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災害時の健康を守るための個人情報

こんにちは、NFI上席研究員の神原咲子です。

現在、パーソナルヘルスレコード(Personal Health Record 以下PHR)とよばれる個人の健康診断結果や服薬履歴等の健康・医療等情報を、電子記録として本人や家族が正確に把握するための仕組み」作りが進められています。想定される効果として、①本人の日常生活習慣の改善等の行動変容や健康増進につながること、②健診結果等のデータを簡単に医療従事者に提供できることにより、医療従事者との円滑なコミュニケーションが可能となることが挙げられています(厚生労働省, 2019)。

災害とPHR


多くの災害に見舞われ、その度に災害対応や防災対策を発展させてきた我が国ですが、昨今、災害も人々の生活も多様になりました。時代に合った、多様性のある地域で一人ひとりにとって公平な意思決定の為のデータと情報の在り方として、地域社会の中にある様々な日常活動データを加えた「パーソナルライフレコード(Personal Life Records 以下PLR)」も含め多様な情報を結び付けて利活用できるようになると便利です。

そこで、私が代表理事をつとめる(一社)EpiNurseも加わり、災害時に公衆衛生や看護支援の立場からそのように情報を利活用できないかと考え、N F IのW Gの中でといろんな方々と一緒に議論しました。そして、3月には、「災害時情報共有に向けた5つの提言(案)を公開しました。今回はその中で話された現状や検討を紹介したいと思います。

災害がひとたび起きると一時的に健康ニーズへの需要と供給のアンバランスをきたし、外部支援を要します。阪神淡路大震災以降、その教訓から災害医療支援チームや災害支援ナースなど多様な支援者も育成されてきて、中長期的な復旧復興期の対策のために迅速な体制も作られるようになり、支援者間連携のための情報共有も行われるようになりました。

一方で、災害関連死、未治療死、避難環境による間接的な被害は、医療職・支援者からのアプローチ以前に、個人・家族・地域のなかで医療にかからなくて済むように自助・共助的にリスク回避すること、衛生環境を俯瞰したヘルスケアニーズへの対応によって防ぐことができます。

生活再建半ばでの体調悪化や疾病発症、延いては災害関連死を招いている現状もあります。生活再建の中で、対応に翻弄され、日々の生活を振り返ることなく生活することで健康を害し、被災者が自身や家族の記録を保持していないことにより、関わる支援者から何度も同じことを聞かれる場面に遭遇し、負担感を増すことも災害時によくみられます。

その結果、災害時の公衆衛生課題のレビュー論文では、災害暴露と直接死、水系感染症、動物媒介感染症を主な健康被害として明らかにしたほかは、ほとんどが、経験的な記述にとどまり、さらなる公衆衛生学的研究と対策が必要、と結論づけられています。

防災政策への提言にむけて効果的な意志決定のための包括的な情報システムやグローバルな関連指標も開発されてきましたが、元の住居から離れて移住生活を余儀なくされ、慣れた行政や支援システムの外での共助などカオスな現象の中で、「被災者」を定義し、本来の需要の可視化と的確な医療の需給バランスを説明できるデータを客観的かつタイムリーに説明するとは実質不可能です。

災害看護の実践研究を踏まえると、関連死や二次的な健康被害は、症状、症例に加え、その他の記録や届出も含まれるべきあると考えます。データを収集し疑念に基づく予防措置をとることによって、不必要にリスクに晒されるのを防ぐことも可能になります。特定の症状が災害に起因する可能性があることを警告することが重要であり、可能なものはセルフケアを含む予防対策を講じ、それに伴走する支援を検討することも必要です。

例えば、労働災害のように、場所、災害あるいは危険な事故の発生状況、健康危害要因への曝露を報告し、疫学分析を行うことで、有効な戦略や対策の優先順位をつけることができ、国家レベルでの防止・抑制対策、補償と生活再建プログラム、効果的な防災教育、意識を高めるリスクコミュニケーションにもつながります。

