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ガソリンスタンド物語~⓪~

 そういえば筆者はかつて学生時代(といっても最近ですね)、半年ちょっとガソリンスタンドでアルバイトスタッフをしていました。そのときの話を、まだきちんと書いたことがなかったので、シリーズ化して数回に分けてお送りしたいと思います。筆者の筆名でもある「道中新人」を私(主人公)として登場させています。

※作中に登場する会社や地名、人物はすべて架空の名称です。本作は筆者の体験を基に再構成しています。したがって実在の法人や団体、人物、場所とは一切関係ありません。

 大学生活にも慣れて、そろそろアルバイトやサークルなんか始めないといけないような気がして、たまたま求人の貼り紙を見かけたガソリンスタンドの敷地をまたいだのは18歳の6月だった。事務所に入ると、

「いらっしゃいませ!」

と威勢よく中年の痩せたおじさんが声をかけてきた。よく日焼けした顔に細いフレームの眼鏡をしていて、汗と油が染みたのか、くたびれた色のユニフォームを着ている。50歳手前と見えた。

「あの、アルバイトの応募を、させて頂きました、道中と、申します、」

「ああー、ちょっと待ってくださいねーマネージャー来ますんで」

すぐに紺色のつなぎを着た40代頃のがっしりした体格の男が、にこやかな顔で現れた。

「道中くん、マネージャーの間澤といいます、奥にどうぞー」

アルミ製のドアを開けると小さな机と流し台のある、6~7畳ほどの狭い事務室があった。さらにグレーの薄い戸を開けると、さらに狭い、デスクが2つとロッカーが並んだ、薄暗い部屋があった。部屋、というよりスペースというのが相応しい。

「履歴書は持ってきたかな?…はい、もらうね。お、しっかり書いてあるね、さすが新越大学、国立だね」

今まで2回、バイトの面接に落ちてきた。志望理由までびっしり埋めて書いてきた。

「あ、いえ、あの…」

「ハハハ、緊張しなくていいよ、道中くん、なんでうち受けてくれたの?」

「あ、父がドライブが好きで、よくガソリンスタンド来てたんで、いつか働いてみたかったので、」

「お、いいねー。バイトは初めて?何か仕事しなきゃいけない理由とかあるの?」

仕事しなきゃいけない理由って何だ。このとき怪訝に思ったが、なぜ間澤がこんなことを聞いてきたのか、分かったのはずっと後になってからのことだ。

「ほら、家庭事情でお金がないとかさ、」

「あ、自分、県外からの進学で、奨学金借りてて、学費が必要なんで」

「お、いいね」

いいねって何だ。

「ガソリンスタンドってのはさ、お客さんと車の安全に責任を持つ仕事なんだ、最初は接客とかやってもらうけど、明るくコミュニケーション取ったり、自分で車について勉強してみようっていう意欲はある?」

「あ、それは、はい、頑張ります」

 これまで受けた塾講師や駅のコンビニのバイトの面接と違って、詳細な勤務条件まで相談されることもなく面接は終わった。

後日、新人のスマホに、知らない番号から着信があった。

「あ、道中くん。新越燃油マネージャーの間澤です、先日は応募ありがとう!ぜひうちに来てもらいたいんでね、ちょっと一回、うちの事務所きてもらえるかな?」

「はい、ありがとうございます!よろしくお願いします」

新人のアルバイト生活は、ここから始まった。社会に足を半歩、踏み入れた瞬間だった。

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