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2024年Q2期ベスト本【サイエンス編】

アート編からの続き。今回は、けっこう古い(2020年以前)良著を見つけられて、その点は非常に満足でございます。


笑わない数学

愛想笑いでごまかさず、ガチで数学の面白さ、美しさ、有用さを伝える。そんなコンセプトのTV番組の書籍化。素数、無限、四色問題、確率論、ガロア理論。NHKの本気がひしひしと伝わってくる。

ながらくTVというものから遠ざかっていたし、おそらく戻ることもないと思うけど、こんな面白い番組があるなら…と思わせる。公式ウェブサイトも相当ガチ。本書はとくに紙の新品を購入すべき。僕は自分と親戚の子ども用に3冊買いました。シーズン2の書籍化も、ぜひに!

アステロイド・マイナーズ

「ガンダム」はフィクションだ。そんなことは分かっている。でも、どれくらいフィクション?つまり、あと100年か200年経ったら、人類は宇宙コロニーを作って宇宙に進出している…なんて、ちょっと信じてない?

本書は、そんな幻想に冷や水をぶっかけるSF短編マンガ。宇宙に出て待っているのは、圧倒的な資源不足。なぜなら、地球から宇宙にものを運ぶためには、その質量の50倍の燃料が必要になる。重力が小さい月であっても、そこから資源を持ち出すにはそれ以上の燃料が必要。つまり、収支はどうやってもマイナスになる。

じゃあ宇宙にある資源を活用するのは不可能だろうか?可能性の一つが、重力が極めて小さい「小惑星」から資源を発掘すること。アステロイド(asteroid)=小惑星・マイナーズ(miners)=坑夫は、小惑星でその作業にあたる人々を指す。そして、その過酷な環境で働く人たちが探すのは…レアメタルでも、ヘリウムでもない。人間の生存に不可欠な、水や酸素だったりするのだ。

人間の存在に必要な水もない月への有人基地建設なんて意味ないのよ!
あそこへは何から何まで運び込まなきゃならない
贅沢な観光施設だわ…!

あさりよしとお著「アステロイド・マイナーズ」より

エネルギー400年史:薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで

エネルギーがこれからの課題。誰もが知っている、誰もが思っていることなのに、なぜエネルギー分野でイノベーションは起こらない?

その答えの一つを、本書が示している。「エネルギーはインフラと密接に結びついている」から。石炭をエネルギーとして使うには道路整備が必要だった。十八世紀のイギリスは、そのほとんどがぬかるんだ道、よくて石畳。こんなところでは、馬車がせいぜいで、蒸気機関を動力とした乗り物も、石炭の運搬もおぼつかない。電気には送電網、ガソリンにはパイプラインやガソリンスタンド。どんな形態のエネルギーも、それを供給・維持・利用するためのインフラが必要になる。

新しいエネルギーが世に広まるには、新しいインフラが必要になる。そして、その整備は、膨大な投資と時間が必要。エネルギー分野でイノベーションが起こらない(ように見える)理由はここにある。

それでも、エネルギーの形態、供給元が時代と共に変わっていくことも、歴史が証明している。あと100年ほどで、地球上の石油は尽きるという。化石燃料がなくなったとき、人類はどうなる?それはまた、別のお話。

これから乗り出していくのは、四〇〇年にわたる歴史の旅である。ともに旅する道連れには、かつて生きた人間のなかでも最も興味をそそり、創意と独創に富んだ者がいる。彼らは、科学者とか発明家、技術者と呼ばれる人間で、残した業績に必ずしもその名前が冠されているわけではない。しかし、良きにつけ悪しきにつけ、私たちがいま生きる世界を形作ったのはまぎれもなく彼らである。

リチャード・ローズ著
「エネルギー400年史:薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで」より

心にしみる天才の逸話20 天才科学者の人柄、生活、発想のエピソード

Q1のベスト本「カタリン・カリコ」に触発されて、科学者の伝記をいくつか読んだ。本書はその中の一冊で、アインシュタイン、ニュートン、ラボアジェ、(2024年7月では非常にタイムリーな)北里柴三郎など、メジャーどころをおさえた本。

でも、秀逸なのは「天才の暗黒面」をきちんと描いていること。独裁者になって恐怖政治をひき、結果イギリスの物理学を100年遅らせてしまったニュートン。高等数学が得意ではないため、統一理論を発展させられなかったアインシュタイン。先進的な飛行機を作りつつ、自身のルーツである自転車の発想から抜け出せなかったライト兄弟。

どんな天才も人間。挫折も、失敗も、負の感情ももった生きた人間だった。その不完全な人間が作り出した科学が、今も消えずにずっと残っている。本書の「心にしみる」という大げさなタイトルは、ひょっとしたらそんなところを指しているのかも知れない。

現在、フランスでは他国にくらべて圧倒的に女性科学者が多い。(中略)キュリー夫人の登場する前のフランス科学界もそうで、女性の研究ポストはほとんどなかった。
ノーベル賞にかかわる業績認定でも、女性科学者を排除するトラブルはノーベル賞の「陰」の部分として話題にこと欠かない。

山田大隆著「心にしみる天才の逸話20 天才科学者の人柄、生活、発想のエピソード」より

能力はどのように遺伝するのか 「生まれつき」と「努力」のあいだ

生まれか、育ちか。エピジェネティクス(細胞が遺伝子の働きを制御する仕組みを研究する学問)が本格的に研究されるようになってから「環境と遺伝子はセットで考えないと意味がない」ということは、よく知られるようになってきたと思う。でも改めて、ヒトの「能力」はどこまでが遺伝で、どこまでが後天的な「努力」によるもの?

本書は「遺伝が関与しない行動・能力はない」ことが大前提となっている。さらに「人間は自分の生活環境をある程度選べるが、その選択すら遺伝が関与している=環境も遺伝」としている。同時に「100%遺伝で決定される行動はない」ことも事実である。パーソナリティを例に取ると、遺伝率は30~50%程度なのだ。

そして、われわれは遺伝によって充分に多様性を確保されているのだから、下手に画一化するような真似はしてはならないと説く。遺伝をタブー視することこそが、優生学的な偏見をかえって生む。蒙を啓かれた感が強烈な、まごうことなきスゴ本。

必要なのは、やはりしっかりとした倫理的態度である。学力や精神疾患に遺伝がかかわっていることを知ったときに、その人をひそかに軽蔑したり、哀れんだり、差別する根拠として用いてよいという非倫理的態度があると、世の中は苦しいものになる。そこにあるのは、自分が遺伝的には問題がないとか優れていると思っていられる人の傲慢さである。膨大な遺伝子が心理的形質のあらゆる側面にランダムに影響していることを考えれば、どんな人にもどこかに遺伝的欠点が潜んでいるはずなのだ。

安藤寿康著『能力はどのように遺伝するのか 「生まれつき」と「努力」のあいだ』より

未来のはなし

個人的には、認知科学の本をけっこう読んできた印象だったので、その分野がなかったのは意外(面白くないわけじゃなかったのよ)。

でも、物理学や数学の「まさにサイエンス」本もやっぱり面白い。こうして並べてみると、どこか「未来」を感じさせる本がそろっているように思う。そして、未来って突拍子もないことも起こるけど、案外現在の延長線上にあったりする。そんなことも確認できた、よい読書体験でした。

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