徳丸

思ったことをいろいろと書いてみます。

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最近の記事

三宅唱「ケイコ目を澄ませて」評

この音楽を終わらせないために  鉛筆が机上をコツコツと打つ音につづいて、縄が床を規則正しく打つ音が響き渡る。場面が変わり、薄暗い部屋でひとりケイコが口に含んだ氷を噛み砕くゴリゴリという音、明滅する街灯の光に舞い落ちる雪が反射する。古いを通り越し、老朽化が進んだジム内で練習する選手たちの姿。トレーナーとミット打ちをするケイコのグローブがミットを打つたびに鳴る乾いた破裂音、それはパンチを打つ角度や強度の違いによって様々な音のバリエーションを生む。トレーナーの松本とケイコはまるで

    •   ペヤング大好き

       ペヤングが発売されてからもう40余年になる。これを読んでいる方の中にも食されたことがあることだろう。たとえそうでなくとも、コンビニやドラッグストアで印象的な四角形の白い容器を目にしたことくらいはあるのではないか。  ここで蛇足を承知でペヤングの紹介をしておこう。  ペヤングとはまるか食品が販売するカップ焼きそばの商品名である。1975年の発売開始以来ロングセラーを誇る、同社の看板商品であるとともにカップ焼きそばの代名詞と言っても過言ではないほど、その名は広く人口に膾炙され

      • 読書感想文 東浩紀「観光客の哲学」を読んで

         皆さんに一冊の本を紹介します。東浩紀「観光客の哲学」という本です。タイトルにもあるようにこれは哲学書です。本書冒頭にも作者自身そう言っています。えっ?哲学?ちょっと難しそうと思うかもしれませんが、「平成の30冊」とかいう権威があるんだかないんだかよくわからないランキングで、なんと哲学書としては異例の4位を獲得しております。因みに1位は村上春樹「1Q84」、2位カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」、3位町田康「告白」と、文学作品の重要作が並ぶ中の4位ですから大健闘と言えるで

        • 映画感想文「あのこと」

          「社会の膜を突き破ること」  アンヌは妊娠したことにより、自らはもとより、世界が変容してしまう。彼女は、学友たちからは遠く隔てられ、家族との談笑にも参加できず、男たちは肉欲と利己主義的な豚と化す。  これまで自明だった世界、勉強したり性の話で盛り上がったり、といった世界から彼女は追放されてしまう。望まぬ妊娠をしたことによって。その新しい世界は彼女に望まぬ変容を強い、これまでの生活が夢か奇跡としか思えなくさせるに十分なほど苛烈で寂しい地平だ。妊娠後の世界は、自分がこれまで慣れ

        三宅唱「ケイコ目を澄ませて」評

          スタンリー・キューブリック「アイズ・ワイド・シャット」評

           見ることへの快楽へと浸る 「アイズ・ワイド・シャット」という作品は、正直なところ、スタンリーキューブリックの遺作である部分だけが強調され、作品自体の評価は、今にいたるまでどうにも中途半端でボヤけたイメージが付き纏っている感じが否めない。端的に言って私はこの作品の魅力に取り憑かれている。今までこの作品を何度観たか知れない。  10年前に初めて観てから、毎年12月の寒い冬の夜に観るのが恒例だから、最低でも10回は観ていることになる。いったいこの映画の何処がお前は好きなんだと問

          スタンリー・キューブリック「アイズ・ワイド・シャット」評

          是枝裕和「万引き家族」評/未開家族VS文明家族

           郊外のスーパーマーケット。父親らしい人物とその息子が入り口に佇み、決心したように入店する。商品カートを滑らせ、品物を物色する二人。何よりこの一連のシーケンスで感動するのは父親の衣装である。くたびれた茶色ともオレンジ色とも判別し難いジャンパー、ノーブランドの運動靴、そして、中でも白眉なのはジャージのパンツである。サイドに三角形の白と赤のラインが入り、紫とも水色ともつかない配色バランス。このタイプのジャージを今外で見かけることは容易ではない。30年程前であれば、小学校教師や町内

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          ギレルモ・デル・トロ「シェイプ・オブ・ウォーター」評

          身振り手振りでつながるクリーチャーズ  ギレルモ・デル・トロ監督の「シェイプ・オブ・ウォーター」(2017)という作品を紹介したいと思います。2017年度のアカデミー作品賞を受賞したので、観た方も多いと思われるので、この拙文を読みいろいろなことを感じてくれたらな、と思いアップします。 あらすじは、1960年代前半のアメリカ。主人公はイライザという女性です。イライザは宇宙開発センターという国家機密機関の清掃員として働いています。彼女は、理由は定かではないですが、首の外傷に

          ギレルモ・デル・トロ「シェイプ・オブ・ウォーター」評

          ポン・ジュノ「パラサイト 半地下の家族」評

          know your enemy この映画は上下の世界として捉えられる。言うまでもなくそれは地上世界と地下世界。各々の世界の住人は棲み分けられ、決して交わることはない。交わるとすれば、それは己の身分を偽り、パラサイトする(される)ことでしかない。  地上世界は清潔で、整理され、誰もがクールだ。  対して地下世界は、雑然とし、騒々しい。何故彼ら家族は半地下などに追いやられたのか?言うまでもなくそれは地上世界(資本主義社会と換言しても良い)が、彼らをそのような場所に追いやったからだ

          ポン・ジュノ「パラサイト 半地下の家族」評