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映画レビュー:『SUNRISE TO SUNSET』

※本編の内容に触れています。未視聴の方はご注意ください


Pay money To my Painの存在は、フェイバリット・バンドであるlynch.を介して知った。
ライブ代表曲のひとつ『PHOENIX』はKにまつわるものであり、ベースの明徳が不在だった時期の作品『SINNERS-EP』にはT$UYO$HIがゲスト参加、さらにヴォーカルの葉月のソロ活動でもPABLOがサポートを務めるなど、lynch.との関わりは多く深い。

だから彼らの物語をきちんと知ろう、と思って私は劇場へ足を運んだつもりだった。しかし、あの日以来ずっと心に蓋をしたままのBUCK-TICK・櫻井敦司のことも、実は無意識に重ねていたのかもしれない。
向き合わなければ、という衝動のようなものに押されて、とにかく私はこの映画をスクリーンで観た。

ひとことで言うなら、この映画は音楽映画でもあるが「人間映画」でもあると思う。
Pay money To my Painという名のもとに集まった人々の日々と、言葉と、感情が、熱く生々しく刻まれている。観終わった後には、まるで彼らとともに人生を過ごしたかのような余韻が残った。

映画は、各メンバーが語るPTPの歴史から始まる。
一同のお父さんのようなT$UYO$HI、ポジティブにハキハキと話すPABLO、柔らかな物腰でムードメーカーのZAX、
そしてK。

結末を知っているからかもしれないけれど、「ふっと消えてしまいそうだ」というような儚さを一目で感じた。
削ぎ落とされて鍛えられた裸の上半身、それを埋め尽くすようなタトゥー、そして目。
もし直接話すような機会があったら、きっと緊張でしどろもどろになっていただろうと思う。
こんな目をした人の前で、嘘やごまかしはとても言えない。

Kは純粋に繊細に、文字通り命懸けで音楽に向き合っていたのだろう。
創作や表現には、行う者にしかわからない苦しみがある。
しかしオーディエンスは「もっと見せてくれ」「もっと演ってくれ」「次はまだか」と、無邪気に迫る。
朝目覚める度に襲ってくる不安感や吐き気のなかで、やがてアーティストはオーディエンスを憎み、バンド名をこう名付けた。
「俺の痛みに金を払え」

ストイックさはバンド活動にも反映されていただろうと思われるが、PABLOはKの訃報を受け取ったとき「いがみ合ったりぶつかり合ったりしたことに、何の意味があったんだろうと思った」といったことを、映画の中で話している。
「ただ楽しい、でよかったのに。人と人が出会う意味って、それじゃないのかって」──そんなPABLOの言葉が、今生きている自分の人間関係すべてに響いた。

痛みや憎しみが、愛へと変わる奇跡。
音楽において、それはライブでしかないと思う。

映画の後半には、『BLARE FEST.2020』で一夜限りの復活を果たしたPTPのライブパフォーマンス映像が、ノーカットで収められている。
あんなに魂のこもった、激しく美しい演奏がほかにあるだろうか。
PTPと親交の深いヴォーカリストたちに彩られながら、楽曲が会場全体を包み込み、ひとつにしていく。
涙が止まらなかった。劇場のあちこちからも、小さなすすり泣きが聞こえていた。

映画を観ながら、もしこれを勧めるなら「バンドに興味のある方はぜひ観てください」と言うよりも、「今何かを頑張っていて、頑張りすぎて、自分を嫌いになりかけている人。そんな人はぜひ観てください」と言いたいな、と思っていたら、スクリーンの中のKがそれに近いようなことをカメラに向かって言った。

なんだ、この人わかっていたんじゃないか。
なのに自分のことは、痛めつけてばかりいたのか──

BLARE FEST.でのパフォーマンス中、T$UYO$HIが「Kは大勢の人から愛されていたのに、ちっとも気づかないで『愛してほしい、愛してほしい』っていう奴だったから、Kに届くように光をともしてほしい」と言って、オーディエンスにスマホの点灯を求めるシーンがあった。

会場じゅうのオーディエンスが、天高くかざしていた光。
届いて、そして信じてくれただろうか。

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