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ペルシャ帝国の逆襲 - 『プリンス・オブ・ペルシャ 失われた王冠』

ゲーマーは誰しも、"75点ゲーム"というラベルの付いた棚を持っている。

これは必ずしも実体を伴うわけではない。心の中にある、"100点満点中75点のゲーム"を放り込んでおくための棚のことだ。決してつまらないわけじゃないけれど、誰かにオススメしたくなるほど面白いわけでもない。80点をつけるほどハイクオリティなわけじゃないけれど、70点をつけるほど駄目なわけでもない。平均点はあるけれど、平均点しかない。そういうゲームを入れておくための棚。きっと、あなたにも心当たりがあるはずだ。

こうした75点ゲーム界の大御所といえば、ご存じUBIソフトだ。『アサシンクリード』シリーズをはじめ、彼らの作るゲームは無個性や凡庸といった不名誉な言葉にしばしば結びつけられる。近頃のUBI製ゲームが賞レースにあまり食い込めていないのは哀しいほどに明らかだ。とはいえ、この汚名は「塔を登ってマップを解放」をはじめとする一昔前の悪評に引っ張られすぎだし、現代のゲームの多くがUBIという巨人の肩の上に立っていることを我々は忘れすぎている……。

その一方で、何事にも例外はある。ノーランが必ずしも傑作映画ばかり撮れるわけではないし、オアシスだって3枚目のアルバムは駄作だった。それとは逆に、いつもはパッとしないアーティストが大逆転のキラーチューンを作ることだってある。

……長々と前置きをしたせいで一体なにが言いたいのかわからなくなってきた。

つまり、UBIソフトが今年初めにリリースした『プリンス・オブ・ペルシャ:失われた王冠』は貴重な95点ゲームだったということだ。

最高のアクションは最高の操作性に宿る

『失われた王冠』は探索や謎解きを重視した横スクロールアクション、いわゆるメトロイドヴァニアだ。いまやこのジャンルはソウルライクに並んでポピュラーになっていて、ジャンルそのものに目新しさはない。マップを探索して新しいスキルを手に入れ、さらに探索範囲を広げるという基本的な流れもオーソドックスそのものといえる。

では『失われた王冠』のなにがそんなに面白いのかいえば、洗練を極めた操作性と、その操作性を要求するステージ/エネミー/パズル設計の両輪がガッチリと噛み合っていることだ。

主人公サルゴンの動きはこちらのスティック入力に吸いつくようになめらか。スライディングやスイングジャンプといったアクロバットはただ速いだけでも遅いだけでもなく、適度なスピード感を味わえるちょうどいい緩急がついている。月並みな表現になってしまって申し訳ないが、まさしく「動かしているだけで気持ちいい」アクションだ。

操作性が優れていることを前提にしているため、本作のジャンプアクション、いわゆる足場渡りプラットフォーミングは序盤からしっかり歯ごたえがある。

床も天井もトゲだらけの隙間を棒スイングでビュンビュンすりぬけ、壁を蹴ってから空中ダッシュで距離を稼ぎ、離れた足場に着地。足場は着地の直後に崩れてしまうので、モタモタしている余裕はない。再びジャンプし、足場から足場へと流れるように跳び渡る……。

『失われた王冠』には、こうしたハイテンポでリズミカルな足場渡りが、これでもかというほどに詰め込まれている。あくびが出るほど簡単なものはひとつとして存在せず、中には画面に向かって悪態をつきたくなるほど難しいものもある。しかし、抜群の操作性が責任の押し付けを固く拒む。足りないのはゲーム側の配慮ではなく、自らのテクニックだと思い知らされる。だからこそ、パッと見えげつないチャレンジでも飛び込んでやろうという気にさせてくれるのだ。

まあ、やりすぎなほど難しいものもないではないけれど……。

人はパリィのみにて生きるにあらず

『失われた王冠』は移動絡みのアクションだけでなく、戦闘もよくできている。

サルゴンの攻撃はほぼあらゆる行動でキャンセルできるので攻撃と防御を切り替えやすく、「地上コンボ⇒空中コンボ⇒吹き飛んだ敵に空中ダッシュで追撃⇒空中コンボおかわり⇒叩き落してフィニッシュ」のようなアークシステムワークスばりのスタイリッシュなコンボもできる。メトロイドヴァニアなのにコンボ練習用のトレーニングモードを備えているといえば、本作の戦闘システムのこだわりっぷりが理解できるだろう。

アクションゲーム味の素(※俺を含む一部のゲーマーが勝手に呼称している、アクションゲームのあるある要素のこと)であるところのパリィも本作は当然キッチリおさえてある。黄色いエフェクトを持つ特殊攻撃をパリィするとサクッとカウンターを決めて雑魚なら一撃で始末してしまえるし、ボス戦ではさらに特別なカウンター演出になるのも嬉しいところだ。

