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ビジネスと国境──ブルネイ─ Singapore 9

 私は、2011年1月から3月までシンガポールに滞在して、アジア、とくに東南アジアの社会と行政について観察し情報収集を行った。その作業はまだ途上であったが、3月11日の東日本大震災のために、その後の観察は断念せざるを得なかった。今、当時書き綴ったコラムを読み返して、今でも、多くの方に伝える価値があると思い、このNOTEに掲載することにした。その第9弾。

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 ブルネイでは、南部のセリア地域に油田がある。世話になった地元のビジネスマンの案内で、一日油田地帯を視察し、さらに国境を越えて、隣接するマレーシアのサラワクに行ってきた。

油田地帯は、巨大なタンクや鉄塔、パイプ等の殺風景な風景が続く。この巨大な工場群(?)がブルネイに巨額の富をもたらすとともに、地域経済の繁栄を生み出している。この石油・天然ガス施設の建設等に関連して、多数のビジネスチャンスが生まれ、それは、ブルネイ国内だけではなく隣接するサラワクにも大きな潤いをもたらしている。

油田地帯には充分な港湾がなかったことから、隣接するサラワクのミリが資材の陸揚港となり、大いに発展したそうである。両国を行き来するビジネスマンは、そのため日に何度も国境を通過する。

私たちも、案内してくれたビジネスマンと一緒に国境を車で越えたが、国境ではパスポートのチェックはあるものの、当人は車に乗ったままで本人確認はない。提示したパスポートにスタンプが押されて返されてくるだけである。

ミリでは、こうした事業で成功した実業家の豪邸に招待されたが、彼は、サラワクで生まれた二代目の事業家であり、もともとは中国の海南島出身の彼の父が、この土地に来てビジネスを始め、二代目になって財をなしたとのことである。彼のようなビジネスマンは他にもおり、彼らは子弟をシンガポールの学校に通わせるとともに、頻繁にシンガポールにいって情報を集め、ビジネスのネットワークの拡大を図っている。日本でいえば、地方の実業家が、時折東京に出てきて商売の拡大を図るような感覚であろう。

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ミリは、人口30万とか。ブルネイの油田で栄える他国の都市であるが、人口はブルネイの規模に近づきつつある。当地の庶民が買い物をする市場にもいってみたが、ブルネイよりもはるかに活気があり、地域の発展のエネルギーを感じた。

こうした日本ではほとんど触れることのない地域の実情をみて、ビジネスの世界では、国家や国境が次第にその意味を失いつつあるということを、改めて感じた。自動車とインターネット、そして携帯電話の時代にあっては、ビジネスチャンスは、国境に関わらず生まれ、それを追求するビジネスマンは、国境を乗り越えてビジネスを展開していく。

こうした展開にとって、国境規制は、コストのかかる障害以外の何物でもない。このブルネイ、サラワクの国境の検問所もこの種の移動の車で混雑していたが、国境を越えて往き来するビジネスマンは、一日に何度も国境を越える。出入国のたびにスタンプを押されるパスポートは、すぐにページが埋まるため、半年ごとにパスポートを更新しなければならないとのことであった。

我々は、現代の世界における経済活動を活性化するために、国境規制を廃止したEUの例を知っているが、こうした動きは確実に世界的に拡大していくであろう。東南アジアもまさにそうした状態に突入しつつある。担い手である華僑の伝統をもつ中国人のパワーには圧倒されるが、彼らのビジネスの資本は、お金もさることながら情報である。片時も手から離さない携帯電話こそ、国境を越え、世界を繋ぐツールである。

サラワクもそうであったが、こうしたビジネスマンが求める情報の最大の発信地が、シンガポールである。シンガポールはこうした情報センターであり続けることによって、繁栄を続けているのである。その考え方は、発展の可能性のある地域がどの国の領土に属していようが、そこと連携することによって自国の経済的繁栄に結びつくのであれば、その地域に投資し、その地域を発展させることによって、自国の経済のネットワークに組み込んでいく。それが、自国のみならず、相手国にとってもプラスになるという発想である。

領土を守ることも重要であるが、それにこだわるよりも、どこの国の領土であれ、それを自国の発展のために活用するという発想も必要であろう。シンガポールは、インドネシア領のバタム島の開発公社を作り、その地域を一体として成長の拠点化を図っている。

ところで、このような国境を越えた経済の展開がみられる時代に油田が枯渇したとき、ブルネイはどうすべきか。従来の繁栄とイスラムの体制を維持しつつ、国境を超えて拡大する経済発展の一極となりうるか。社会科学を専攻する者としては、非常に興味ある課題である。(2011年2月21日)