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国立西洋美術館「版画で『観る』演劇」で、この冬一番のエモーショナルな鑑賞体験をしてきました

ウジェーヌ・ドラクロワ《 シェイクスピア『ハムレット』による連作:テラスの亡霊 》

風の吹きすさぶ中、立っているのは甲冑の男と、青年。
甲冑の男の足元を見てください。

そう、影がありません。彼は亡霊なのです。

これは――青年ハムレットが、謀略により殺害された父の亡霊と出会うシーン。

の、版画作品です。

テオドール・シャセリオー《 『オセロ』:(13)(オセロはデズデモーナを押さえつける)》

男の表情も、
枕をつかむ手も、
寝室の風景も、
すべてが悲しい。

これは、家臣の計略に嵌り嫉妬に駆られた男オセロが、妻を枕で殺害するシーン。

の、版画作品です。

あなたは、版画で観劇体験、したことがありますか?
冒頭でご紹介したのは、シェイクスピアの有名戯曲、四大悲劇に数えられている『ハムレット』と『オセロ』に着想を得た版画作品。
今、国立西洋美術館では、版画を見ながらまるで観劇体験できるような小企画展が、絶賛"上演"されております!!

©国立西洋美術館
※転載不可

「版画で『観る』演劇 フランス・ロマン主義が描いたシェイクスピアとゲーテ」

(会期は、2023年1月22日(日)までです)

本展では、18世紀後半から19世紀前半のロマン主義の時代を生きた画家である、ウジェーヌ・ドラクロワによる版画<ファウスト>と<ハムレット>、さらに、テオドール・シャセリオーによる版画<オセロ>の、3連作全てが展示されています。

おちらしさんスタッフによる展覧会の紹介とあわせて、本展を企画担当された学芸課研究員の浅野菜緒子さんのお話も一緒にお楽しみください。

Prologue マクベス

中へ入っていくと――
ウジェーヌ・ドラクロワ《魔女たちの言葉を聞くマクベス》

お出迎えしてくれるのは、ドラクロワの《魔女たちの言葉を聞くマクベス》
ウジェーヌ・ドラクロワ《魔女たちの言葉を聞くマクベス》(部分)

魔女たちから最後の予言を聞き、真剣に考えているマクベスの表情に目を奪われます。これが予言を聞いているものの表情かと、感心してしまいました。
3人の魔女たちの、それぞれの表情の違いも楽しい作品です。

――はじめに《魔女たちの言葉を聞くマクベス》を展示したのは、どんな理由があるんでしょうか?

浅野:時系列にすべての作品を見せたいと考えたときに、ドラクロワによる最初の文学・演劇主題の版画とされる本作を、まずはじめに見せたいと思いました。

――ドラクロワの初期衝動が出ている作品ですね

浅野:ドラクロワのシェイクスピアへの関心の高まりや、リトグラフという技法自体についての関心も見てとれます。

――マクベスと魔女の対峙するシーンは、冒頭と終盤にあるかと思いますが、終盤のほうを選んでいるのも面白いです

浅野:魔女を初めて見る衝撃ではなく、マクベスの恐れや苦悩といった感情が高まったシーンを選んでいる。非常にドラマティックな場面ですし、良いシーンを選んでいると思います。

Act 1 ファウスト

足を進めると、ゲーテ『ファウスト』の世界へ。
おのれの無力さに絶望する老学者ファウストのもとへ、悪魔メフィストフェレスが現れます。

ウジェーヌ・ドラクロワ《ゲーテ『ファウスト』による連作:ファウストの前に現われたメフィストフェレス》
ウジェーヌ・ドラクロワ《ゲーテ『ファウスト』による連作:決闘の後で逃走するメフィストフェレスとファウスト》
ウジェーヌ・ドラクロワ《ゲーテ『ファウスト』による連作:教会のマルガレーテ》
ウジェーヌ・ドラクロワ《ゲーテ『ファウスト』による連作:マルガレーテの獄室のファウスト》

苦悩する人間たちと、それを嘲笑うかのように動き回る悪魔という存在の対比が、非常に面白い連作。悲劇、悲劇、ああ悲劇。作品を見進めるごとに、心がかき乱されていきます。

――浅野さん、<ファウスト>の中で推しをひとつあげるとしたら、どの作品ですか?

浅野:悪魔メフィストフェレスが飛んでいるシーンの版画(「空を飛ぶメフィストフェレス」)がお気に入りです。メフィストフェレスが本当に獰猛でありながらコミカルな「悪魔らしい」表情をしているんですよね!

ウジェーヌ・ドラクロワ《ゲーテ『ファウスト』による連作:空を飛ぶメフィストフェレス》(部分)

なんという悪魔顔でしょう!!!!!

