口内炎あっちいけ

 僕が生きてきた中で最も長く時間をともにしているのは、口内炎さんだ。

 口内炎さんは、僕のお口の中で居候を繰り返している、はた迷惑な野郎である。ぽつねんとそこにお座りしているほくろさんとは違い、口内炎さんは、たびたびちょっかいを出してくる。かまちょだ。
 僕はけっこうかまちょだし、かまちょの友達多いし、ツンツンした彼女よりは、かまちょの彼女の方が好みかなとか思ったりするのだが(ほっとかれちゃうのが寂しくてとっても嫌だから)、口内炎さんのちょっかいを受け入れられるほど僕はMじゃない。

「ヘイヘイ家主!これから一週間ここにおじゃまするぜ‼」

 なんてかわいくないことを高らかに宣言して、たいていの場合一週間では立ち去らず、約二週間そこに居座る。あとはひたすらあまりに大きすぎるその存在感を、僕に見せつけるように居座る。ふてぶてしいにもほどがある。口内炎さんは、先端が鋭利になった槍をもっている。鋭利じゃない槍なんて見たことないのだが、とにかく先がとんがった棒を持っていて、それを駆使して僕を痛めつけてくる。あるときはくちびるから、あるときは歯肉から、またあるときは舌から、槍をもってつついてくる。痛くて痛くてかなわない。
 食事をするときが最も大変で、口内炎さんが居候していない身軽な口内環境の場合は十五分程度で食べ終えられる夕食も、三十分近くかかったりする。その時間がもったいない。一人で食事しているときなんか特に、手っ取り早く夕食を済ませて、ゆっくり読書したり、音楽聴いたり、自由な時間を過ごしたいのに、口内炎さんがいるおかげで、僕を快楽へと導くことに時間をかけることができなくなる。
 次に大変なことは、会話だ。痛みのあまり、口を開くことが億劫になってくる。僕はあまり多く語らないタイプだから助かっているが、社交的で、人と話して盛り上がるのが好きな人なんかにとっては致命的な炎症になる。自分がこういう性格で良かったななんて思ったりもする。でも、僕だって、この人といっぱいおしゃべりしたい!って思う人はいるから、口内炎を恨むこともしばしば。声小さくなるし、口の中痛くてうまく舌動かせないからはっきり発音できないこともあるし、損ばっかり。

 口内炎は、できる場所によって名前があるそうで、くちびるにある口内炎は、口唇炎とよび、歯肉(歯茎)にある口内炎は、歯肉炎とよぶ。そして、舌にある口内炎は、舌炎とよばれる。
 現在執筆中の作者を痛めつける口内炎さんは、舌にいる。つまり、舌炎。

