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創作現場に必要な環境づくりって?【全国学生演劇祭×ユニコ・プロジェクトWS企画レポート】

ネビュラエンタープライズ・おちらしさんスタッフの福永です。

3月9日(木)~3月12日(日)まで、本年度は東京で開催された「第8回 全国学生演劇祭」。

この”学生演劇の祭典”と、私たちネビュラエンタープライズのU25応援企画「ユニコプロジェクト」が初めてコラボレーション。今、演劇に携わる学生さんたちに聞いてほしい、知ってほしい話題について、じっくり身に付けるためのワークショップを2日間に渡って開催しました!

1日目は、大人の演劇人でも答えに窮するようなテーマ「『制作』とは?」について。2日目は、昨今の演劇業界でもたびたび話題にあがる「ハラスメント」についてです。
2日間の密度の濃い講義の様子をレポートします。


1日目「演劇制作論 -ここちよい創作環境にフォーカス-」
講師:坂本もも(ロロ/範宙遊泳プロデューサー)

この日、スタジオに集まった学生さんは22名。少し緊張気味な彼らに対して、温かくも、知性を感じさせるよく通る声で、坂本さんが語り始めます。

最初に、劇団制作としての個人的な経験をシェアするという前提のもと、そもそも「制作」とは? の、大枠の解説から始まりました。
スタッフクレジットでよく見かける「制作」と「製作」の違いや、どこからどこまでが「制作」の仕事の範囲なのか? など、学生さんからしても、とても興味深いであろう話題からスタート。大学で講師をされている坂本さんだけにとても入っていきやすい構成で、「制作」の仕事内容の幅広さ、特殊性などを、急ぎ足ではありましたが丁寧にわかりやすく解説してくださいました。

講師の舞台制作者・坂本ももさん

続いて、細かな作業の内容がたくさん並んでいる資料の中から、この中で「どれが制作の仕事か?」「どれが制作の仕事ではないか?」を学生に問うワークの時間になりました。特に「これは絶対に制作の仕事ではない!」というものを、学生さんたちには個々選び、発表してもらいます。

一覧に記載されている仕事の中から、「衣裳を洗濯する」や「劇に出演する」など、確かに制作さんの仕事としては思いつきもしないようなものを挙げてくれる数人の学生さんたち。実はこの一覧に記載されているのは、全て坂本さんがこれまでに、制作のクレジットを名乗りながらやったことのあるお仕事。 このワークを通して、坂本さんは、「制作」の仕事とは何か? の一つの答えへと、学生さんたちを導いていきます。すなわち、「制作」の仕事に「決まりはない」のだと。言い換えると、それは「自分で決めるもの」なのだということです。

演劇を創作する上で、「必要だと感じたことをやる」のが「制作」なのだという、坂本さんの「制作哲学」がしっかりと提示されたのでした。

さらに、多くの学生さんが気になっているであろう、「予算の立て方」についても解説してくださいました。これはシンプルにチケット代×キャパで「収入」を出す方法ですが、ポイントは、集客が100%の場合から50%だったときのパターンなどいくつか出してみて、それぞれの場合に「自己負担金」がいくらになるかを把握することが大事だというところでした。

「自己負担金」とは「赤字」なわけで、これをどう消していくかが重要な作業になるのですが、この時に忘れてはいけないのが、結局のところ、その公演にとって「何が一番大切か?」だと言います。公演の目標が「黒字」ならば、プランを練り直して支出を削っていきつつ、収入を増やす試作を考えなければなりません。しかしまだ若い団体にとっては、赤字を背負ってでもやりたい表現を追求することの方が重要な場合もあります。そのときは、「自己負担金」を誰がどのくらい引き受けるか? を考えていくことになります。

このターンでは、「制作」もクリエイティブであるべきで、一見ドライなテーマでありながら団体としてのブランディングや公演メンバーとの意思統一など、チームビルディングも含めた「予算」づくりが大切なのだと、坂本さんは教えてくれていました。

最後に、講義全体のテーマでもある「ここちよい創作環境とは?」を考える時間になりました。

まず、参加者個人個人に、「ここちよい稽古場とは?」というお題を出し、それを好きなだけ付箋に書いていってもらいます。次に参加者を5つのチームに分け、各チームで各々が書いた付箋を模造紙に貼っていく作業をします。この模造紙には縦軸と横軸が引かれていて、縦軸では「短期」で改善できることか、「長期」にわたって解決していくことかを取り、横軸では、「個人」で取り組むべきか、「全体」で取り組むべきかが取られています。

