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2024年Q1期ベスト本【サイエンス編】

いつもなら?半年に一回ベスト本をまとめていたのだけど、ちょっと試験的に3ヶ月(四半期)の区切りで。

ネタがあるかな…という一抹の不安はあったのですが、振り返ってみるとまったく尽きることはなく。むしろ、10冊に絞り込むのは心苦しい状況。改めて、いい本との出会いに感謝です。


誰がために医師はいる――クスリとヒトの現代論

「つべこべ言わずに読め!」としか紹介できない本があるとしたら、本書はまさにコレ。1人の精神科医が、依存症という同業者からも嫌われる病に立ち向かい、戸惑い、それでも前進し続けてきた生々しい記録。ページをめくる時間さえ惜しいのに、本の残りが少なくなっていくのが悲しくなる、そんな読書体験はいつぶりだろう?心が震えることがなくなった大人も、未来に希望が見えない若い人も…とにかく全人類に読んで欲しいスゴ本。

しかし、ひねくれ、挑戦的な表現とはいえ、人に対する絶望をあえて誰かに伝える、という矛盾した行為そのものが、「人とのつながり」を求める気持ちの表れとはいえまいか?
(中略)
おそらく私自身もそうなのだろう。だから、あの悪夢のような思春期から離れたいと切望しながらも、皮肉にも、アディクション臨床というかたちで再びそこに回帰し、それにハマった(アディクテッド)まま、いまだに離れられないでいる。

松本俊彦著「誰がために医師はいる――クスリとヒトの現代論」より

サイエンス・ファクト 科学的根拠が信頼できない訳

科学哲学、という分野がある。数年前にちょっと手をつけて…すぐに撤退した。ここを深掘りしても、多分何も生み出せないだろう、と感じたからだ。

その感覚は間違っていなかったと思う。そもそも、科学哲学は何かを生み出すためのものではなく、「科学は本当に何かを生み出せるのか?」「生み出されたものは、どれほど信用に足るのか?」を問う分野だから。

本書「サイエンス・ファクト」の重要な指摘のひとつが、「科学は人の営み」という事実。だから、人が持つバイアスや、言語のもつ曖昧さや、統計的解釈への鈍感さからは逃れられない。それでも、科学は前進し続けられる。そのためには、華々しい成果の裏にある地道なノウハウの積み重ね――すなわち「学識」が必要なのだ。

こうした問題(出版バイアス、選択バイアス、確証バイアスその他科学における一般的諸問題)と戦うために〈学識のある人〉、つまり学者が必要になる。各自のネットワークで優れた実践を広め、事態が間違った方向へ進みそうになったときは警鐘を鳴らしてくれる人だ。ジョン・ヨアニディスは、科学における統計的な弱点に関して、このことが可能であることを示している。

ガレス・レン、ロードリ・レン著「サイエンス・ファクト 科学的根拠が信頼できない訳」より

カタリン・カリコ mRNAワクチンを生んだ科学者

科学が人の営みである限り、科学と同様に――いやそれ以上に科学者も面白い!

本書は、世界をコロナ禍から救ったワクチン開発の功労者、ハンガリー出身の女性科学者カタリン・カリコの伝記。冷戦下でソ連陣営だったハンガリーの田舎町で生まれ育ち、教師にめぐまれながらも、英語の学習もままならないという苦境からの研究者スタート。渡米した後も、周囲の無理解と差別の連続だ。

もし彼女がいなかったら、どこかで研究を諦めていたら、苦難に挫折していたら、今日の世界はどうなっていただろう?科学という営みの不完全さ、社会にはびこる不合理、それを乗り越えた先に完成したもの…

彼女の存在自体がなにか出来すぎていて、奇跡のようにも思えてしまうのだ。

いずれすべては海の中に

よくできた映画というのは、何もかもが素晴らしい。役者も、演出も、撮影も、音楽も…とにかく、関係する何もかもが。

本書は、分類するとすればSF小説中短編集。なのだけど、どこか一本の極上の映画を思わせる。表紙のデザイン、各編のアイデア、翻訳、そしてもちろん物語そのものも、何もかもが素晴らしいから。

収録話のどれも面白いけど、ひとつ選ぶとしたら一話目の「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」かな。SFという形式がもつ特殊性と、懐の深さが同時に味わえる傑作。

ヒトは生成AIとセックスできるか―人工知能とロボットの性愛未来学

タイトルに偽りあり。生成AIの話はほんの少ししか出てこない。「未来学」といいつつ、過去・歴史の話が大半。そして、人工知能もロボットも、本書の主役ではない。

では、この本はつまらないか、といえば答えは否。車輪の発明より2万5千年も早いディルドの発明、人類が夢想していた人形・ロボットへの性愛、そして、セックスを巡る社会の認識の変化…テーマの幅広さと深掘り具合は秀逸の一言。タイトルは、むしろ逆詐欺なのだ。

本書の題材はセックスに限定するものではありません。ロボットや人工知能という題材に限っているわけでもありません。本書は愛情表現とテクノロジーについての本であり、コンピュータと心理学についての本でもあります。あるいは歴史と考古学、愛と生物学についての本でもあります。近未来と遠未来、SF小説でいうユートピアとディストピアについても語るべきことは多くありますし、孤独と友情、法と倫理、個人と社会について書かれた本でもあります。そしてなによりも、機械が溢れる現代世界における、人間についての本なのです。

ケイト・デヴリン著「ヒトは生成AIとセックスできるか―人工知能とロボットの性愛未来学」より

人間とは?という究極の問い

毎回ベスト本をまとめていて思うのだけど、全然意図していないのに何かひとつのテーマが、それぞれの本から浮かび上がってくることがある。今回は、サイエンスと言いつつ、そこに関わる「人間」のことを強く意識させる5冊になった。

科学とは、宇宙を理解する試み。でも、その主体はあくまで人間で、どこまでも人間くさい営みでもある。

アート編に続く!

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