見出し画像

夏に過去問をやりこんではいけない理由

こんにちは。予備校講師・受験コンサルタントのシンノです。

「過去問題をやりこむべきなのか?」
夏になると必ずこの話題になりますね。指導経験がないyoutuberの方だけでなく、ベテランの先生なんかでも「夏に過去問は最低〇年分やれ」という方は実はいます。これについては指導方針の違いといってもいいのですが、これを信じて本当に夏に過去問題をやりまくった結果、秋以降に後悔した受験生にたくさん出会ってきましたので、今回はっきり言わせてもらいます。

「夏に過去問題をやりまくっては絶対にいけません!」

(少々長いので以下の目次の項目で読みたい所だけ飛んで読む、というのもありです)

夏に過去問を勧める人たちの言い分

そもそもなぜ夏に過去問をやりまくれ、というのでしょうか?その根拠は、
①秋以降に過去問題を解く時間はなかなかないから余裕のある夏の間にやっておきたい
②過去問題を通して知識をアウトプットし使える知識へと昇華させる。
③秋以降の模試(特に特定大模試)で結果を出すためには、志望大学の出題形式に慣れておく必要がある
といったもののようです。
確かに、秋は学校が再開されるだけでなく、1学期以上に模試の回数なども増えて過去問題に取り組む時間はなかなか取れないかもしれませんし、秋の模試で良い結果を残すには夏の間に出題形式に慣れておいたり、その場で初見の問題にしっかり対応できる力を身に着けておく必要があるかもしれません。

そもそも過去問題は10年分もやるものではない

①について言えば、過去問題を十年分以上も解く必要があるなら、秋にやり始めても終わらないから夏にやるという論理は通りますが、そもそも過去問題を10年分もやる必要はあるのでしょうか?
「東大英語25か年」(現在は27か年)という本が登場して以来、過去問題はとにかくたくさんやった方がいいという考え方の人が増えてきていますが、これは大きな間違いです。過去問題は古くなればなるほど現在の傾向からはずれていきます。例えば東大にしたって、1Aの要約問題は現在の問題と20年前の問題とでは、要約という形式こそ同じでも、かなり求められる解答は変わっています。
以前も以下の記事で述べましたが、過去問題はあなたの学力を向上させるために構成した問題ではなく、入試で受験生を選別するために1年ごとに作られているものに過ぎません。ですから、20年分やろうと、単元的に抜け漏れは必ずあり、ネクステ系などの網羅型の問題集と違って、〇年分やりきることに意味はないのです。特に併願数の多い私大専願者にとっては、そもそも1学部あたり7, 8年分の過去問題さえやる時間はないでしょう。つまり、夏だろうと秋だろうと過去問題を10年分も解く受験生はほとんどいないし、その必要性もないわけですから、あわてて夏の間にやらなくてもよいのです。

過去問題演習の正しい考え方|新野 元基 (note.com)

アウトプット=過去問題演習である必要はない

獲得した知識を使える知識へと昇華していくためにアウトプット、つまり演習が必要なことは確かにそうです。しかし、それが過去問題である必要はありません。前述したとおり、過去問題は受験生の勉強のために出題したものではありませんから抜け漏れがたくさんあります。そして、赤本の解説は極めて簡潔で、自習には非常に不向きな問題集です。大学入試の場合、アウトプットのための参考書・問題集は山ほどあるわけで、そちらの方がなるべく漏れの無いようにに構成されており、解説も詳しい。つまり、わざわざ不便で不十分な過去問題をアウトプットのための素材として使う必要性がないのです。

模試の点が取れないのは演習不足が原因とは限らない

最後に、模試の点が取れないのはなぜでしょうか?よく「初見の問題に弱い」と聞きますが、初見の問題に弱いのはなぜか考えたことがありますか?例えば、授業の予習と違って辞書は使えませんから、単語を知らないから初見の問題に弱いのかもしれません。だったら、その対策は過去問題演習など初見の問題を解くことではなく、単語力を向上させること、つまり語彙の知識を上げることではないでしょうか?
「いや、単語自体は知っていたけど思いつかなかったからできなかったんだ。だからアウトプットがいるんだ」というかもしれませんが、それも結局同じことで、思いつかないということはまだその知識が定着していない、ということなんですよ。だとしたら、やはり単語帳などを使って語彙の抜け漏れがないか網羅的な勉強をしっかりやった方が得点につながるのではないでしょうか?
「絶対に誰も知らない単語を類推して解くとか、そういう力を蓄えたいから演習したい」というのはわかりますが、それはどのように対応するか正しいレクチャーを受けた方が手っ取り早いです。たくさん過去問題を解くうちに、自分なりにその対処法が身につくなどと言うことはまずないですし、仮にそういう力がある方だったら、過去問題演習をする前の普段の勉強からそういう力は身についているはずです。要するに、模試の点を上げるためには過去問題演習よりずっと前に必要なことがたくさんあるのです。