この表に、各々が書いた付箋を、各自が相応しいと思う場所に貼っていくのですが、その結果をチームで話し合い、最も「短期」でできることと最も「長期」になるものを一つずつ選んで、各チームの代表から発表してもらうというワークが行われました。

これ自体、いろいろな意見が出てきてとても面白かったのですが、坂本さんがこのワークを行った本当の目的が別にあることが最後にわかります。
全てのチームの発表が終わったあと、坂本さんは参加者に対して「今の発表内容で、本当に100%同意できていましたか?」と問いかけたのです。

チーム内で話し合った上で、その結果を代表者が発表したわけなので、「同意」は前程のはず。しかし、よくよく確認してみると、「本当はもっと時間がかかると思っていた」「すぐにできても本質的な解決にはなっていないと思う」など、ちらほらと発表内容とは異なる意見が出てきたのです。

坂本さんがこのワークを通じて気づかせたかったのは、「人によって“大事にしていること”は全く違う」ということ、そして、クリエイションの現場ならなおのこと、この「違い」は大きくなる、それを「我慢して言えない」という状況が、創作の現場では起こりがちなのだという現実なのでした。

現実は現実として、このときに最も大切なのは「自分と違う考えを持つ人とどう接していくか?」。「制作」の一番重要な任務は、この部分をサポートしていくことなのではないか?と坂本さんは言います。誰もが「話しやすい、意見を出しやすい環境」を作っていくことこそ、「制作」の最も重要な仕事なのだという、坂本さんの「制作観」へと導いてくれたのでした。

「制作」という言葉からイメージする仕事は、やはりどこか、ハード面を滞りなく進行していくところにあるように考えがちです。坂本さんは、ご自分でも「創作寄り」だと話すように、クリエイション部分を支え、最高のパフォーマンスができるための「環境づくり」に、「制作」の一番の価値を感じていることがわかりました。
まだまだ経験値が少ない学生さんたちにとって、この講義はとても学びの多い時間になったと思います。


2日目「ハラスメント防止レクチャー『自分を大切にし、多様な他者と協働するためのコミュニケーション』」
講師:植松侑子(合同会社Syuz’gen代表)

演劇に限らず、映画やドラマの撮影現場など、創作の現場に付きまとう「ハラスメント」のイメージ。10年前の価値観なら、“本人の心構えの問題”で片づけられていたわけですが、現代では、どんなに小規模の団体でも、絶対に注意しておかないといけないポイントとなっています。

2日目にこの日は、現代の多くの学生さんも問題視している話題ということもあって、やや厳かな雰囲気で始まりました。

講師の舞台制作者、上級ハラスメント対策アドバイザー・植松侑子さん

最初に植松さんは、この問題の影響の大きさの例として、ご自分が行っているオンラインでのハラスメント防止講座の様子を話してくださいました。この講座の受講者には、創作の現場にいる役者や演出家と言った、いわゆる「作り手」側の人間だけでなく、享受者であるはずの“観客・お客様”も少なくないのだそうです。それは、自分が感動したり、共感していた作品の裏側で、実は非情な出来事が行われていたのだとすると、作品を褒め称えてしまった自分にも非の一端があるのでは? と感じる方が少なからずいるからなのだと言います。作り手にとって、こんなにも切ない状況はなく、これは早急に、そして徹底的に撲滅していかないといけない問題なのだと改めて感じました。

植松さんの講義の面白いところは、基本データとして、厚生労働省の出している一般的な「職場」での調査を下敷きにしているところです。忘れがちですが、演劇人にとって稽古場は「職場」なのであり、稽古場で起こっていることは、日本の各「職場」の傾向をベースに、「職場」のルールを当てはめていくことが大事なのだと、暗に教えてくれているように感じました。

演劇人の中には、稽古場だけは、特別な空間で、他の「職場」とは違うのだと考えている人も多いように思われます。こういった“一般的”なデータと照らして語ることが、演劇業界の「職場」環境健全化にとって、とても重要なことなのだとわかりました。

講義はまず、ハラスメントに関する基本的な知識の共有から始まりました。
どのような言動がハラスメントに当たるのか、また当たらないのか。そしてその間には必ず「グレーゾーン」が存在していることも説明してくださいました。また、一口にハラスメントと行ってもいくつか種類があり、パワー・ハラスメント、セクシャル・ハラスメント、モラル・ハラスメントが主なものだということ、そして意外だったのが、稽古場で起こりやすいのは実はモラル・ハラスメントなのだということでした。

