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小学生の恋話

 学習塾とそろばん塾を併設している教室に小学2年の翔君が一番乗りでやってきて、15時30分開始のそろばんの練習を10分前から自主的に始めた。2年生になって僅か1ヶ月で成長している気がした。

 2番目に遥ちゃんがやって来た。2人は同級生で幼稚園の頃からの友だちである。
 彼女も真面目な生徒で、練習が終わると「先生、ありがとうございました」と深々と頭を下げて帰っていく。入塾して1年は過ぎているが、1度たりともそれを欠かさない、素敵な女の子である。
 2人は私の両隣りに座った。「翔君、添削をするからちょっと休憩をしていてね」
 今日は間違いが少なく、なかなか調子が良いみたいだ。暫くして再び練習を始めようとした彼に「将来は、ジャニーズに入りそうなイケメンだから、背中を伸ばしてカッコよく座ろうね」彼の目は笑っていた。
 すると、遥ちゃんが「私は幼稚園の時、翔君が好きだったの」

唐突な発言に面食らった私は、翔君をチラッと見た。
 彼の指がそろばんの玉から離れ、上半身は胸像のように固まって微動だにしなかった。マスクをした顔は驚き、二重瞼の大きな目が印象的だった。
 「翔君も遥ちゃんを好きだったんじゃない」と聞くと、真っ直ぐ正面を見たまま「うん」と頷いた。遥ちゃんは照れ臭そうに俯いていた。

 遥ちゃんは話しを続けた「私は付き合っていたのに浮気をしたの‥大吾君と浮気をしたの」少し複雑な話になってきた。
 「翔君と付き合っていたのに、大吾君と浮気をしてしまったの?」と尋ねた。
「それとはまた別の話、翔君じゃない他の男の子と付き合っていたけど、大吾君と浮気をしたの‥」登場人物は他にもいた。
 「浮気って知ってるの?付き合っている人がいるのに、他の人と仲良くなってしまうことだと思うけど」
 彼女は頷いた。
「大人になってから翔君と付き合えばいいんじゃない」と余計なお世話を口にすると、翔君が納得の表情をして「中学生になって‥」と呟きながら、明るい未来を想像をしているようだった。
 「高校生になって、そして大人になってからね」と私が付け加えた。

 「はい、休憩終わり」手をパンパンと叩いて気合いを入れると、翔君は再び集中をして練習を続けた。
 彼が50分間の練習を終え教室を出て暫くしてから「先生さよなら」と大きな声が聞こえてきた。どうやら玄関先にいるらしかった。学習塾の塾長と私の2人が「はい、さようなら」と大きな声で返すと「あ、遥ちゃんもさよなら」とまた翔君の声が聞こえた。

 「ハーイ、さようなら」と冗談で遥ちゃんのように可愛いく答えたのは、男性の塾長だった。遥ちゃんは集中して聞こえていないようだったが、私は思わず吹き出してしまった。
 可愛い2人の様子に、時代の違いを感じた1日だった。

登場人物は仮名です。

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