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NC制作の景色 #5 『Vanishing Workflows』第2版を共同出版する【前編】

ページをめくるたび、リソグラフの淡い色で表現された美しい花々が表出する『Vanishing Workflows』——初版はエルメス・シンガポールで開催されたフランス人アーティストXavier Antinの展覧会をもとに、Temporary Pressによって制作された。

シンガポールを拠点に活動するTemporary Pressは
New Cover第1回目のセレクターであり、そのデザインや出版に対する姿勢に互いに共感し合い、NCにとって朋友のような存在といえる。そんな彼らと共同出版という形で、NEUTRAL COLORSはこのアートブックの第2版を出版することになった。

“洗練された花の写真集”に収まらない本書には、Temporary PressとXavierによる詩的で哲学的な会話が通底している。制作したNCメンバーたちに、2版目をつくることになった経緯、デザインのコンセプトなどを聞いてみた。

花とビットコインマイニング機械が織りなすWorkflows

まずは「Vanishing Workflows」の制作のベースとなった、2018年開催されたエルメス・シンガポールでの展覧会について少し触れよう。


会場には映像によって歪められた花を印刷した巨大な布(タペストリー)が吊り下げられている。複数の布が分割する空間にひっそりと、二つの立体が佇む。一つは花瓶に活けられた色鮮やかな花束、もう一方は静かに作動する機械の彫刻。

対照的な二つのオブジェは、実は相互に関係しあっている。機械は毎日同じ時間に起動し、自動的にビットコインをマイニングする。その間、花は現実の時間に抗えずゆっくりと朽ちていく。機械は獲得した資金をもとに、地元の花屋へ自動で発注を行い、枯れた花は新たに届く花と交換される。同じ時間を共有しつつも、機械と自然はそれぞれ異なる固有のプロセスを経験する。

Xavierは、こうした半自律的な展覧会空間を「閉ざされた庭」と表現した。彼によってデザインされた、ゆっくりと繰り返される生産と消費のエコシステムは、都市の速度に逆行する。自然と機械が織りなすワークフローをまたぐように、会場に鑑賞者(人間)が訪れる。


従来の展覧会図録とは一線を画す本書について、第2版のデザインを担当した加納は「展覧会の空間写真や展示作品すべてを記録していないにもかかわらず、その核心となる本質を捉えている」と称賛する。つまりは、Temporary Press自らが展覧会のコンセプトを理解した上で翻案されたのが本書なのだと。ビットコインをマイニングする機械彫刻、花屋から調達された花束の両者は互いに関係し合い、相互ネットワークのなかで閉じられているが、鑑賞者は互いに駆動する時間と経済を眺めることしかできない。さらにこう付け加えた。

「翻って、それが人間社会の時間を問い直すこととなる。こうした展覧会の意図に対応すべく、記録集である印刷物もその素材と経済のなかで閉じられている」

リトルプレス同士の「共同出版」という、意義あるスタイル

「NEW COVER」第1回 《Temporary Press》

初版の「Vanishing Workflows」は、そのビジュアルの美しさをシンプルに堪能できる本だ。New Cover第1回においても、実物を手にとったお客さんからの反応は良かった。

「第2版をNCで刷ってみないか?」とTemporary Pressから共同出版の提案を受けた編集・加藤は、海外の出版社と組んで出版するという予想外の話に興奮した。「予算も販売数も完全に折半することは、共同出版という形態にとってとても意義があることに感じた」と振り返る。

単に制作費の負担が軽減できただけでなく、「いいものを同じ数だけ売るスタイルは、出版社同士が共鳴し合っていないと成立しないものだから」

シンガポールと東京。それぞれ「固有の経済性」においてつくる

Temporary Pressはリソグラフで刷るにあたって、自らの経済性に基づき、所有する限られたインクのなかから色を選択した。「一般的なCMYKを除いた色の掛け合わせは、現実の再現ではなく印刷物のなかでのみ立ち上がる色空間」と加納が言うように、記録集のような2次的なものではなく「それ自体が作品として自律しうるものになっている」。単なる図録でなく、固有のメディアを制作しようとする、彼らの意図が見え隠れする。

ならば、第2版を手がけたNCは、シンガポールでつくられた初版の色合いを忠実に再現したのだろうか?「Temporary Pressが彼ら固有の経済性に限定されたものであれば、NCもこちらに固有の経済性において制作されるべきだと考えた」と加納は答える。あえてTemporary Pressが使った色を使わず、擬似CMYKと呼ばれる色を極力省くことを基本に選定した。掛け合わせがうまくいくよう明度差のある色を選択していき、幾度かのテスト印刷を経て、納得のいく色の組み合わせを見出した。

とはいえ、その制作プロセスは簡単ではなかった。加納と一緒にデザインを担当した山城は、データづくりの過程を振り返る。「オリジナルの写真から見本の色の表現を再現するまでに、分版の仕方、色を印刷する順番などの実験をし、ベストな方法を見つけるまでに長いこと苦労しました」

ようやく辿り着いた印刷工程では、まず2色を刷り、その後、1色を重ねて刷っていった。印刷自体はゆっくりと丁寧に刷れば問題ないものの、「目視で1枚ずつズレがないか確認、位置調整しながら進めていたので、集中力の限界から1日にできる量が限られた」と振り返る。さらに予想外に大変だったのは印刷後のチェックだ。印刷のブレがある紙をピックアップしたり、仕分けするといった地道な作業は、印刷と同じくらい時間を要したそうだ。

前編はここまでにして、後編は製本と仕上げプロセスについて聞いてみようと思う。

Text: Rina Ishizuka

完全にインディペンデントとして存在し、オルタナティブな出版の形を模索し続けます。