Act 2 ハムレット

次は、シェイクスピア『ハムレット』の世界へ。
一枚目から、父を亡くしたハムレットの悲しみが伝わってきます。

ウジェーヌ・ドラクロワ《シェイクスピア『ハムレット』による連作:ハムレットを慰めようとする王妃》(部分)
ウジェーヌ・ドラクロワ《シェイクスピア『ハムレット』による連作:父の亡霊を追おうとするハムレット》
ウジェーヌ・ドラクロワ《シェイクスピア『ハムレット』による連作:役者たちに父の毒殺場面を演じさせるハムレット》
ウジェーヌ・ドラクロワ《シェイクスピア『ハムレット』による連作:王を殺そうとするハムレット》

すべてのシーンに苦悩と狂気がみちあふれ、これぞまさに悲劇のオンパレード。実に劇的。13点の版画を通して、復讐心の中に身を置くハムレットのドラマを体感することができます。

浅野:ドラクロワの『ハムレット』では、「オフィーリアの死」を描いている版画が好きです。ここはぜひ注目いただきたいと思い、彼女の最期を詠じる王妃ガートルードの長台詞から特に印象的な数行を抜粋し、壁に掲出しています。

ウジェーヌ・ドラクロワ《シェイクスピア『ハムレット』による連作:オフィーリアの死》
ウジェーヌ・ドラクロワ《シェイクスピア『ハムレット』による連作:オフィーリアの死》

ーー関連イベントとして開催された、演劇パフォーマンス〈版画で観て、舞台で聞く『ハムレット』〉を見て、作品への理解がより深まりました

浅野劇団シェイクスピアシアターの皆さんは、かなり工夫を凝らして演出してくださいました。版画に描かれた各場面から登場人物たちが抜け出してきたかのような演出や、新しい台詞の考案など……。舞台セットや衣装はシンプルなのに、さながらデンマークのエルシノア城内で王侯貴族が生き生きと立ち回っていると錯覚させる、素晴らしい上演をしてくださり、毎回好評をいただきました。

国立西洋美術館公式YouTubeチャンネルにて配信中

Act 3 オセロ

3つの連作の最後を飾るのは、ドラクロワのハムレットに刺激を受けて着想を得た、テオドール・シャセリオーの『オセロ』。
愛し合った二人が家臣の計略により引き裂かれていく様を、繊細でこまやかな心理表現を通して"感じる"ことのできる作品群です。

テオドール・シャセリオー《『オセロ』:(2)「彼女は私に感謝した…」》
テオドール・シャセリオー《『オセロ』:(7)オセロ:「下がれ!」》

妻に対する疑いと嫉妬を深めていくオセロ。
どうしたら、最大の悲劇に向かって進む二人を止められたのでしょうか……。

浅野:オセロが妻のデズデモーナを殺してしまうシーンを描いた版画が劇的で、まるで舞台上で繰り広げられる場面を見ているかのような感覚に陥ります。彼自身の画力が垣間見られる良い作品だと思います。ロマン主義ってエモーショナルなんです!

テオドール・シャセリオー《『オセロ』:(11)「ところが死ななければならないのだ!」》(部分)
テオドール・シャセリオー《『オセロ』:(12)「今晩の祈りをすませたろうなあ、デズデモーナ?」》(部分)
テオドール・シャセリオー《『オセロ』:(13)(オセロはデズデモーナを押さえつける)》(部分)
テオドール・シャセリオー《『オセロ』:(14)「おお! おお! おお!」》(部分)

悲劇。あまりにも悲劇。
なぜこんなことになってしまったのか、どこかで立ち止まることはできなかったのか――

ここまで3つの連作の一部をご紹介したのですが、いかがでしたか?
登場人物たちが感情をぶつけ合い葛藤するさまは、まさに「演劇」。ドラクロワとシャセリオーが、"演出家"として俳優をディレクションしている姿も想像してしまいました。登場人物たち、わずかに客席(こちら側)を意識しているような気がしませんか? 私は、そんなところも演劇的だなぁと、うれしくなってしまいました。
(お忘れかもしれませんが、これらはすべて、版画作品です)

超常現象あり。狂気あり。悲劇あり。
ぜひあなたも、3つの劇的でエモーショナルな演劇を、版画で、味わってください!!

※作品はすべて国立西洋美術館所蔵


アフタートーク

本展を企画された研究員の浅野菜緒子さんにインタビューをさせていただきました。

ーー浅野さんご自身のことについてお聞かせください
浅野:国立西洋美術館で働きはじめたのは、2020年の4月からなので、もうすぐ3年が経とうとしています。アートに関連する仕事はここが初めてでした。もともと大学ではシェイクスピアを学んでいたんです。シェイクスピアについては様々な研究がなされていますが、特に私は、アートの側面でどのように表象されているかについて関心があり、博士課程では、19世紀のイギリスの画家が描いたシェイクスピアについて研究していました。

ーー大学ではどうして「シェイクスピア」研究を?
浅野:とても昔に遡るのですが……中学高校時代に英語演劇部に所属していたんです。その活動内で、シェイクスピア劇を上演することもありました。お芝居はあまり得意ではなかったのですが……『ロミオとジュリエット』に端役で出演したり、また、その過程で戯曲を読んだり関連作品を観ているうちに関心をもつようになり、大学でも文学部に所属して、シェイクスピアを専門に扱うゼミに入りました。
アートの側面でどのように表象されているかについて関心をもつようになったのは、学部生時代に、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」を鑑賞したのがきっかけです。あの有名なオフィーリアの絵を初めて直接見て非常に感動し、ミレイをはじめとするラファエル前派芸術家たちとシェイクスピアの関わりについて研究したいと思うようになりました。

