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DSDsの人々は「第3の性別」を求めているのか? インパクトを求め、単純化した報道は当事者と家族を危険に晒す


初出:wezzy(株式会社サイゾー)

はじめに

 2017年11月9日、「『第3の性』認める法改正へ ドイツ憲法裁が国に命じる」というニュースが流れました。

 このニュースは、戸籍に登録された性別を男女以外の「インター/多様」もしくは「多様」に変更できるよう求めた、ある「インターセックス」の体の特徴(現在では医学的には「性分化疾患」と呼ばれる)を持つ人の訴えをドイツの裁判所が認め、性別が登録されている成人に対して、男女以外の「第3の選択肢」(それがどのような表現になるかは未定)を認める法改正を国に対して命じる判決を出したというものです。

 このニュースを報じたyahoo!ニュースには500件を超える賛否両論のコメントが寄せられています。そのほとんどが、DSDs:体の性のさまざまな発達(性分化疾患/インターセックスの体の状態)を持って生まれた赤ちゃんあるいは成人全員が、男女以外の「第3の性別」を求めているという前提で書かれていました。

 しかし今回の判決は、DSDsを持って生まれた赤ちゃんを、男女以外の性別として登録するように求めたわけでもなければ、ドイツの裁判所がそのことを命じたわけでもありません。そもそもDSDsを持つ人々の大多数は、男女以外の第3の性別を求めているわけではありません。

 「LGBT」など性的マイノリティとされる人々の存在が注目されつつある一方、DSDsのある人々の存在は日本ではまだまだ十分に知られているとは言えません。また「DSDsの人たちは第3の性別を求めている」といった誤解も払拭されていません。そこで本稿では、DSDsとは何か、当事者は何を求めているのかなど、ニュースの解説とともにお伝えしたいと思います。

DSDs:体の性のさまざまな発達(性分化疾患/インターセックスのからだの状態)とは?

 そもそも「インターセックス」とは、医学的には「性分化疾患」と呼ばれる「体の状態」を表す概念です。ですが現実には「インターセックス」はもちろん「性分化疾患」という包括用語を使う当事者はほんの少数で、大多数の当事者が包括用語自体を強く拒否しているため、現在では「体の性のさまざまな発達:DSDs(Differences of sex development)」と呼ばれるようになっています。

 私たちが学校で習う、染色体や、卵巣・精巣などの性腺、膣・子宮の有無、外性器の形状などの「男性の体・女性の体のつくり」は、あくまで基礎的・平均的なものでしかありません。DSDsは、こうした「平均的」「普通」だとされる体の状態とは一部異なる女性(female)・男性(male)の体の状態を指す言葉です。

 なお「インター”セックス”」という呼び名は日本語圏では「性行為」を連想させる言葉でもあり、まだ小さな当事者のお子さんも多くいらっしゃいます。そこで、ここからは、欧米の人権支援団体などが「インターセックス」という用語を使う場面以外は、DSDsという略語を使っていきます。

 先程も書いた通りDSDsは、「性的指向」や「性自認」の多様性を表す、いわゆる「LGBTQ」のみなさんと混同されることがあります。特に多いのは、ジェンダークィア・ノンバイナリー、日本ではXジェンダーとも呼ばれる、「男でも女でもない」などの「性自認」を持つ人々との混同でしょう。

 しかし「性の多様性」の文脈で言うならば、DSDsを持つ人々の大多数は、切実に女性・男性の性自認であり、異性愛です。「第3の性別」を求めていたり、あるいは「戸籍上の性別を変えたい」と望んでいる人はそれほど多くありません。むしろ、自身の体の状態を理由に、女性/男性として見てもらえないのではないか? あるいは男でも女でもないと思われるのではないか? と恐怖し、恋愛関係や不妊の状態により大きな困難を抱えるというケースがほとんどなのです。

 ただし、DSDsを持つ人々の中にも、DSDsを持たない人々同様、LGBTQ等性的マイノリティの人々はいらっしゃいます。その中には、自身を「男でも女でもない」とする人々もいます。つまり今回のドイツ裁判所の決定は、DSDsを持つ人々の中でも、こういった「男でも女でもない」という「性自認」を持つ人が、さかのぼって男女以外の性別を登録できるように法改正しなさい、というものであって、DSDsを持つ人々全員に対して、「第3の選択肢」を選びなさいと命じたわけではないのです。

 欧米の「インターセックス」の人権支援団体でも、LGBTQ等性的マイノリティのみなさんのムーブメントから、「インターセックス」の体の特徴を持つ人々の性自認や性的指向を尊重するようにしていますので、この決定自体は歓迎しています。

