

しかも、クリスマスなら本命がいるのに冷やかしで来るような輩はいないはずだし、いい女いねがー的チャラなまはげタイプがクラブイベントを蹴ってまでわざわざ街コンに赴くというのも考えにくい。さらに友人知人とパーリナイ等の予定がないことを鑑みるに、参加する者は私と同様、交友関係が地味な方である可能性が高く、好きなタイプが「友達の少ない人」である私にとっては非常に好都合、これ以上ないほどベストな出会いの場となり得るのではなかろうか。

そのように推測した私は、さっそく12月25日に開催される街コンに申し込んだのであった。


雪降りしきるクリスマスの夜、凍結路面に細心の注意を払いながら、私は街コンの会場へと向かった。

会場は二階建てのおしゃれ居酒屋で、二階が街コン用に貸し切りになっていた。スタッフに名前を告げて受付を済ませ、指定されたテーブルに向かう。この街コンは6つのテーブルに男女がそれぞれ2~3名ずつ座り、女性陣は固定、男性陣が20分おきにテーブルを移動して回る方式だった。回転式の短い合コンのようなものである。

私が案内されたテーブルには、すでに女性が一人座っていた。一人または二人組で参加するシステムだったので、どうやら女性の一人参加同士がまとめられて同じ席になったらしい。

「あ、どうも、お願いします~。」

先に座っていた女性に声をかけながら自分の席に座ると、テーブルの上にプロフィールカードなるものが置いてあった。どうやらこれを見せ合いながらスムーズに会話を進めるべし、ということらしい。横目でちらっと見ると、隣の女性はもう書き終わっているようだ。私も早速記入に取りかかる。

が、初っ端から躓いた。一番上にあったのは、【ニックネーム】という項目である。私にはニックネームらしいニックネームがない。いや、もちろん名前の頭を取って「~ちゃん」みたいな呼び方をされることはあるが、なんというか、自らこのように呼んでいただきたいと希望するような、どこに出しても恥ずかしくない公式のニックネームがない。となれば、下の名前を書いておくのが定石であろうとは思う。思うのだが、如何せん私の名前というのが自分で思う自分のイメージよりだいぶ可愛い系で、下の名前だけを名乗るのが割と恥ずい。かと言って男女が親密になることを目的とした場において苗字というのも無粋な気がするし、フルネームを書くのもズレている。

しばらく迷ってから、私は意を決して下の名前を書いた。照れ隠し的なアレでちょっと雑に書いた。傍から見ればただの字の汚い人である。

その他、生年月日、出身地、職業、趣味など項目を埋め、私のプロフィールカードは無事完成した。ここでやっと一息ついて、今日この街コンを共に過ごすことになる隣の女性に目を向ける。

おとなしそうな人だった。もっさりとした黒髪ショートに、視力矯正以外のあらゆる目的を排除した細縁の眼鏡。化粧っけなく素朴な雰囲気だが、服装だけはやたらファンシーで、ふんだんにフリルが施された水色のワンピースを着ている。年下のようにも見えるし、見ようによっては年上にも見える風貌だった。

「あの私、こういう者です。」

私は書き終わったばかりのプロフィールカードを少し横にずらしてみせた。するとその人も「あ、どうも」という感じで、自分のプロフィールカードを私の見える位置に置いてくれた。

「ありがとうございます。いやあ、こういうの書くの初めてで、ニックネームとかないんで困っちゃいました。」

とか何とか言いつつ、相手のニックネーム欄を確認する。この人は公式のニックネームを持つ人だろうか。それとも下の名前で行く派だろうか。

【ニックネーム】おむすび

一瞬、好きな食べ物の欄を見てしまったのかと思い、再度確認する。

【ニックネーム】おむすび

間違いなく、【ニックネーム】の欄に「おむすび」と書いてある。私は恐る恐る聞いた。

「あの、おむすびさんとお呼びしたらいいですか?」

「はい、おむすびで。」

おむすびだった。

度肝を抜かれた。そんなのアリなのか。しかし、ニックネームとは本来こうあるべきなのかもしれない。だってニックネームなのだから。さっきまで苗字は無粋だのフルネームはズレてるだのくだらないことをあれこれ考えていた自分がとても小さな存在に思えた。おむすびに比べたら米粒のようなものである。

「おむすびさんはこういうの前にも来たことあります? 私、初めてなんですけど。」

「あ、一応2回目で……なんか趣味コン? みたいなやつで……。」

辛うじて聞こえた。おむすびの声はとても小さく、しかも早口である。

「へえ、そういうのもいいですね。なんの趣味コンですか?」

「一応、ゲームとかアニメとかみたいな……。」

そんなことを話している最中、おむすびの向こう側に白いものがちらっと見えて、私は思わず二度見した。

「えっ、あの、それは何ですか?」

「あ、これはトロです。」

テーブルの上に、トロがいた。

トロというのは『どこでもいっしょ』というPlayStationのゲームに出てくる白い猫のキャラクターである。そのトロの手のひら大のぬいぐるみが、テーブルの上おむすびの傍らに、ちょこんと佇んでいる。

