縁を切った高校時代の知り合い

 少し、昔のことを話す。

「高校時代友達がいなかった」というエピソードを、私はTwitterなどでよく話している。これは本当の話だ。

「じゃあ、知り合いは?」

 と聞かれると、たくさんいた。話す程度の知り合いなら。でも、付き合った全ての人物が、友達や仲間という濃密な関係まで発展しなかった。

 だが、どうでもいいなと思っていた人たちの中でも、

「友達になれたかもしれない」

 と思えた人物が一人いた。仮にAとしておこう。

 Aと初めて会ったのは、高1のころだった。

 同じクラスで、一度目の席替えで席が近くなったことや、彼も話す友達がいなかったことから、仲良くなった。

 2年のころも、Aと同じクラスだった。1学期から2学期の後半辺りが、一番仲が良かったかもしれない。一緒に愚痴を言い合ったり、好きなスマホゲームの話題で盛り上がったりしていたからだ。

 だが、長く風雨にさらされた鉄筋コンクリートのように、Aとの仲に亀裂が生じ始める。

 彼と一緒に、仲良くしようと接近した集団に裏切られるという事件が起きたのだ。

 私は、彼らが私たちのことを邪険に見ていたことは、言動や仕草で見抜いていた。だが、Aはそんなこともつゆ知らず、私に、

「一緒に行こうよ」

 と誘い続けた。彼がその事実に気づくまで。

 今になって思うのだが、彼はひねくれもので短気な私とは違って、ピュアで我慢強い人間だったのかもしれない。

 私は嫌々ながらも彼についていった。そして、人を信じることができなくなってしまった。

 この出来事がきっかけで、彼との関係に少し亀裂が入った。亀裂は少女マンガのイケメン先生とヒロインの微妙な距離感のように、大きくなったり、少し塞がったりを繰り返してゆく。

 高3になったときは、クラスは別々だった。だが、選択科目の関係で接する機会が多かった。

 このときは、少し入ったヒビが塞がりつつあった。

 様々なモヤモヤを抱えながらも、事件が起きる前と同じように付き合う。

 だが、修復されつつあった彼との関係に、また亀裂が入る。

 4月の終わりから、私が物書きとしての活動を、小中学校時代の友達と始めてしまったのだ。

 当時一緒に活動していた小中学校時代の友達とは付き合いは長く、兄弟のように時間を過ごしていた。友達というより、「仲間」や「義兄弟」といった方がいいかもしれない。そのためか、行動がバラバラでも心が通じ合っているので、なんやかんや今に至るまで上手くやっている。

 このような背景もあり、日々の活動やイベントの打ち合わせなどに時間を割くことが多くなった。それと比例して減ってゆく彼といる時間。脳内が、「同人活動」と「宣伝活動」という2つのワードで埋め尽くされていたのだ。

 私の活動について、彼はあまりいい目で見てくれなかった。活動の話をAに話すと、

「へぇ、そうなんだ」

 鮮度の悪い魚のような目と、小さな声で言っていたところからも容易に想像できた。楽しく様々な活動をしていることがうらやましく思える。その反面、どんどん中性化、ビジュアル化していってる私と、どう接していいかわからず、戸惑っていたのだろう。


 お互いの不満をちらりと見せたり隠したりしながら夏休みを過ごし、2学期を迎えた。

 このときから、さらに距離が遠くなっていった。Aが専門学校の入試を受けるため、話す機会が少なくなったのだ。

 私も私で忙しく、活動と勉強、週に1度の打ち合わせを両立する毎日。

 10月には、家族と一悶着あったり、文化祭のことでクラスの女子と揉めたりした。この辺りから私は、学校に行きたくなくなった。塞ぎがちになっていたのだ。

 苦しいときではあるが、またAとの関係が少し回復した。わだかまりを残したままではあるが。

 保健室から出て、

(帰りたくないからどこかへ寄ろうかな)

 と考えながら靴を出そうとしたとき、

「佐竹くんじゃん。最近来てないけど、どうしたん?」

 Aとバッタリ会った。声をかけたときの口調からして、かなり心配そうだった。

 心配そうなAを安心させるため、私は、

「いや、ちょっと教室入りづらくて──。だから、保健室に行ってるの」

 と答えた。

「そうなんだ。一緒に帰ろう」

「うん」

 私は久しぶりに、Aと帰ることにした。

 西へと沈む夕日が見える通学路で、彼は私の苦しみを聞いてくれた。

 うれしくて、涙が出そうだった。誰も聞いてくれない、誰もわかろうとしてくれない苦しみを聞いてくれたから。

 でも、ここで涙を流すと、すすきを揺らすつめたい秋風に冷されて風邪を引きそうだったから、こらえていた。

 そうしてまた距離が開き、晩秋、クリスマス、お正月を終えた。

 以来、彼とは全く話さなくなっていた。


 新しい道へ踏み出したとき、私はAと訣別した。

 久しぶりに連絡を取っていたときに、小説の話題になった。そこでAが、

「佐竹くんの小説、3人しか読んでないんじゃない?」

 という、かなり怨嗟の籠った言葉を私に投げかけた。

 今になって思えば、Aはずっと寂しかったのだろう。私がやりたいことを一人没頭するから、いつも置いてけぼりにするから。

 そのことに気づいていなかった私は、怒った。

 Aは必死で、

「ごめん」

「もう軽率なことは言わないから」

 謝ろうとした。

 だが、怒っている私の耳には入らない。強い怒りで頭の中が真っ白になって、彼の一言一言が薄っぺらい戯言のように聞こえたからだ。

 私は何の予告もなしに、Aの連絡先をブロックした。

 ──もう、これでいいんだ。これで暗黒の高校時代は終わるんだ。新しい自分に生まれ変わるんだ。

 必死で自分に言い聞かせた。Aなんていない、自分はもうあの頃の自分じゃないという気持ちを込めて。


 今さら復縁してくれないかと頼んだり、私のことを許したりしなくていい。もう私の顔なんて見たくもないだろうから。

 だが、彼に何か一つだけ言ってもいいことがあるのならば、伝えたい。

「孤独な気持ちに気づいてあげられなくて、ごめんなさい」

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