夏は「基礎固め」に充てるべきだ

時間の使い方というのは常にバーターで、何かに時間を割けば、何かに時間を割けなくなるわけです。夏に過去問題をやりまくれば、当然他の勉強ができなくなります。それが一番怖い。なぜなら、夏というのは基礎を固める最後のチャンスだからです。すでに基礎が固まっているという人は、どうぞ過去問題演習を始めて下さい。でも、受験生の99%は基礎が固まっていないんですよ。そういう人が過去問題演習に走ってしまうと、大切な基礎固めの時間が失われてしまうのです。

夏に過去問題をやりまくると失われるもの

考えてみて下さい。仮に夏に10年分過去問題をやったらどうなるか。例えば東大の英語を例にとると、1回演習するのに2時間かかります。当然演習後に答え合わせをしますが、ただ答え合わせをしても意味がないので、解説を読んだり、知らなかった単語を調べて暗記できるようにまとめたりしますよね?そうすると、だいたい演習時間の倍の時間は振り返りに必要なんですよ。そうすると、演習2時間+採点・振り返り4時間=6時間は1教科1年分で必要になりますね。そうすると、10年やると60時間必要ということになります。これは、60時間分の他の勉強をする時間が失われるということを意味します
ところで、夏の勉強時間がトータル400時間だったとして、英語に割ける時間は何時間でしょう?仮に2次試験で必要な教科で等分すると約100時間が英語になり、そうすると5分の3の勉強時間が過去問題に充てられることになります。夏が40日だと「過去問題以外の英語の勉強ができるのは1日1時間だけ」ということになりますが、それを聞くと大半の受験生は、「夏に10年なんて絶対やばいじゃん」と気付きますよね?

「強者の勉強法」に惑わされてはいけない

冷静に考えればどう考えてもおかしい勉強法がまかり通るのは、実際にそういう勉強法をやって東大・医学部などに受かっている人もいるからです。彼らは中1から必死に受験勉強を頑張り、高2(あるいはもっと早く)までには基礎固めを終え、高3の夏に基礎を固める必要のない人たち。ネット上にはこういう猛者が溢れていますし、そりゃあ東大理Ⅲなどに合格する頭の良い人たちの発言には影響力はあるでしょう。
でも考えてみて下さい。普通の受験生はこういった方法を真似しても効果はないんですよ。強者には強者なりの勉強法があり、そうでない人たちにはそうでない人たちなりの勉強法があります。仮に東大でも強者の勉強法で合格する人は3割もいません。繰り返しますが、大事なことは基礎固め、それができていない99%の受験生は強者の勉強法を採用してはいけないのです。

夏に過去問題は1年分でいい

では、夏に過去問題はまったくいらないかというとそんなことはありません。僕は自分の生徒さんに「夏の終わりに1年分はやりなさい」と言ってあります。それはアウトプットのためではありません。単に「敵を知り己を知るため」です。
志望校がどんなレベルの問題をどんな形式で出題するのか、それを肌感覚で知っておくことは秋以降の勉強をより効率的にするために必要なことです。そして、自分に何が足りないのかを知り、それを補うための勉強は何かを実感してもらう。夏の過去問題演習はそのためにあります。ですから、1年でいいのです。1つの大学を何年もやるより、併願先で志望の高いところも含めて1年で充分です。

以上、色々述べましたが、最後にいつも言っていること。
「勉強法は一人一人違っていい」
困ったときは、信頼できる先生、きちんと指導経験のある先生に相談してください。あなたが合格して喜んでくれる人、あなたが不合格で悲しんでくれる人のアドバイスが、あなたにとって本当に役立つアドバイスのはずです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?