「ゲームですよね、懐かしい。いやでも、なぜトロがそこに……?」

「トロ好きなんで……ンフフ……。」

ンフフじゃないよ、おむすび。『どこでもいっしょ』とはいえ、トロもまさか街コンに連れてこられるとは予想外なのではなかろうか。

このおむすび、只者ではない。


そうこうしている間に我々のテーブルの男性3人が到着した。危ない、おむすびの存在に完全に意識を持って行かれたが、本番はこれからである。おむすびよりも、目の前の男性陣に集中しなければ。

参加者が揃ったところで主催者から簡単に流れの説明があり、そのあと乾杯の発声で、街コンはついに幕を開けた。

今まで友人と合コンに行った経験は何度かあるのだが、友人と一緒だと私はどうしてもウケに走ってしまう。気付けばもう声がめちゃくちゃデカいし、酒もガバガバ飲んでしまう。場を盛り上げることにやたら必死になり、ボケたりツッコんだり場を回そうとしたり、そうなってはもう色気もへったくれもなく、舞い降りるのはロマンスの神様ではなくエンタの神様、「この人でしょうか?」と尋ねる代わりに「どこのどいつだ~い?アタシだよ!」である。

なので一人参加の今回は、場の盛り上がりや余計なウケなどは考えず、各種すべらない話も封印し、メロウなテンションで、男女の出会いの場として焦点の定まった会話を心掛けたい。運命の相手かもしれない誰かとの記念すべき初対面の夜。今日という今日は憂いを帯びた表情で右手をゆっくりクロスさせ、左耳に髪をかけたりしてみたいものである。

しかし、早々に暗雲が立ち込める。

「おむ……?」

おむすびのプロフィールカードを見て、男性陣が明らかに困惑しているのだ。まあ無理もない。

それでもいい歳した大人同士なので、仕事の話や趣味の話を何やかんやと話し始める、が、最大の問題が浮上。おむすびの声、全く聞こえない。いや、隣の席の私には辛うじて聞こえているが、正面の男性陣にまるで届いていない。おむすび、頑張れ、声張れ。心の中で叫ぶも、おむすびのささやき声は真ん中にあるシーザーサラダのクルトンに吸収されるが如く消えてゆく。しかもおむすび、なんか変なタイミングで喋る。相手がまだ喋っているときに喋ったり、もう終わった話題を急に喋ったりする。まるでおむすびの周りだけ時空が歪んでいるかのよう。会話のキャッチボールという意味では肩が激弱な上に極度のノーコンである。男性陣はそんなおむすびをどう扱っていいのかわからず、次第におむすびの発言をやんわりスルーするようになった。そうなると私も気が気でなく、会話に集中できない。空気が重い。

いろいろ噛み合わないまま20分が過ぎた。司会者から促され、とりあえず全員でLINEを交換。男性陣は隣のテーブルへと移っていった。

私は思った。ここは男女の出会いを目的とした場であり、私とおむすびが仲良くする必要はないのかもしれない。私は私、おむすびはおむすびで、それぞれが勝手にやればいいのかもしれない。しかし、明らかに人と話すのが苦手なのであろうおむすびが、それでもこうして前向きに人との出会いを得ようと街コンにやってきた、その勇気は尊く、例え肩が激弱で極度のノーコンだったとしても、決して存在を無視されていいはずがないのである。そして何より私がこの空気にどうしても耐えられない。それならば、私が何とかするしかない。こうして一人参加同士隣り合ったのも何かの縁だ。いつもはそこにいるトロが相棒なのだろうが、如何せんトロは喋れない。ならば今日は私がおむすびの相棒になろう。おむすびが街コンを楽しめるかどうかは、私にかかっている。今こそ模試でE判定の大学にべシャリ(面接)で合格した実力を発揮する時だ。任せろ、おむすび。私がおいしく握ってみせる。

左隣のテーブルから次の男性陣が移動してくる。私はさっきまでほとんど飲んでいなかったウーロンハイをグビグビっと体内に流し込み、自分の中のアクセルを思い切り踏み込んだ。

まずはつかみが重要。先程と同じく、やはりプロフィールカードを見て男性陣が「おむ……?」となったところで間髪入れず私は飛び込んだ。

「おむすびさん、って呼んでいいんですよねっ!?」

頷くおむすび。そしておむすびがマジでおむすびであることを理解した様子の男性陣。とりあえずこれでおむすびをおむすびとして受け入れる土壌はできたはずだ。

そして、次なる問題はおむすびの声小さすぎ問題であるが、これに関しては私が拡声器となることで対処する。

「あ、おむすびさんも休日はお買い物ですか~!」

おむすびの極小ボイスを近い位置で聞き取り、タイミングを微調整しつつ拡声。ささやき女将ならぬ、ささやきおむすびと、それを的確に拾うマイクこと私である。力ずくで会話を成立させ、我々はこういう船場吉兆をやるのだというスタンスを男性陣に示す。また、自らもおむすびと積極的に会話することで、おむすびとの会話の手本を示し、男性陣とおむすびの交流を促す。

