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不完全世界と開かない扉 - 『サイバーパンク2077』

サイバーパンク2077が、歪な過程を経て生み出された未完成品であることは疑いようのない事実だ。コンソール版のユーザースコアは真っ赤に染まり、開発現場の苦痛が伝わってくるインタビュー記事が話題を呼び、そして俺は実際に一通りプレイし、強烈な面白さと壮絶な苦痛の両方を味わった。このゲームはまるで”出来上がっていない”。その事実を否定する者はいないだろう。

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扉とオープンワールドの関係性

サイバーパンク2077の未完成具合を端的に表している印象的な出来事といえば、『開かずの扉』問題だ。本作は2077年を舞台にしている割になぜか自動ドアがあまり存在せず、大抵の扉はプレイヤーがインタラクトすることで開閉する。もちろん開ければ中には部屋があり、散歩していてたまたま訪れる廃オフィスのようなちまちましたところにさえ、ちょっとしたアイテムやアーカイブが残されていることがある。サイバーパンク2077の舞台となるナイトシティには、こうした扉と部屋が無数に存在する。

当たり前のように聞こえるかもしれないが、これはオープンワールドゲームではかなり珍しいことだ。

オープンワールドゲームの代名詞ともいえる、グランドセフトオート5を例に取ってみよう。本作はロックスターゲームスから2013年(!)に発売されたが、今もなおトップクラスの規模を誇るオープンワールドゲームだ。だが、その規模とは単純な面積および体積の話であり、密度ではない。実際に遊べば分かるが、GTA5の舞台であるアメリカ西部の大都市ロスサントスで、プレイヤーが実際に入室できる建物の数はゲーム世界の規模感と比べて実際少ない(2013年時点ではそれでも十分多かったのだが)。

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そもそもマップの大部分は自然

少し考えれば分かる事だが、ただでさえ広いゲーム世界に扉と部屋という要素を加え、まんべんなく密度を付与していくと必要工数が指数関数的に増えてしまう。なので、これはゲームデザイン上必要な割り切りといえる。では、GTA5から5年後に発売されたロックスターの最新作、レッドデッドリデンプション2はどうだろうか。RDR2は西部劇であり、プレイヤーは多くの時間を南西アメリカの荒野で過ごすため、世界の広さに対して入れる建物の数が少なくても別段違和感はなかった。文明衰退後のハイラルを舞台にするゼルダの伝説BotWも同様に、密度の必要性を低減してくれる世界観を持っていた。そうして浮いたリソースを謎解きやミニゲーム、あるいは世界のさらなる拡張などに回すことで、プレイヤーに異なる楽しみを与えているのだ。

だが、サイバーパンク2077の舞台である暗黒近未来都市ナイトシティは、ロスサントスよりさらに複雑怪奇な、テックとカルチャーとバイオレンスの坩堝だ。世界観相応の高い密度と解像度が求められるし、だからこそ、単純なゲーム進行には全く不必要なほど、多くの部屋に立ち入れるよう設計したのだろう。サイバーパンクという世界観がそのビジュアル的な特異性と非常に密接に結びついていることを考えるとなおさらだ。野暮用で寄った部屋に無造作に貼られているポスターからもサイバーパンクの香りが強烈に立ち上るような、そんな世界を作りたいと思うのはクリエイターの本望に違いない。本当に良い試みだと思う……実現さえしていれば。

開かない扉の悲哀

前置きが長くなってしまったが、『開かずの扉』問題に立ち返ろう。先述したように、ナイトシティの多くの扉は開閉できる。カギがかけられている場合もあるが、ステータスを満たしていれば力ずくでこじ開けることもできるし、テクニカルに開錠することもできる。プレイヤーごとのスタイルが反映される場所でもあり、没入感を高める一助になっているだろう。だがその一方で、インタラクトすると赤い文字で『ロック』と表示される扉は何をどうしたって開けられない。アクション映画よろしく鍵穴にショットガンを撃ち込もうが目の前でグレネードを爆破させようが開かない。これが『開かずの扉』だ。

