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空ばかり見上げていると疲れてしまう

いま、とても夢中になっている番組がある。
イギリスの人気コメディアン、リッキー・ジャーヴェイスが主演/監督を務める「Derek」。
(Netflixで観れます。トレーラーはこちら)

リッキー・ジャーヴェイス、最高。

彼を認知したのは元々、BBC版「SHERLOCK」で好きになったマーティン・フリーマンきっかけで「The Office」を観はじめたところからだった。(準主演のマーティン・フリーマンとマッケンジー・クルック、どちらも好きだったので「なんだこの神キャスティング番組は…」と思っていた)

▲部下から慕われていると思い込んでいる上司の空振りっぷりが楽しい「The Office」

インターネットによる彼の主な肩書きが”コメディアン”であることもあり、「The Office」のような(イギリスらしいブラックユーモア満載の)コメディをたくさん書いている人だと思っていたのだけれど、深堀りするにつれまったくそうではないことがわかってくる。(もちろんコメディアンなのでスタンドアップ・コメディは最高に面白い。そして最高に下品)

わたしがこんなにも彼の作品に深入りしてしまったのは、大きくは「湿っぽい男女愛を描かないから」だと思っている。恋愛映画やベッドシーンに昔から抵抗があった自分にとって、それがない彼の作品はストーリーそのものの良さがぐっと入ってくる。じめじめベタベタしたラブシーンでなく、「男女間の"人間愛"」を感じられる作品が多い。この感じをずっと待っていた。ただ、そのぶん(?)下品なのだけれど。ものすごく。それはもうものすごく。

男と女だからといって、なぜいつも恋愛関係になるのか。恋人でも家族でもない大切な男女関係だってあるのに、そういったものをリアルに描写した作品になかなか出会えなかった。

これまで、一般的に難解と片付けられてしまうようなフランス映画やマイナーなロシア映画などを好んで観てきた自分に、彼が作品を通して与えてくれたものは、至極単純でピュアな「本当に大切なものは何か」という本質的な問いであった気がする。どんなヒューマンドラマを観てもこんな気持ちになることはなかった。

何がいいのか

リッキー・ジャーヴェイスは、主演だけの作品、監督作品、主演・監督作品とさまざま観てきたけれど、やはりヴィンセント・ギャロよろしく「主演・監督」作品が最高であることは言うまでもない。「Derek」もそのうちのひとつだ。

舞台はイギリスの老人ホーム。ストーリーは、ヘルパーとして働くデレク・ノックス(リッキー・ジャーヴェイス)とマネージャーのハンナ(ケリー・ゴッドリマン) を中心に展開する。

ホームに居候するデレクの親友ケヴ(デヴィッド・アール)はホームレスな上にアル中。「An egg with sideburns (もみあげが生えた卵)」のようなおかしな髪型のケアテイカー、ダギー(カール・ピルキントン)。手癖が悪いスタッフのヴィッキー(ホリー・デンプシー)。入居者はアルツハイマーだったり、やたら下世話だったり————こんな個性的なキャラクター設定も、リッキー・ジャーヴェイス作品の魅力のひとつだと思う。ストーリーが進むにつれ、どの登場人物もなぜかとても愛おしくなってしまう。

▲ダギー、デレク、ケヴ。見るに堪えない絵面

そしてなんと言っても、これまでに体験したことのない、笑いと感動のバランス感がとても心地よい。感動的なシーンでボロボロ泣いているところに唐突に下ネタをはさんできたり、逆に笑いの伏線を泣きで回収したり、ただの"いい話"で終わらないところが癖になってしまう。

デレクがおしえてくれること

「意識高い系」という言葉に代表されるように、いまは誰もが知識や技術を分け合い、競い合い、見せびらかし、高みを目指している。素晴らしいことだし、上昇志向と言える。自分もそうあらねばと思っていた。しかし、老人ホームで働き、住む家も家族もお金もないデレクは、毎日のように「今日は最高の日だ」と一日を楽しみ、「今がいちばん好き」と言う。現状に満足している。

「満足したらそこで終わりだ」と謎の暗示をかけ続けてきてしまった自分にとっては、なんとも発明的な考え方だった。

Derek」は、月並みで当たりまえのようだけど、当たりまえすぎてすっかり忘れてしまっていたような、そんなことを思い出させてくれる。デレクという人物を通して、まるで何も知らなかったときの自分に戻れるような、そんな気持ちにさえなる。

「デレク、やさしさは魔法よ。やさしさって素晴らしいことなの。見た目の良さや、頭の良さよりも、ずっとね」

「Derek」に限らず、リッキー・ジャーヴェイス作品のおおきな魅力のひとつが、一般社会では目を向けられなかったり、忘れ去られているような現実を細かく描写していること。ホームレスをはじめとする、弱者とされている人たちや、低所得者、依存症、セックスワーカーなど。

スタンドアップ・コメディでは(もちろん笑わせるためだけれど)「俺は成功していて、名誉もあるし、金持ち」と堂々と言っているし(笑)、ゴールデングローブ賞の司会に抜擢されるようなスターがこんなにも社会性にあふれ、現実を直視しているなんて信じられなかったのだけれど、それは間違いなく彼の言葉で書かれている。

Derek」は英語字幕、もしくはChrome拡張機能のNetflix翻訳で観るのがおすすめです(オリジナルの翻訳がいまいち。わかる人はもちろんそのままで)。そして 「Derek」が好きなひとには、同じふたりの主演でいま絶賛続編を撮影中の「Afterlife」もおすすめ。(わたしの大のお気に入り、ケヴも出てます。Netflixでいちばん再生されているコメディだそう)

日本のNetflixでは前述の2作品くらいしか観られないのだけれど、VPNの設定で「The Office」や「Extra」も観れます。( 「Extra」はいろんなスターが出てきてかなりたのしいです。ベン・スティラー、デヴィッド・ボウイ、ダニエル・ラドクリフ、そしてなんとロバート・デニーロ。笑)

あなたの答えではなく、問いになれますように