おむすびのフォローをしながら、自分のことも話さなければならないので、めちゃくちゃ忙しい。2倍速で会話しているような感覚。声量もテンションも普段より数段階上げて、酒もガバガバ飲まなきゃ乗り切れない。アドレナリン全開、フルスロットル。憂いを帯びた表情で耳に髪をかけている暇など無い。それでも私はさっきの空気の中でいるより、ずっと生きている心地がした。

男性陣が入れ替わるたび、私は同じことを繰り返した。だんだんコツがつかめてきて、いい感じで場が盛り上がるようになった。おむすびも慣れてきたのか、少しずつ会話が噛み合うようになり、笑顔も見せるようになった。

次第に、この状況は相手男性との相性を見定める上で重要な指針になり得ることに気付いた。私が必死におむすびを会話の輪に入れようとしていることを敏感に察知し、積極的におむすびと話そうとしてくれる男性は大変に信頼できる。そういう男性はきっと、鍋をやるとなればカセットボンベの残量を予め確認しておいてくれるに違いないし、私が酔いつぶれたらキャップを開けた状態のいろはすを手渡してくれるに違いないし、クリームチーズは味噌漬けにしてくれるに違いない。反対に、私の努力虚しく、おむすびの存在を完全スルーする人も中にはいた。別におむすびをフォローしなければならない義務などないし、その人にはその人の考えがあるとは思うが、おむすびに興味を示さない時点で私にとってはアウトオブ眼中である。

おむすびもだんだんと私に気を許してくれているような感じがした。最後の方で一緒になった男性には、「え!?二人初対面なんですか?てっきり一緒にきた友達同士かと思いましたよ!」と言われるほどだった。それほどまでに、私はおむすびとの連携を強めることに成功したのである。おむすびの傍にいるトロも、癒し系の笑顔を私に向け、よくやったと言ってくれているような気がした。

夢中でやっているうちに最後のグループとの時間が終了した。みんなでLINEを交換し、解散。やりきった。20分×6組を走り抜けた。

「お疲れ様でした!」

私はおむすびと爽やかな挨拶を交わし、満ち足りた気分で会場を後にした。


帰り道、落ち着いて考えてみると、だんだん心配になってきた。あんなことをして、迷惑ではなかっただろうか。初対面の人間に勝手に世話を焼かれて、おむすびにしてみれば、良心の押し付け以外の何者でもない。どうして私はいつもこう調子に乗ってしまうのか。

そんなとき、LINEの通知がきた。おむすびからだった。

「今日はありがとうございました〜(*^▽^*) 実は前回の趣味コンの時、隣になった女性が冷たくて……結構辛かったんです(´;ω;`) でも今日は長瀬さんのおかげですっごく楽しかったです(*´∀`*) 本当に本当にありがとうございました・:*+.\(( °ω° ))/.:+」

ほっとした。そんな風に言ってもらえるなんて、頑張ってよかった。それにしてもおむすび、おまえ文章になるとめちゃくちゃ明るいな。

感慨にふけっていると、またスマホが鳴った。

「おむすびさんがあなたを『おむすび団』に招待しました。」

おむすび団……?

開いてみると、おむすびが「おむすび団」というLINEグループを作っていた。なんと今日話した男性たち全員が招待されている。男性たち同士は一緒にテーブルを回っていた人以外は全く面識がないのだが、おむすびはそれを一緒くたに招待してしまったのだ。男性十数名とおむすびと私。謎の逆ハーレム状態をつくりだそうとしている。予想外すぎるおむすびの大胆な行動に腰が抜けた。しかも傍から見れば、今日の振る舞いからして私のポジションは完全に団長の腹心、すなわちおむすび団の副団長である。

招待を受け入れておむすび団の団員となった人は全体の半分くらいだった。はっきり言って、これに関してはおむすびの暴走でしかなく、スルーした人もいて当然だと思う。この珍妙な軍団の団員になった人たちの勇気と優しさには脱帽せざるを得ない。

おむすび団長の発案で「また飲みにでも」というような話題も何度か上がったが、なんやかんやで有耶無耶となり、結局実現することはなかった。私も正直、おむすび団として活動する気持ちにはなれなかった。副団長はさすがに荷が重い。

私含め、誰もLINEを返さないことが増え、おむすび団はいつの間にか解散となった。

今年もクリスマスがやってくる。この季節になると、七面鳥やケーキなどのご馳走と共に、おむすびが思い浮かぶ。

7年前のクリスマスの夜、私は確かにおむすびと出会った。でも今となっては、おむすびがおむすびらしく元気にやっていることを、イルミネーションの光に願うことくらいしかできない。


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