お金は必要なときに必要なぶんだけ巡ってくる。
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お金は必要なときに必要なぶんだけ巡ってくる。

お金をどんなふうにとらえているだろうか。


自分が稼いだお金を「自分のお金」。

誰かが持っているお金を「あなたのお金」。

親が貯蓄しているお金を「親のお金」と呼んでいるだろうか。



ところで「自分のお金」とは、一体なんなんだろう。

もちろんそれは、自分が稼いで、自分の手元にある自由に使えるお金のことをいうのだけれど、それは本当に自分のお金なのだろうか。そもそも、本当にお金が自分のものであったことなどあるのだろうか。



お店で買い物をしたとする。「自分のお金」だったものは「店のお金」もしくは「会社のお金」になる。そのお金は従業員に還元され、もしくは株主に配当されたり社長が豪遊したりして、「見知らぬ誰かのお金」になる。そしてまた他の誰かが使い、また別の人のものになり……というように続いていく。

お金は所有者をころころと変え、この世界を回っていく。



考えてみて欲しいのだけど、お金がずっと自分の元に止まっていたことなんてあるだろうか。入っては出て行き、やって来ては消ていく。そういう流動的なものだったはずだ。

そんな水のように、空気のように流れ続けるものを、所有なんてきるはずない。

お金は絶え間なく動いていて、毎日毎分毎秒その持ち主を変えていく。お金が「自分の元にあった」ことはあっても、「自分のものであった」ことなんて実は一瞬もない。


わたしたちは本当の意味で「自分お金」を所有することなどできない。



オーストラリアから帰ってきてからというもの、お金に対する感覚が変わった。

以前は「自分のお金」とか「親のお金」というふうに、お金は誰かに所属しているものだと思っていた。

だから自分の持っているお金=自分が使えるお金であり、手元に10万円あるのなら「わたしの使えるお金は10万円」であり、「使えるお金には上限がある」と思っていた。


けれどわたしはオーストラリアに留学するお金を父に100%支援してもらい、自分の手元にある以外のお金で自分のやりたいことをした。

そのときに思ったのは、「使えるお金=自分が稼いだお金、自分が持っているお金」ではないということだった。

これは考えれば当たり前のことなのだけど、社会に出てからすっかり抜け落ちていた考え方だった。

そして同時に、「実はお金は必要なときに必要なだけ巡ってくるようになっているのではないか」と思うようになった。だって思い返してみれば今までの人生で、やりたいことがあるとき、それをするためのお金はちゃんと巡ってきていんだもの。


世界を旅したときだって、「もうやりきった。ここで終わりにしよう」と思ったときにちょうどお金が底を尽きたし、ニューヨークに住んだときも、「住みたい」と思ったから住めるだけのお金を手にすることができた。

大学に行きたいと思ったから行けるだけのお金を親からもらったし、車が欲しいと思ったら買えるだけのお金が手元にやってきた。

旅行に行きたいと思ったら当時の彼氏が稼いでくれたし、人をたくさん集めたイベントがやりたいと思ったら、ゆかりちゃんががんばってるから、と言ってお金を支援してくれる人が現れた。

とにかく自分でなんとかしようと頑張らなくても、必死になって稼がなくても、なぜだかお金はちゃんと巡ってきた。


「お前はただ恵まれてるだけだろ!」と言われそうな気もするけれど、もちろん自分の境遇には感謝しているけれど、だけど本当に本当に、自分がしたいと思ったら、お金はちゃんとついてくる。自分のところにちゃんと巡ってくる。

これがこの世の真理だ。




自分の持っているお金だけが自分の使えるお金だと思うと、どうしても制限が生まれる。だけど自分の周りの人が持っているお金、他の誰かが持っているお金、この世界を回っているお金。そのすべてが誰のものでもなく、ただただ巡っているものなのだと気づけたら、お金に対する意識は180度変わる。


お金は巡ってくるものなんだ、という意識になってから、お金に対する不安がすごく少なくなった。もちろん少しはあるけれど、「どうせ巡ってくるから大丈夫だろう」と思えるようになった。


お金はちゃんと巡ってくる。本当にしたいことなら、ちゃんと必要な金額は巡ってくる。

だから安心して自分のやりたいことやっていい。









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