母と僕。
東京タワーの足下にあるお寺からすぐの、
お洒落なカフェ。
広い店内には木のテーブルが並び、暖かいオレンジの光と、焼いたパンの匂いに包まれていた。
カップルが目立つそんな店で母と2人、珈琲を飲みながらチーズケーキをつまんでいた僕は、
不思議な感覚で落ち着かなかった。
実家に帰った時は、母の家族が納骨されているお寺へ行くことが恒例になってきた。
父と弟は都合が合わず、今回は母と僕の2人で行くことになった。
お参りを終え、珈琲でも飲んでから帰ろうかとなり、母がそのお洒落な店を選んだ。
母と2人でカフェに入るのは初めてだった。
ご機嫌にケーキをつまむ母を横目に、
アイス珈琲を飲みながら、僕は中学生の頃を思い返していた。
中学1年生から高校1年生あたりまでの約4年間に、両親と何かを楽しんだり、笑い合った記憶は殆ど無い。
怒鳴り合ったり、泣いたり、部屋に篭ったりした記憶はいくらでも出てくる。
中学1,2年時は毎日喧嘩をしてたような気がする。
不良っぽい格好をして出掛ける僕を、母はいつも悲しげな目で見てきた。
実際は中途半端に格好だけ不良っぽくしていただけなのだが、昔から勉強やスポーツに励み、堅実な仕事に就いている両親からは、
僕はかなり道を踏み外しかけている息子に見えていたらしい。
母は、毎日の喧嘩と、息子の将来への不安でいっぱいになり、一時期軽い鬱症状を起こしていた。
そこまで母を追い詰めてしまったことは今でも申し訳なく思っている。
あれほど親と何処かへ出掛けることを拒み、
渋々出掛けても距離を置いて歩いていた僕が、
今では母と2人でカフェにいる。
他の親子でもよくある話だとは思うが、
こうして親子関係を修復できたことに、
僕自身も安心している。
それまでは何もしていなかったが、
就職してから、母の日にプレゼントを贈ることを始めた。
ネーム入りハンカチ、お菓子、ロクシタンのギフトセット等をこれまでに渡しているが、
母はそれを毎回嬉しそうにスマホで撮影する。
正直に言うと、プレゼントをあげたりするのは
今でも恥ずかしいのだが、
散々これまで迷惑と心配をかけた謝罪のつもりで毎年渡している。
会社の後輩が、今まで母の日に何かをしたことが無いと話していた。
“絶対に喜ぶから、何かやってあげなよ”
そう伝えたが、彼は結局何か渡しただろうか。
僕は、今年は母の好きなお菓子屋のクッキーセットを買った。
母の日ラッピングが施されているセットだった。
家に帰ってそれを渡した。
「これ、あれね、母の日の、はい。」
とぎこちなく渡した。
僕はすぐソファに移り、しばらくテレビを見ていた。
隣からは、カシャッ、カシャッ と母の携帯のカメラ音が何度も聞こえていた。
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