もがくのを中断してリセットする。

同時多発的に不具合が生じたり、どういう訳か不調から抜け出せない、延々と同じ渦の中でぐるぐる回り続けているような状態。
大したことではないのに振り回され続ける。
一体いつまでコレが続くんだ?と途方に暮れて…。

今がまさしくその時で、身も心も消耗の一途。
厄介なことに、一度渦に突入してしまうと自分では中々気付けない。
渦の内側にいる自覚も無いまま、あれよあれよという間に引き摺り込まれ、気付いた頃には海面は遥か遠く…ということも珍しくないのです。

自分の場合、大抵は人間関係の問題が連続的に起こるのが始まり。
その中で自分自身余裕が無くなって行く。
普段なら気にも留めない些細なことに腹が立ったり、悲観的になり過ぎて情緒不安定に。
身体も悲鳴を上げ始め、思考力と集中力の低下、頭痛、湿疹、喉から膿が出たり…
とにかく全身からSOSが発信される。
きっと、言動にも異常性が表れていると思う。

客観的に見れば「明らかにおかしい状態」なのだろうけど、渦中の自分にはわからないのだ。


もがくほどしんどい

そういう時、私はとにかく原因を究明しようと躍起になる。
この体調不良は何が原因か、事前に摂った栄養素は何だったか、偏った栄養素が続いていないか、昨夜の行動はどう失敗だったのか、インナーチャイルドが暴れてるからケアしよう、……。

とにかくあれもこれもフル回転で改善を図る。
それが功を奏する時もあれば、突っ走ることで余計にむちゃくちゃになることも少なくない。
どうしようもないのである。

もがくことで「やってる感」を感じられて気が紛れる。
その意味はあると思うけど、では現実面で渦の中から這い上がられるほどに心身に好影響か考えると謎。
全体として見た時に、意味があるのか無いのか微妙な行動なんだよね。
むしろもがく分だけエネルギーを消耗させてるのかもしれない。
とは言え、もがくのを中断することは勇気が要るので、中々止められない。
止まってしまえば、身も心も死んでしまうんじゃないか?と不安になるのだ。


突如強制終了が入る

そうこうしているうちに、突如として訪れる。強制終了が。
予期せぬ感じにマジでいきなり訪れる。
具体的には身体が辛過ぎて動かなくなる、今までの「渦」が小さなことに思えるくらい大きな「渦」に飲まれる。
クライマックスという具合にコテンパンにやられてしまうのだ。ボロクソである。
エネルギーは尽き、立ち上がる余力もゼロ。
そこからしばらくの間、ただ呼吸するだけの肉体になる。
何も考えられず淡々と生活するだけの肉の塊。無 の状態で数日間を過ごすことになる。

もがいていた時の苦痛は無い。
もうどうにでもなれ、死んだら死んだで仕方ない、死ぬだけだ、
と生への執着まで薄らいで行く。
全てどうでも良くなる。

一連の流れを主観的に体感して苦しむ自分もいる一方で、
この発作のような状態が数日で収まることを理解している俯瞰的な自分もいる。
不安定な自分と長く付き合って来たおかげで大体解る。
無 で過ごして数日経った頃、黒い靄がさらさらと消えて、
そろそろしんどさが晴れて行くのが解る。

強制終了は、もがき続ける私を止めるために入るのだろう。
目に見えない自分が、俯瞰視している自分が、そうさせているのかもしれない。
あんたそろそろもがくのやめないといけないよ、と。


繰り返すけど…

空の青さや鳥の声、近くの海から漂って来る潮の香りなんかが強く感じられるようになり、その一つ一つが情動に直結する。
記憶の中の一番純粋なところ、ガラス玉のような、
落とせばすぐに割れてしまいそうな小さな光の玉を自分の内側に感じるようになる。
渦の中にいた時はどうでも良くて、視えなかったものなのに、
それだけが心の中にただあるような感覚になる。
渦の中でのアレコレは、それを思い出させるために起こっていたのかもしれない。

そんなことをぼーっと考えるうちに、少しずつ身も心もリズムを取り戻し始める。
現在はまだ身体の湿疹が消えず本調子と言えないけれど、心の方は随分と楽になった。
綺麗なものを綺麗なものとしてそのまま受け取る、汚いものも然り、否定も肯定もせずそのまま受け取る。
受け取るけれど、受け入れる訳ではない。
いつもこの状態でいられたら良いのにな。

執着している間、苦痛は無限に増幅する。
出来れば強制終了が入る前にもがくのをやめたい。
毎回そう思いながら、また何度も渦中へと飲み込まれて行く。
もしかして俯瞰視している私は、そんな渦中をも楽しんでいるのかもしれないね。

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