見出し画像

みこさんと猫(ショートショート)

ある所に猫が居た。
名前は、フナという。
見た目はミケでしっとりとした毛並み、細いが頑強そうな手足の、スポーティな猫だった。
飼い主は、御年86歳の「みこ婆さん」である。
みこさんは数年前に夫を病気で亡くしてからというもの、子供の居ない彼女の話相手はもっぱらフナだけであった。

そんなフナに最近恋人が出来た。
近所の黒猫のボウである。
ボウもまた細身の美しい毛並みの猫で、傍から見るとお似合いのカップルだった。
しかし、みこさんはこの黒猫をあまり好いておらず、みこさんの家へと彼等が同伴して帰って来る時など
「しっしっ!」
「縁起の悪い猫だね!あたしゃまだ死なないよ!」
と、すげもなくボウだけは追い返してしまうのだった。

そんなみこさんが階段から落ちて脚を折ってしまった。
年齢も年齢であるため、もう寝たきりで私は死んでいくのかもしれない、ああ夫が生きていてくれたなら…とみこさんも弱気になってしまったが、ある朝、折れた脚を引きずるように雨戸を開け庭に出てみると、フナとボウが二匹で塀の上に座ってお互いに毛づくろいをしていた。
それをしばし眺めながら羨ましく思っている自分にまた嫌気が差したような気持ちでみこさんは屋内に戻ろうとした。
すると、
「みゃあ」
と今まで聞いた事の無い、ちいさな、可愛らしい声の鳴き声が聞こえたのでふっとよく見ると、フナとボウを足して2で割ったようなミケがよちよちと歩いているのであった。
みこさんは今まであまり自分の人生で感じた事の無い感情、母性愛のようなものをはっきりと感じると、そのちいさい猫にミィと名付けて、この猫の一家を受け入れる事に決めた。

それからも、みこさんは脚を治すとすっかり元気になって、今ではご飯時になると猫の一家の分まで作って彼等が帰ってくるのを待つ。
その、誰かを待つ、という行為が、自分をこんなに元気にしてくれている、と96歳のみこさんは話してくれた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?