重大な課題は、個人情報の扱い


災害時には必要な情報を本人のもとに届ける必要があるし、共助の場合には必要な主体間で情報共有を行う必要があります。しかし、現状では、組織や個人情報の保護、情報が必要なタイミングで同意をとらなければならないことが大きな壁になっています。災害時の要配慮者の把握は事前の本人の同意に基づくため、同意が得られている割合は地域によって大きな差があります。

我々実践の現場から、今後、①必要な項目の定量化、②移動した人々のフォローアップ方法、③医療機関のPHRと統合できるレベルの信頼性・妥当性の確保、④開示や報告すべきタイミングと機関の特定、⑤脆弱な人々を含む公平な意思決定への配慮など災害時利活用に限定されはするものの、これらの事項を検討することなどが考えられます。

災害前に備える要配慮者名簿については、2013年に災害対策基本法の改正によって、災害時要支援者名簿作成と災害時個別計画による緊急連絡先の提出を行わなければならなくなり、情報連携の下地の整備は進んでいますが、要件に合致する人の要配慮、要支援の状況は、日々変動しますし、一人がいろんな側面を持っているので一概に言えないことも多数あるため、どのように有効な防災対策、備えに繋げていくかが大きな課題です。

PHR/PLRによる情報連携の重要性


家族体系の変化やITの普及によって、社会における避難所・コミュニティも変化してきています。地域住民がテクノロジーを用いた草の根活動的に課題解決を試みたり、声をあげられない人々の声を届けたりと、より広いコミュニティでつながることもできるようになってきました。

災害後の個々の脆弱性にあわせた避難移動先や、生活行動・リスク評価によるリスクの有無などに基づいた、適切なP H R/P L Rを集約することができれば、より人々に寄り添った安全で安心できる施設などに避難し、自宅を含むセルフケアと適切な支援につながりますし、個人が周囲と情報共有することで、状況に応じた多様な選択肢から合意形成・意思決定ができる可能性も考えられると思います。

どのようにデータの整備をしても、実際にコミュニケーションがとれない状況、つまり必要な情報連携ができない状況であれば、上記のようなソフト対策も机上の空論となります。情報とデバイスの間に必要なラストワンマイルを結ぶ人のコミュニケーションを考えるとき、自分との違い、危機、脆弱性の発見(Awareness)と相手を尊重すること(Respect)などの洞察力も重要です。

災害時の支援者や行政のアセスメントは利用目的ファーストで、個人の情報利用によるセルフケアが検討されることは、これまであまりなされてきませんでした。災害時のような緊急時において、PLRが不可欠なものであることを認識し、平時の社会や医療現場から収集されるような環境やプラットフォームが構築されることが期待されます。

「いまから手帳」


日本には母子健康手帳を初めとする手帳文化があり、災害時にこそ自身についての情報を記録し管理することは、自身や家族のセルフケア、他者とのストレスの少ないコミュニケーション、生活再建に重要である、と予々考えていた筆者らは、CWS JAPANのご支援を受け、多摩美術大学多摩美術大学プロダクトデザイン専攻 STUDIO 2 大橋由三子教授、岡本正弁護士らとともに、 A4サイズのセルフケア手帳「いまから手帳」を作成しましたので、ここで紹介したいと思います。

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基本的な情報のページとして、名前・所属・血液型などのほか、持病や、アレルギーなど「配慮が必要なこと」、コンタクトレンズ、薬、こどもの衣類などの「生活必需品」、発災直後の「生活支援ニーズ」を見える化しています。また、診療記録のページを設け、医療支援の相談記録を個人カルテとして手元に置いておけるようにし、かかりつけ医や新たに受診する時の相談に利用できるようにしました。更に特徴的なのは、発災後の時期に応じて、起こりやすい健康問題や復旧復興活動・制度の“一言メモ”が記されていることです。弁護士会と連携した、生活再建制度一覧チェック表や、関連するWebサイトのURLのQRコードもつけるようにしました。

この手帳をデータ化し、①地域からの参加型データの蓄積と分析方法の確立、②実用に即したインターフェイス、③時系列横断的な定点観測と状況整理方法、④PHRと統合出来るレベルの信頼性・妥当性を検討することによって、個人の安全な生活に向けた情報の最適化につながると考えられます。

このようなデータ化された手帳の普及に勤めていきたいと思っています。