パワー・ハラスメントが地位的、年功的な序列の中で起こるのに対して、モラル・ハラスメントは上下関係がないときに起こる「嫌がらせ」のことで、演劇の現場で言えば共演者やスタッフ間で発生するものを指します。
世間的には、演出家と役者の間で起こるパワハラ問題が取り上げられやすいので、意外に感じた人は多かったようです。

また、ハラスメントが起こりやすい環境として4つのシチュエーションを挙げてくださり、その中の一つに「余裕がない」という項目がありました。
おそらく演劇関係者なら、多くの人に身に覚えがあると思われますが、「脚本が遅れているときの稽古場」がまさにそれに当たります。なかなか脚本が上がってこないと、演出家もピリピリしていて、役者も極度な緊張状態に陥ります。ミスも増え、上手くできないことに不安も不満も募り、それを見た演出家が人格否定になりうるダメ出しをする、このような負の連鎖は、きっと多く演劇人が経験したことがあるのではないでしょうか。

そして逆に、ハラスメントを起きにくくさせたいと考えたときに、必要になってくるのが「心理的安全性」なのだそうです。
この言葉は、解釈が難しいのですが、噛み砕いていくと、「いろいろな意見があるのが当たり前で、自分も意見が言いやすく、他人の意見も冷静に受け止められる環境を作り出せる状態」ということです。図らずも、講義1日目での坂本さんのお話にあった、「制作」の仕事として大切なこととは、創作の現場にこの「心理的安全性」をもたらすことだったのだとわかり、しっかりと腑に落ちました。

さて、文面としてはすんなりと理解できることではありますが、実際にそれを体現しようと思ったときに、いったい何に気を付ければいいのか、最初は見当がつかないと思います。
講義の最後に、植松さんは、ある動画を流してくれました。動画のテーマは「自分の特権を自覚する」です。

たくさんの学生を、一本のスタートラインに並ばせて、競争で勝ったものに賞金を出すという、とある大学の授業の風景。
この競争から分かるのは、賞金に手が届かないのは、足が遅いからでも、手抜きがあるからでもなく、環境がそうさせているのだ、という強烈なメッセージです。前に出ている者たちが悪いわけではなく、もちろん、一歩も前に出ていない者も悪いわけではない。しかし「恵まれた」環境によって、最初から差が生まれているのだということを、しっかりと意識しないといけないというわけです。

「自分の特権を自覚する」とは、何かものすごい特権を持っていることを自覚することではありません。自分では“当たり前”だと思っていることでも、他者からみれば優位な条件であり、そのことに気づかないまま、他者と接すると、無意識に相手を傷つけたり、不快な思いをさせかねないのだ、という意味なのです。

現代の日本は、アメリカほどではないにせよ貧富の差が拡大していると言われています。また、性的マイノリティや心身に障がいがあるなど、いろいろな人が共存しています。自分の環境が普通で、その自分の意見こそが一般的であり、それ以外は「変わった意見」「おかしな意見」だと断じてしまうことが、「ハラスメント」の温床になりうるのです。

そうとわかれば、この「特権の自覚」は、すぐにでも各人が始めないといけない作業だと誰もが感じるでしょう。学生さんたちもみんな、静かにこの動画を見ていましたが、それまで以上に集中しているのがわかり、動画が訴えていることの大切さをしっかりと受け止めていたと思われます。ときにヘビーな話題にも触れることになった講義でしたが、植松さんは独特の軽妙なトーンで、全体のムードが暗くならないように進行してくださいました。

この他にも様々な研究結果やデータも交えた解説をしてくださったことで、これまで漠然と「気を付けなくては」と思っていたことが、よりクリアな課題として認識できるようになりました。大人でもそう感じるのですから、学生時代にこの講義を受けられたことは、彼らにとってとても大きな収穫だったと思います。


2日間に渡って行われた、学生向けワークショップ企画。内容としては、大人が受けても十分に手応えのあるものでした。かく言う、主催者側であった我々も、しっかりと学びになり、有意義な時間を過ごすことができました。
今後も、学生さんはもちろん、多くの演劇関係者が聞きたい、知りたいと感じていることを、一緒に学び、考える機会を提供していきたいと思います。


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