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人口減少と医師の働き方改革──求められる意識と制度の改革

●医師の残業規制は、医療の質の低下をもたらす

 2024年から、医師を対象とした労働時間を制限する働き方改革が実施される。それに伴い、医師の労働時間の制限が医療現場に与える影響が懸念されている。

 しばしば指摘されているように医師の労働時間は非常に長く、医師の健康をむしばむという問題とともに、そのような労働によって支えられている医療のあり方も問われている。とくに、人口減少が進む地方では、医師不足が続いており、このまま労働時間を短縮したのでは、地域医療はまちがいなく崩壊へと向かうだろう。

 しかし、医師も労働者であり、現状のような長時間労働は許されることではない。だが、このままでは困るのは患者であり国民である。医療機関は、このような近未来の規制強化を睨んで効率化に取り組んでいるのであろうが、今のやり方のままで医師の労働時間が減ると医療の質が下がることは当然の論理であり、だれでも容易に想像できることである。

 このような課題に対して、これまで多く聞かれた意見、とくに医師不足が深刻な地方において聞かれた意見は、医師の数を増やせ、というものである。医師の養成数が少ないので、都市部にそれらの医師がとられてしまい、地方で働く医師が少ないのだ、という理屈だ。しかし、人口に対する医師の比率は、人口減少の結果、最早先進国並みであり、決して少なくない。

 問題なのは地域偏在であり、これはよほどの医師の増員でも行わない限り解消しない。そのような増員でも、地域医療を維持するためには実施しろ、という声もあるが、仮にそれほどの数を増やしたとしても、それでは彼らの報酬はどうするのか。増加する人件費をどうやってまかなうのか。現行の医療保険制度の下では、当然、医師の報酬を今の水準で維持することは難しい。それでも、医師を増やせるというのだろうか。

 要するに、現行制度の下では、医師の労働時間を削減する方向で規制することは、医療の質を下げない限り実現できないのではないか。

●マネジメントの発想導入とタスク・シフトの推進を

 では、どうしたらよいのか。その解決策は、医師の仕事を見直すこと、具体的にいえば、医師以外でもできる仕事は他の職種の専門家に委ね、医師がやるべき仕事を減らすタスク・シフトしかないだろう。

 以前、スウェーデンで聞いた話だが、この国では、人口当たりの医師数は日本より多く、一人の医師の生産性も高い、つまり医師一人が治療に当たる患者数もわが国より多い。しかし、医師は不足している、という。矛盾する話なので、カロリンスカ病院で働いていた日本人医師に、どういうことなのか、と聞いたところ、たとえば10人位の医局において、常に2,3人の医師が、2,3ヶ月の長期休暇をとっているとのことであった。

 そのとき、その医師の上司も長期休暇をとっており、今ごろはバルト海にヨットを浮かべて論文をまとめたり、休養をとっているのだろうとのことであった。この話を聞いて、初めてなるほどと理解したのであるが、彼我の労働環境の違いに唖然としたことを覚えている。

 スウェーデンに限らず、世界の多くの先進国では、医療などの、端的にいえば時間コストの高い専門職が働く産業では、科学的な分析に基づいて、彼らの能力と時間という貴重な資源を最も効率的に使うことをめざす。それを実現するために、的確な能力の評価による従事者の詳細な役割分担とその組合せを考える。

 これこそ「マネジメント」の考え方であり、高い報酬を払わなければならない者ほど、その者しかできない仕事に集中させ、他の者ができる仕事から解放する。そうすることによって、その者がもっている能力の価値を最大化するのである。

 たとえば、専門医の場合、その者しかできない治療をする時間を最大化するようにし、仕事の時間の中で、他の者でもできる書類の記入やデータの入力等に労働時間とエフォートを割くことは極力避けるようなシステムを設計するのだ。したがって、電子カルテへの入力は、医師自ら行うのではなく、ディクテーションでマイクに向かって話し、医療クラークやタイプの専門家が入力し、あとで医師が確認するという方法を採用するのである。現在では、音声入力や生成AIが活用される場面といえよう。

 このタスク・シフトの議論はすでに医療の世界では行われていて、特定看護師が、現在医師しか認められていない業務の一部をできるようになっている。このようなタスク・シフトを、仕事の性質やコスト等を科学的に検証して、可能な限り進めるべきであろう。また、医師の間でも、専門に応じて役割分担を進め、その専門医としての能力の価値を最大限引き出して活用する仕組みを作ることが必要である。

●効果的なマネジメントの条件

 以上のような、マネジメントの考え方に従って、多様なタスクから成り立ち、多数の専門職が携わる医療という複雑な作業を安全かつ効率的に実施するためには、何よりもその業務を分析し、人的、物的リソースと時間というリソースの管理をしっかりと行うことが肝要である。

 このような方式を進めていくことは、当然、前述のように分業化を進めることである。ただし、この分業化も単に一連の複雑な作業を分解するだけでは、部分最適化は実現できるかもしれないが、患者の治療という目的を達成する業務の全体最適をもたらす保証はない。全体最適を実現するためには、業務全体のプロセスをみて、工程管理を行うマネージャーの存在とプロセスに参画する者の間での情報共有が不可欠である。

 マネージャーの役割、換言すれば、司令塔機能は、多数の患者についての治療過程の管理を行うために、医師、看護師、薬剤師等の人的リソース、ベッド等の施設や医療機器、医薬品等の物的リソースを把握し、適切に計画を立てて、それらの資源の効率的な利活用を図るだけではなく、突発的な緊急事態においても的確にリソースの再配分を行う判断をする機能であり、それ自体高度の専門的能力といえる。

 北欧諸国をはじめ先進諸国の医療制度は、このような形での医療の提供体制の構築を目指し、そのためにマネジメントの観点からの業務の分析を進めるとともに、こうしたマネジメントの前提としての情報共有のシステムの構築に努めてきた。現在、EUで進められているEHDS構想をはじめ医療データの利活用の仕組みは、こうした考え方に基づくものといえよう。また、このようなマネジメントを担う専門職の養成を医学教育の一環として行ってきている。

 他方、わが国の医療の現実を見たとき、明らかにこのような発想を欠き、しっかりとしたマネジメント・システムも、また情報共有も先進国と比較してかなり後れているといわざるをえない。あえて言えば、わが国の医療は、高い能力をもった医師の個人芸に依存しており、医療の専門家である医師ががマネージャーの機能も兼ねる仕組みが続いている。

 情報化が進む以前の社会ではそれがよい仕組みだったのかもしれないが、医療が高度化し、人口減少が進み、とくに生産年齢人口の減少から人材の不足が避けられない社会では、そのような仕組みでは対応できないことは明らかである。この機に、抜本的な意識と制度の改革を図らないと、かつて世界のリーダーだったわが国の医療は世界から取り残されてしまうことになりかねない。

 このように、働き方改革とは単なる残業規制への対応ではない。頭を切り替えて、マネジメントという発想を取り入れて改革に取り組む必要がある。そして、それには、何といっても情報共有によるのデータの利活用が必要であり、DXこそがそのツールであることを強調しておきたい。

参考:日経新聞  大林尚編集委員 「その仕事、医師じゃなくても」