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『スター・シェイカー』人間六度 著(早川書房)

毎月更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー 2022年01月

 第9回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。<テレポータリゼーション>が進んだ近未来、トラウマのためにテレポート能力を失った主人公の青年は、犯罪組織から逃げ出した少女と出会う。少女の秘密を知ってしまい共に追われる身となった主人公は、逃避行を続けるなかで超常的なテレポート能力者として覚醒し、テレポート社会、さらには宇宙全体の命運をもかけた戦いに身を投じていく。

 瞬間移動SFと銘打たれた本作では、何もかもが目まぐるしく移り変わる。主人公と少女の逃亡劇が始まったかと思うと、放棄された高速道路上で生活するロードピープルとの出会いと旅、そして少女の古巣である組織との激しい戦闘が描かれる。終盤、組織の真の目的が明らかになると、そこから物語のスケールは加速度的に拡大し、主人公はついに宇宙の真理にまで到達する。ジャンルのごった煮といった様相を呈しているこの小説を貫いているのは、テレポートというガジェットを存分に活かした縦横無尽のアクションだ。本作におけるテレポートは、行為者が圧縮され、転移先の座標で元に戻るというプロセスで行われるため、転移先に物体が存在する場合にはそちらが一方的に破壊される。主人公のトラウマの原因にもなったこの<膨出>現象を利用した、いわば“テレポート神拳”による異能バトルが本作の見どころの一つであろう。
 主人公の内面も大きく変化する。初めは忌まわしい過去を抱えながら失意の日々を送る繊細な青年というふうだったのが、テレポートを用いて敵を殺めるうちに、ガリヴァー・フォイルばりの冷酷さを見せるようになる。しかし、自らの半身とも呼べる存在となった少女への思いやりは一貫していて、ラストシーンにつながるドミナントモーションとなっている。

 ジェームズ・ギブソンのアフォーダンス理論が、世界の中を動き回る存在としての動物という観点から知覚を定義したように、人間にとって移動は非常に重要な意義を持つ。もし実現すれば「移動する」ということの意味を一変させてしまうであろうテレポートを扱う本作は、移動の哲学を内包している。主人公に力を貸すロードピープルの一人は、自分たちの生き方、信念を<前進する遺伝子>と形容し、移動は死の運命に打ち勝つための手段だと語る。主人公の敵となる車椅子の科学者は、テレポートによる自死の可能性こそが自らの身体を動かすことができない者にとっての希望だと嘯く。この移動の哲学こそが、一見すると節操なく展開されている物語に奥行きを与えているのだ。

 多彩なアイディアが駆け巡る壮大なスケールの冒険を展開しながらも人間を巧みに描いた、爽やかな読後感を与えてくれること請け合いの作品だ。(如来)

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