金魚のトラウマ②

前回の続き。毒親(父)話です。

金魚を死なせた犯人探しが始まってしまい、疑惑はすぐに私に向けられた。

「私じゃない…」
あまりの剣幕にそれしか言葉が出せなかった。

「本当は?」と父はやんわり言う。目がすわっている。

怖い。でも本当もなにも知らないったら知らない。今日も元気に泳いでいたのだ。私は見た。こんな餌のあげかたは私はしない。お母さんは生き物の世話はしないし、それなら…

「…ナツ(妹)…だと思う…」

「ナツなわけないだろう!!!!!」

あーれま。言い終わらないうちに怒鳴られた。

もう怒りのメーターが振り切ってしまった父は止まる事を知らない。父が怖くて目を合わせられない。ナツも母も遠巻きにこちらを見ている。私が悪いのだろうか。死んだ金魚も可哀想で、どこを見ていいやら皆目わからない。生気を失った魚の目はこんなにも濁って怖いのか。

「見てみろ!こんなに餌を開けやがって、水もこんなに濁って、金魚は息できなくなって死んだんだ!しかもナツのせいにしやがって、こんな小さいナツが餌の袋開けて〜なんてできるわけがないだろう!そんな奴だとは思わなかった、お前はどこまで卑怯なんだ、ふざけんなこの金魚殺し!!」

き、きんぎょごろし…
子供の私には言葉が強すぎて思考停止してしまった。反論しようにも怖くて出てこない。
その後も罵詈雑言浴びせられたが、泣いて泣いて何を言っても言葉にならなかった。

ひととおり私を詰め終わった後、父は妙に優しく「人のせいにするな。私がやったかもしれないって言えばいいだろう。初めからやってしまったって言えばまだ早く許せるんだぞ」と言ってきた。
もうすっかり私が犯人にされてしまった。鼻をつく腐臭と父の尋問で泣き疲れてしまった私はとうとう根を上げて呟いた。

「…わたしが…餌を……まいたの、かも、しれない…ごめんなさい…」

もうどうでもいい。私がぼんやりして金魚の餌をばら撒いてしまったかもしれないのだ。餌を置く場所を間違えて不幸な事故で餌が撒かれたかもしれないのだ、その可能性もある。かわいそうな事をした。こんなに餌まみれになって、どんなに苦しかっただろうか。

やっと口を割らせて満足した表情の父は、怒鳴り疲れたのかしばらくして居間を後にした。実情を知らない母は「ちょっと…怒りすぎだよね…」と、泣きすぎて引きつけている私を宥めた。

その後、母とナツと私とで公団の側にある林へ行った。お芋掘り用スコップで土を掘り、異臭を放つ金魚の死体を入れて埋め、手を合わせた。
ごめんなさい金魚さん。死なせてごめんなさい。

そして、地動説を説き続けたガリレオ・ガリレイの如く密かに思った。
………私じゃ、ないんだけどな。

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あれから金魚すくいに近づけなくなり、水生生物もろくに飼えなくなった私は、成人して父が家を出て行ってから、やっとこの話を家族ですることが出来た。そして、やはりというか、ナツはとても言いづらそうに

「分かってると思うけど…あれ、やったの、私。餌やりやってみたくて、だれも見てない時に袋を開けちゃったんだよね。思いの外ドサーって出ちゃって。最初のうちはぱくぱく食べてて可愛かったんだけど、その後死ぬなんて思ってなくて……気がついたらお姉ちゃんあれだけ怒られてて。お父さん怖すぎて言い出せなかった。本当に、あの時はごめん。」
と吐露してくれた。

うん、だろうと思った!!笑
あれはねあんだけ怒った父も悪いよ!
と、大人になった私はそう言った。
いくらいたずら盛りの3歳あたりだったとしても、濡れ衣を着せてしまった彼女にもトラウマがあったのだろう。その証拠にこれまでこの家で、金魚の話はタブーとして扱われていたのだから。

金魚屋さんや大型の種を飼う人や、アクアリストからしたら、たかだか二匹の小赤を子供が死なせたくらいで何を、と思うかもしれないが、毒親の手にかかってしまうと子供の心にざっくり開いた傷がこの歳まで疼くのだ。

今回うちに来てくれた何の変哲もないただの金魚は、息子と楽しいお祭りで取れた(正確にはおじちゃんがサービスでくれた)、楽しかった思い出がギュッと詰まったかけがえのない個体であり、そして私の不行き届きで死なせたあの日の金魚たちへの贖罪でもあるのだ。

夫とこれからペットショップに行って、濾過フィルターを買いに行く。折角息子も毎日眺めては「おまつりたのしかったね」「きんぎょちゃんすいすーい!」と一緒にかわいがっているので、どうかうまいこと生き延びてほしい。

金魚が泳ぐ真似をして遊ぶ息子のおかげで、あの日の理不尽に泣いた私が成仏した気がした。


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