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ナイトシティの至るところで見られるこの扉が意味するところは一つ。すなわち、開発リソースの破綻だ。完璧なディテールにこだわろうとし、実際にこだわってはみた……そして叶わなかった、理想の端切れ。どうせ中に入れないのなら、インタラクトできないただの背景として設定し直せばいいのだろうが、そのまま中途半端に残されてしまっているのが、逼迫した開発スケジュールを生々しく想起させる。本当ならこの扉を開ける方法を用意し、プレイヤーの糧となる何かを扉の先に詰め込みたかったが、ステークホルダーからの厳しい目に耐え切れなくなった経営陣が開発現場を無視して発売を強行……そんな光景が容易に思い浮かぶ。このゲームのプレイを通じて、俺は悪しき資本主義の一側面を否応なく学ぶはめになった。

サイバーパンク2077をプレイ中、俺はかなり没入したロールプレイを心掛けているし、ゲーム側もあの手この手でそれを促してくる。なので、ストリートギャングの隠れ家から何かを盗んでくるようなみみっちいサイドジョブをするにも本気だ。ロールプレイのために正面突破を避け、裏口を探す。隠れ家の周りをぐるりと回って裏口らしいものを見つけ、近づいた時に表示される赤い『ロック』の文字。これを見るたびに、俺はやるせない現実にじわりと引き戻される感覚を味わう。電脳を焦がし硝煙を愛するガンスリンガーなどではなく、冴えない賃金労働者であることを思い知らされてしまう。肩を落としながら正面玄関まで戻り、ギャングを全員血祭りにあげて依頼を果たし、もっとスマートにやれとクライアントに嫌味を言われる。率直に言って、辛いゲーム体験だ。

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開ける[ロック]って冷静に考えて意味不明では?

とはいえ、実際のところ、開かずの扉ごときにここまで感じる人間はそう多くはないだろう。重箱の隅を楊枝でほじくるような真似だと思う者もいるに違いない。実際、このゲームには車が壁にめり込んだり、銃が消えたり、人が空中を歩いたりと、もっと深刻な不具合もある。こちらの方がリアリティにより大きな影響を与えそうなものだが、あまりにも荒唐無稽なせいで、仕方のないことだと無意識に納得してしまっていたようだ。そして、PS4版の劣悪なパフォーマンスに悩みながらも精一杯ロールプレイを続けていた俺にとっては、不思議なことに、開かずの扉こそがリアリティの分水嶺となったのだ。

それでも俺はプレイする

あまり多くもない友人のほとんどが、俺に向かって問いかけた。「なぜそんなゲームをわざわざ遊ぶのか?」と。答えはシンプルで、惚れた弱みだ。しかも、ビジュアルの良さに惚れてしまったのだから大変だ。ネオンサイン、蒸気、発砲炎、レンズフレア……俺が感じる不満を吹き飛ばし、50時間以上のプレイを支えてくれたのは、このサイバーパンキッシュビジュアルによるところが極めて大きい。2時間に一回はフリーズしたり、エイムアシストがまるで無能だったり、なぜかアップデートで進行不能バグが追加されたりと、ろくでもないことには枚挙に暇がないが、少なくともビジュアル面で、本作はゲーム史に残るべき偉業を成し遂げている。

サイバーパンク2077の世界は歪で未完成だが、間違いなく美しく、戦う価値があり、去るにはあまりにも惜しい。そう確信した俺は、惚れた弱みも手伝って、ついに一線を超えてしまった。このゲームをウルトラ設定で動かせるマシン……すなわち、現状最高レベルのグラフィックスカードであるRTX3080を搭載したゲーミングPCを手に入れるに至ったのだ。20万円以上の大枚をはたいた甲斐は果たしてあったのか……それは、追々記事にしたい。

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"The world is a fine place and worth fighting for and I hate very much to leave it." - Ernest Hemingway, "For Whom the Bell Tolls"

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