ーー今回の企画は、どのように動き出したのですか
浅野:美術館で働くことが決まったとき、これまでの学びが活かせたらいいなと考えていましたが、美術館の展示スケジュールは何年も前から組まれているので、おそらくすぐには実現出来ないだろうと思っていました……。
しかし、本展のような小企画展の場合は、展示作品についても当館の所蔵作品のみの構成となるため、比較的に短い期間で企画することが出来ました。構想自体は1年半ほど前に練り、広報物の作成など、実際に動いていた期間は1年くらいです。

ーー展覧会を鑑賞した後に感じたのは、1日で演劇3作品をみたような充実感でした。展示のレイアウトはどのように考えたのですか?
浅野:今回は、ドラクロワの描いた版画『ファウスト』と『ハムレット』、そして、シャセリオーの描いた版画『オセロ』の3連作が並ぶ展示です。個々の作品の演劇的な効果よりも、連作全体の世界観を重視し、また各作家の個性を際立たせるために、同じ作家のものは同じところでまとめたり、同じ作家であっても、作品内容の時系列で揃えて、展示しています。

ーードラクロワやシャセリオーが、これらの戯曲を版画で描いている点について、どのように思いますか
浅野
:彼らは油彩画でもこれらの戯曲を描いているのですが、ロマン主義の画家たちは、版画に対しても絵画同様に高い関心を有していました。これは個人的な見解ですが、色のある世界より、モノクロームの世界のほうが鑑賞者が解釈する上で余白が生まれやすく、作品のドラマティックな雰囲気を、より強調できるからではないでしょうか。

ーーたしかに、モノクロームで描出したシーンを見ると、描かれている人物がどのような感情であったのかを想像したくなる余白が生まれていて、おもしろいです
浅野
:彼らの版画について調べていくうちに、シェイクスピア自身が言葉で形づくられた空間に余白を生み出すのが上手い作家であるという点も同時に分かってきます。作品がどのように視覚的に表象されているかを追うことで、当時のシェイクスピア受容や解釈、作品の魅力を再発見できるので、一石二鳥、いえ、、、一石三鳥のような嬉しい気持ちになります!

ーーチラシについてもお聞きしたいです。こちらのチラシ、版画を手にするときの柔らかい手ざわりに似ているなぁと感じます。触れた瞬間、非常に感動しました!
浅野:ありがとうございます!チラシデザインは、グラフィックデザイナーの木村稔将さんにお願いしました。

浅野:チラシに入れる版画については、いちばんドラマティックな場面を使いたいと考えており、『ハムレット』冒頭で、亡くなった先王ハムレットの亡霊が出てくるシーンを描いた版画を使用しました。<ハムレット>のなかでも特に緊張感があって、ロマン主義が高い関心をもっていた、幽霊や妖精などの超常的な現象が含まれています。

――ピンク色がとても効果的だなと感じます
浅野:「版画展」だけれど、モノクロで落ち着きすぎないようにしたかったです。触れて、見て、「お!」と思うチラシデザインにしたいと思いました。
木村さんは素敵なセンスをお持ちで、こちらの意図を汲んでデザインや印刷用紙を提案してくださいます。相談を重ね、ご提案頂いた柔らかい紙の素材を使用し、差し色として、文字まわりには青みがかったピンクの特色を使用することを決めました。

ーー鮮やかだけれども品のある、美しいピンク色ですね
浅野:ロマン主義は情熱の芸術家たちなので、くっきりした燃えるような色を使いたいと思ってピンク色を希望したのですが、木村さんが、奇抜すぎない品の良いピンク色を選択し、美しいデザインに仕上げてくださいました。「お土産として持ち帰ってもらいたいな」と思いながら、チラシづくりに取り組みました。

ーー本日はお時間いただきありがとうございました。最後に、浅野さんが、これから企画してみたい展覧会の構想があったら、ぜひ教えてください!
浅野:シェイクスピアやゲーテだけでなく、演劇や文学を主題にした作品が他にもあるので、個人的な希望としてはそれらを中心に展覧会を企画してみたいと思っています。実際に物語が主題の作品の場合は、原作を上演することで新しい発見を得られるので、今後もコラボ企画に積極的に取り組みたいです。ダンスパフォーマンスも良いかもしれません!

国立西洋美術館 小企画展
「版画で『観る』演劇 
フランス・ロマン主義が描いたシェイクスピアとゲーテ」

会期:開催中~2023年1月22日(日)
会場:国立西洋美術館新館2階 版画素描展示室
観覧料金:一般500円、大学生250円
国立西洋美術館https://www.nmwa.go.jp

※本展は常設展の観覧券または「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」(2022年10月8日~2023年1月22日)観覧当日に限り、同展観覧券でご覧いただけます。
※高校生以下および18歳未満、65歳以上は無料(入館時に学生証または年齢の確認ができるものを要提示)。

取材・文・写真 / 成島秀和・臼田菜南

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