見出し画像

EdTech と教育改革(1) 〜 今の教育、なにが問題なのか? 〜

2018年に始まった経産省の「未来の教室」プロジェクトのコンセプトをまとめる「『未来の教室』とEdTech研究会」の座長を務め、わが国の教育改革に取り組んできました。

なぜ経産省が、と思われる方もおられると思いますが、わが国の教育、とくに初等中等教育は、世界でも高い水準を維持しているにもかかわらず、他方では、不登校やイジメ、また塾や予備校等への依存、そして先進諸国から明らかに後れたデジタル教育・・・このような多くの問題に直面しています。

そこで、教育産業を担当し、またデジタルの推進にも取り組んでいる経済産業省が、新たな視点から、また従来の教育の枠を越えて、教育改革について検討し、提言しようと考えた次第です。

わが国では、初等中等教育は、学校という施設で、資格を持った教員が、学習指導要領に従って、一律一斉に教科を教えていくというのが伝統的な方式でした。近年になって、子供たちの自発的な能力の育成や実際の課題解決を通しての学習が取り入れられるようになりましたが、当時は、小中学校におけるパソコン(PC)等の数も限られており、先端的なデジタル教育を実施する環境は存在していませんでした。

また、不登校など、学校教育の枠内に留まれない子供たちも多数存在し、彼らにいかにして充分な教育を提供するか、ということも解決しなければならない重要な課題として存在しています。

こうした問題に新たな視点から取り組むべく、このプロジェクトはスタートしました。まずは、さまざまな問題点を洗い出し、海外の実情を学び、そしてデジタル技術EdTechを活用したこれからの学校教育のあり方を探究したのです。

まず、取り組んだのは、子供たち一人ひとりに、PCあるいはタブレットを配付し、とにかくデジタルの環境に触れる機会を作ることです。幸いなことに、当時の政府方針であった「3クラスに1クラス分の端末整備」を「1人1台」に転換するという目標は、比較的早く実現する見込みとなりました。「未来の教室ビジョン」がこれを提言した半年後、「GIGAスクール構想」というかたちで、2019年度の消費増税後の経済対策の一角にうまく乗ることができました。

そのようなとき、2020年初頭に新型コロナ感染症が広がり、多くの学校が休校を余儀なくされる事態となりました。その結果、オンラインでの授業が必要となり、政府は当初4年計画だったGIGAスクール構想を1年計画に前倒ししました。急速にPCやタブレットの配付とオンライン授業への動きが加速し、今年2021年4月からほぼ全ての小中学校でGIGAスクール構想が実現したわけです(都道府県の意思に任せられている高校の1人1台はまだ道半ばです)。
 
教育を所管する文部科学省でも、こうした動きに呼応し、コロナ禍の下での教育のあり方、オンライン授業を含む、これからの教育のあり方についての検討が始まりました。そして、2021年9月に発足したデジタル庁を中心に今後の教育分野におけるデジタル化のデザインが進められることになっています。

また、「未来の教室」プロジェクトも4年目を迎え、経産省は2021年から産業構造審議会に教育イノベーション小委員会を設置し、文科省やデジタル庁や内閣府CSTIなどと連携して、全国各地の学校での実証プロジェクト群から見えてきた教育制度の課題の特定や、新しい仕組みの設計・提言に向けた議論を始めました。こちらにも、座長として携わることになりました。

私は、教育学の専門家ではありませんが、40年ほど大学で教育行政や地方自治を含む行政学を教えてきた者として、このプロジェクトに参加し、わが国の教育の強さと弱さを改めて知るとともに、これからのデジタル化の時代における教育制度の設計に関与しております。

このNOTEのシリーズでは、このプロジェクトで浮上したいくつかのテーマについて、私なりの考えを述べてみたいと思います。小委員会では、それぞれ自説をもつ委員が自由に自分の意見を述べ建設的な議論を展開していますが、ここで述べるのは、もちろん私の個人的な見解です。

〇デジタル時代の教育のあり方
21世紀に入って人類が大規模に利用することができるようになったデジタル技術によって、私たちは、多数の人間の行動について大量の情報を収集し、それを集めたビッグデータを解析することによって、それまでは知ることのできなかったさまざまな知見を得ることが可能になりました。

とくに、この技術がもたらした大きな貢献は、多数の人たちの一人ひとり異なる特性について把握し、その特性に応じたきめ細かいサービスの提供や対応が可能になったことです。

このことは、身近なところでは、AmazonやGoogle で、われわれの好みや関心に応じた商品情報の提供や、職業やさまざまな機会とのマッチング・サービスの存在から知ることができます。

同様にこの技術を活用することによって、国民各自に適した行政サービスの提供やケアも可能になり、医療においては、個々の患者に最適の治療の提供を、そして教育分野においては、学習者一人ひとりの特性に応じた最適の教育プログラムの提供が可能になるのです。

このような一人ひとりに最適の状態を実現することを「個別最適化」と呼びますが、子供たちがインターネットに繋がったPCやタブレットを使って学習し、その結果をデータとして集積、解析することによって、特性のタイプとそれに最も適した教育プログラムの開発をめざしているのです。

それによって、単に同じ場所で同様の教育を提供するという形式的な平等ではなく、実質的な意味で、「誰一人取り残すことなく」(No one will be left behind)、平等な教育の機会を保障することになるのです。

これから、数回にわたって、このプロジェクトで取り上げられた、次のようなトピックについて、私が考えるところを述べたいと思います。

1. 学習空間としての「教室」
これまで物理的に制約されていた教室という空間が、オンライン授業が普及すればバーチャルな空間になります。物理的制約から解放されたときに、バーチャルな教室で何が可能になり、どのような問題が発生するのでしょうか。

2. 学び方の多様性
教科についての伝統的な学習方法から、PBL等の子供たちの主体性、自律性の育成をめざした教育方法への転換が試みられています。子供たちが主体的に考え、既存の規範の意義を見直すことで、自律性を育てるとはどのようなことなのか。高校における校則の見直しに注目します。

3. “高信頼性組織”としての学校
構成員が共通の組織目標をもち、高い士気で支えられた高信頼性組織。学校が高信頼性組織になるとはどのようなことなのか。自ら問題点を探し、改良を加えることによって進化していく組織であるためには、構成員たる、子供たちも教員も、そして地域社会も意識を変えることが必要です。

4. スタディ・ログとアウトカム評価
個別最適化した教育を提供していくためには、個々の子供たちの特性についての情報を収集し、特性に応じた教育プログラムを見出すとともに、個々の子供たちに最適のプログラムを提供しなければなりません。これを可能にしたのがデジタル技術なのですが、他方、子供たちの特性は慎重に扱わなければならない個人情報です。個人情報の充分な保護をしつつ、データを活用する制度が必要です。

5. 教育における平等と“学習権”
これまでの教育は、同一の環境条件の下で、同様の教育プログラムを一斉一律に提供することが平等と考えられてきました。しかし、子供たちの能力や特性は一人ひとり異なります。形式的な平等ではなく、憲法がいう「その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」を実現すべく、実質的に一人の国民として平等な教育を受ける権利を保障する制度を作ることこそが大切です。

6. 教育における「不易」と「流行」
現在のわが国の教育は長い伝統の上に築かれてきました。そのよさは、大いに評価すべきです。ただし、制度というのは、それが作られた時代の状況を前提として作られています。その前提となる社会が大きく変わったとき、それまではいかに優れた制度であっても、機能不全に陥ることになるでしょう。わが国の社会は、近年大きく変化しています。それを踏まえて、優れた伝統もゼロベースで見直すときが今であると思います。