しかし、雑魚といえどパリィ狩りの遅らせ攻撃をしてくるやつもザラにいるので油断はできない。ボス戦ではパリィ不可の攻撃がガンガン飛び交うし、場合によっては逆にカウンターを喰らう側になってしまう。適当にパリィを擦ったが最後メドローアで殺されることすらあるのだから、敵のモーションとタイミングを見極めるのは重要だ。

『SEKIRO』の大ヒット以降、粗製濫造されるアクションゲームには「全部パリィで解決させれば……全部楽しい!」みたいな考えがよく目につく。一理ないわけではないけれど、しかし、それだけではやはり不十分だ。パリィ特化のゲームはしばしばヌルすぎるかキツすぎるかの両極端になってしまうというのが俺の経験則だ。

その点でいうと、回避とパリィにそれぞれ役割を持たせて使い分けを促す『失われた王冠』のほうが戦闘により深い満足感を生み出してくれている。

ヴァニア疲れにスーッと効く

先ほども述べたように、メトロイドヴァニアはもはや定番ジャンルのひとつだ。

近年で最も大きかったブレイクスルーといえば、メトロイドヴァニアにローグライクを足してローグヴァニアを生んだ『Dead Cells』だろうか。このサブジャンルも大人気で、格闘ゲームのスピンオフ作品がローグヴァニアになった結果本家より売れたりしている。たとえそれが、実質的にはDead CellsとHADESを足して二で割っただけだったとしても。

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とはいえ、ここ1~2年のメトロイドヴァニアやローグヴァニアの乱立には正直なところ食傷気味だった。本家メトロイドの最新作にあたる『メトロイド ドレッド』すら、諸手を挙げて称賛できるほどにはハマれなかったくらいだ。

俺がメトロイドヴァニアをやっていてウンザリしがちなのは、「ギミックのためのギミック」に時々気づいてしまうからだ。これはたとえば、特定の壁を破壊するためだけにしか使われないアイテム……メトロイドでいうところのスーパーミサイルにあたる。このギミックがあると、適当なところにスーパーミサイル用の壁を置くだけで理屈の上ではいくらでもプレイを引き延ばせる。こうした冗長感水増し感をひとたび覚えると、俺はひどく興醒めしてしまう。

『失われた王冠』も、進行とともに新しいスキルが解放されて探索範囲が広がるという点は同じだ。スキルを解放しないと壊せない壁もある。しかし本作は行けるところがただ広がるだけには決してとどまらず、スキルを解放した先にはさらに高度なチャレンジが必ず用意されている。これがとにかくすばらしい。

一例を挙げよう。

二段ジャンプを解放しないと登れない高い崖の先には、二段ジャンプと空中ダッシュを組み合わせないと渡れない足場がある。本作は空中ダッシュをした後にも二段ジャンプできる珍しいタイプのゲームなので、プレイヤーは地形を見て「二段ジャンプ⇒空中ダッシュ」か「空中ダッシュ⇒二段ジャンプ」か判断して、正しく操作しなければならない。スキルの追加にともなってジャンプアクションの歯ごたえが一段と増すというわけだ。

本作ではその他にも、分身の設置と時間の巻き戻しを組み合わせたり、空中で弓を射ったときの滞空時間を利用して地を這う攻撃を避けたりなど、手に入れたスキルを様々に応用して楽しめる場面が満載だ。

気づきと、応用。『失われた王冠』は20時間前後というちょうどいい長さのゲームプレイのおよそあらゆる場面でこの大原則を貫いている。ギミックのためのギミックという安易なやり方には決して逃げない。ゲームメカニクスに対するこの誠実さこそ、ヴァニア系に疲れていた俺の脳にスーッと効く妙薬だった。

75点の棚から抜け出して

プリンスオブペルシャは、かつてひとつの時代を築いた偉大なゲームシリーズだった。その後もうひとつの時代を築いたアサシンクリードも、実はプリンスオブペルシャの傍系にあたるという。だがこれらの栄光はもはや時の砂に埋もれ、AAAゲームの帝国だったUBIソフトは75点の棚に押し込められつつあるように見える。

そんな中にあって、『失われた王冠』は帝国の逆襲ともいえるような、本当に楽しいゲームだった。戦闘よし、パズルよし、ビジュアルよしの三拍子が揃った、95点の横スクロールアクションゲーム。なぜ5点引いたかというとミニマップ機能がないからで、おかげで方向音痴の俺はひっきりなしに画面を切り替えながら探索するハメになった。とはいえ、全体的な完成度の高さに比べると些末なことかもしれない。

また、本作のPC版はこれまでUBIの独自プラットフォーム限定で遊びづらかったのも玉にキズだった。だが8月にはSteamでも配信されるようになるので、邪魔するものはもうなにもない。

さあ、コントローラーを手に取り、王冠を取り戻すときだ。

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