 さあここで脱線してみよう。
 みなさん三大欲求をご存じだろうか。それは、「食欲」「睡眠欲」「性欲」だ。男女でも、年代でも、もちろん個人間でも、どれを強く欲するかは異なるそうだが、僕は、著しく「食欲」が欠如しているため、世間一般的な三大欲求とは多少差異が出る。
 さて、僕の三大欲求、「私的三大欲求」を探ってみることにする。
 ひとまず、「食欲」「睡眠欲」「性欲」からなる三大欲求で、「私的三大欲求」に残せるのは、「性欲」ぐらいだろうか。先に述べたが、僕は「食欲」を感じる瞬間が少ない。むしろ食べたくない。食べないで生きていけるものなら、もはや食べたくない。ときどき、たらこパスタ食べたいなーとか、麻婆豆腐食べたいなーとか、おかんのみそ汁飲みたいなーとか思ったりすることもあるが、かなり珍しい事象だ。だから誰か一緒に食べたいなと思った人を誘って、おしゃべりしながら食べることで、「食欲」に付加価値をつけ、食べたいものを食すという目的を達成している。まあたいてい「食欲」を満たすことは二の次で、仲の良い人と一緒にいたいという欲を満たしているにすぎない。俗にいう、下心か。
 次に、「睡眠欲」の排除に取りかかる。そりゃあ僕もいくら食べたくないとは言え、人間であるから、寝ないと生きていけない。眠くなることだってよくある。高校時代は、好きな授業以外はかなりの頻度で寝ていたし、大学のコミュニケーション英語の授業中も、三、四人でグループを作って英語を話しまくろうの授業だったから、そう簡単に寝られる授業ではないことは安易に想像できると思うが、僕はそんな授業でさえ、目をうつろうつろさせ、ほとんど寝る直前のような状態で授業に参加していたこともあった。何度か一緒にグループを作った友人には、「今日も寝てるわ」と言われ、僕を除いて話をどんどん進められたこともあった。
 もう「睡眠欲」を簡単には排除できないほどに、自らの「睡眠欲」をさらけ出してしまったのだが、どうしても排除したい理由がある。それは、修学旅行、夜な夜な長電話、大学の長期休みを利用した旅行など、「夜は長いんだよ」を体現するようなイベントで、僕は驚異的な力を発揮し、まったく眠気を感じないということだ。日を越す頃までは元気だった友人たちが、一時を過ぎると急激にバタバタと倒れていく。二時頃には、生き残った友人が、いまだにピンピンしている僕に対して、「そろそろ寝ない?」と言ってくる。僕はそう言う友人をなんとかつなぎ止めて、三時まで粘らせる。僕はといえば、まだ眠くなんてならない。でもさすがに三時になると、申し訳なくなってくるから友人を寝させてあげるのだが、僕はそこから一時間くらいは眠ることができず、友人の寝息を横で聞きながら一人寂しく涙を流す。なんてことは嘘だけど、ただひとり冴えた頭を寝かしつけるために、羊を数える。なんとまあ寂しい時間だ。
 「睡眠欲」を「私的三大欲求」から排除するには少々強引だったかもしれないが、ご容赦いただいて、ここからは、残留組の「性欲」と、残りの付け足すふたつの欲求についてまとめたい。
 まず、「性欲」だが、特に言うことはない。性的に興奮することもあるし、ちょっとした特殊性癖があるという自覚がある。ただ、こういう話をするのは、夜の十一時を過ぎてから、深夜テンションになってからが最適だろう。またの機会に先送りすることにする。
 追加したい○○欲の一つ目は、「物欲」だ。僕は収集癖があり、気に入ったものを片っ端から買うことが好きだ。小学校高学年あたりで読書の楽しさに気づいてから、本屋さんで大量の本を買って帰ることが増えた。特に高校生の時は、伊坂幸太郎さんや東野圭吾さんの本を買い集めた。気づいたら貯金が底をつくまで買い込んだ。買ってきた本をさらーっと読んで、本棚に並べ、その様を眺めてどや顔を決める。さして理解もせず、なんとなく物語の流れをわかった気になって本棚に並べていた。しかし、この頃朝井リョウさんの「正欲」とか伊坂幸太郎さんの「終末のフール」を読んでから、物語の細かいところまで読むようになり、そしてその面白さや美しさに気づけるようになり、より読書を楽しめるようになってきた。頭良くなったかな。
 本の他にも、クラシックのCDを集めたり、読んでも特に理解できない論文をかっこつけて眺めるために集めたりしている。
 もうひとつは、「独占欲」だ。簡単に言えば、ひとりじめ大好き。この欲求は中学生くらいまでは、僕の欲求の中でダントツに大きな欲求だったが、最近は小さくなりつつある。しかしそれでも三番目くらいには大きい。
 今はいないが、僕に彼女がいるとする。そうすると僕は、頭の隅から隅まで彼女のことでいっぱいになり、勉強とか読書とかに集中していたとしても、ふっと彼女のことを思い出してしまう。こうして一日のうち何時間も彼女のことを考えるうちに、時間をともにしていない間がどんどん不安になっていき、「独占欲」を強めていく。同じように僕を欲する時が頻繁に訪れる彼女なら良いだろうが、サバサバしていてそこまで彼氏との時間を必要としない人は、僕とは合わないかもしれない。
 僕ってけっこうかまちょだ。

 なんでこんな話してるんでしょうね。
 律儀にここまで読んでくれているあなたのことが、僕は好きですよ笑

 舌に口内炎ができて大変だよ、と言う話をしようとしたらこんなことになってしまった。脱線したら、そっちが話の本線みたいになって戻ってこられないなんて事もあるみたいですね。
 鮮やかにまとまった文章を書くのは難しい。

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