欧米の支援団体が求めているのは「同意なき手術の禁止」

 一方で、今回の判決はDSDsの当事者家族が置かれている状況を考えると非常に複雑なものでもあります。

 赤ちゃんが生まれた時、多くの場合は、外性器の形で女の子か男の子か性別が判明します。しかし約0.02%の確率で、外性器の形や大きさ、おしっこが出てくる尿道口の位置などが一般的な女の子・男の子のものとは少し違っていて生まれてくることがあります。こうした場合は、性別の判定にしかるべき検査が必要になります。

 「インターセックス」を標榜する人権支援団体が求めているのは、「第3の性別」という新しい選択肢ではありません。性別判定にしかるべき検査を必要とする赤ちゃんについて、「外性器はこういう形・サイズが普通である」という規範・固定観念に合わせるような手術を、本人への説明・同意なく行うことの禁止なのです。

 性器への手術は非常にセンシティブなもので、いい加減な性別判定しかできなかった時代,特に欧米では、本当は男の子と判定できるのにペニスを切除したり、粗雑な手術によって外性器が無感覚になってしまったり、30回にも及ぶ手術になったりなど多くの問題がありました(ただし、日本ではかなり以前からDSDsの専門医師の間ではとても繊細な判定や手術が行われていました。そのため、手術の是非ではなく、当事者家族をいかに「より良い」専門の医師につなげるかという方が課題になっています)。

 しかし、今回の判決によって「DSDsの人たちは第3の性別を求めている」という誤解が広まることで、大多数の当事者家族が誰にも相談できない抑圧的な状況にさらされ、適切な対応を取れなくなる危険性が高まります。また、こういう性別欄があるという事実、また社会的に第3の性別という偏見の目で見られてしまうという不安と懸念から、むしろオペを早めてしまう親御さんが出てくる可能性も高くなります。DSDsにまつわる様々な誤解・偏見は、同意のない手術の禁止を求めるという観点からも複雑な状況を招き,DSDsを持つ人々やその家族を、より社会的に抑圧していくことにもなりかねないのです。

問題は不正確な知識に基づいた報道

 今回の男女以外の性別欄を認める決定は、その人の「性自認」が認められたという観点からはとても歓迎するべきことです。しかし、より正確に情報を出さなければ、いま述べたようなリスクを高めてしまう可能性があります。ここで問題になるのは、「男女以外の存在を見てみたい」と欲望する「メディア・観客の問題」でしょう。

 たとえば近年でも、DSDsではないトランスジェンダーの人の訴えによって、オーストラリアのパスポートおよび出生届の男女以外の「インターセックス」の欄が追加されそうになりました。このときは、インターセックス・DSDs当事者団体の意見も全く聞かずに、国レベルで「第3の性別」というステレオタイプに流されかけていたところを、当事者団体がギリギリで止めて、最終的に「non specific」という欄になりました。しかし、大変興味深いことに、一般メディアではこのような背景を知らないまま、ただ「第3の性別が認められた!」と伝えるだけでした。

 またアメリカでは、インターセックス当事者の生の声を伝えようとしている活動家が、あるメディアに、自分のエッセイとともに、男性と女性ふたりの当事者の写真を使ってもらうように送ったところ、その写真の代わりになぜか男女半々の存在のような写真が使われてしまうということもありました。

 日本でも、コミックや小説などで「男でも女でもない」と描写されたり、理解者を名乗る人が「インターセックスを中間と説明するのは、男女だけではないという、”インパクト”のためです」と言ってはばからないような状況もあります。これでは19世紀の見世物小屋の時代となんら変わりありません。

 誰も好き好んで自分の子どもにメスを入れたいと思う親御さんはいません。ですが、親御さんたちや大多数の当事者の人々は、このような無神経な人々にさらされることも、深く恐れているわけです。そうなると、手術をする当事者家族のみなさんの気持ちも想像できると思います。

 「観客の問題」と言っても、社会の人々がDSDsについて正確な知識を持っていないのは当然のことで、むしろ問題はメディア側にあるでしょう。それが果たして一見「好意的」なものであったとしても、人々の耳目を引くための「インパクト」を求め、背景の複雑な状況を切除していては、その人の「性器」という極めて私的でデリケートな領域を侵害し損なってしまうことにもなるのです。そこでは、自分が見たいイメージではなく、「人」を大切にする人として最低限の倫理観と、正確な知識が必要となるでしょう。

 欧米では当事者のみなさんの一部が自分で声を上げるようにもなってきています。しかし、日本ではその前段階である、DSDsの正確な知識が、社会でもDSDs当事者自身の中でさえも、まだ共有されていません。

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