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虫恐怖症の人間がノイローゼになりながら攻防を繰り広げた話③完結編

これらの続き。完結編です。

06.第二のコロニー

発生源がキッチンの水屋のスライドレールの内部と判明したにも拘らず、今度はリビングでの出現数が増えて来たプチ虫(我が家での死番虫のあだ名)。

放置すれば、冬の足音が聴こえる頃には彼らの姿は見えなくなるはず。正直、第二のコロニーを突き止める勇気と気力はほとんど尽きていた。
しかしこのまま現実逃避を続けて良い訳が無い…。

さて、当時住んでいた家にはリビングにも小さなクロゼットがあった。
そこには普段必要ではないもの…工具箱やペットフードの新品ストック、犬のお気に入りではないおもちゃ、紙袋類(可愛い袋を捨てられないタイプ)…などを収納していた。

開閉は頻度にして二週間に一度あるかどうか。
購入したペット関連物資のストックをそこに補充したり、またそれを取り出したり。普段はパートナーがその役目を担当してくれていたため、私がそこを開閉する機会はほぼ無かった。

その、二週間に一度の開閉の日。
第二のコロニーは突如眼前に現れることとなる。


その日は珍しく私がストックを補充する担当だった。
クロゼット内部は縦4段に分かれていたのだが…、
上から2段目、犬のおもちゃの段に。
すぐには数えられないほどの数のプチ虫がいた。

瞬間的に察知した。「ここだ」と。

早くも泣きながら目視出来るプチ虫を殺し、おもちゃを一つずつ確認する。
そこに片付けているおもちゃ類は、犬の御眼鏡に叶わなかった二軍のみ。ほとんどがプラスチック製で、きっと片付ける前に犬のヨダレをちゃんと綺麗にしていなかったからだ…拭くだけじゃなく全部洗ってから収納すべきだった…と後悔した。
しかし、どうやらヨダレが原因ではないらしい。
たくさんあるおもちゃの中で唯一プラスチック製では無いものがあった。

骨型ガムである。

そう、あれはおもちゃではなく食べ物なのだ。
少し考えれば分かるじゃないか。ゴン太くんだって噛み噛みしていたのだから(以前そういうCMがあった)。にも関わらず、私は他のプラスチック製おもちゃと一緒にクロゼットに片付け、既に相当な月日が経過していた。

以前犬にそれをプレゼントした時、彼女は全く興奮せず即飽きた(それも可愛い)。その割に「多分要らんけど、捨てんといて欲しい」みたいな顔をするので「そうなのね、じゃあ片付けときます」と片付けたのだ。

ゴン太くんの好物・骨型ガムを、乾物LOVEなプチ虫が見逃す訳は無い。


07.コロニー破壊、戦いは終焉へ

骨型ガムの人口(プチ虫口)密度は既に限界を突破し、しばらく見ないうちになんとまあ立派なコロニーへと変貌を遂げていた。

骨型ガムと言えば白一色の商品だが、コロニー化したそれは白黒が半々くらいの割合になっており、「かろうじてサイズが骨型ガムに近いだけのサムシング」と化していた。
そう、黒い部分は全てプチ虫である。表面積の半分ほどがプチ虫でびっしりと覆い尽くされていた。
更にはその黒い部分が蠢いている。

鳥肌という鳥肌が天高くそびえ立った。
涙は頰を伝い、脈拍もマラソン大会のゴール直後のような状態になっていた。失禁は多分していないと思う。
悲鳴を通り越して声にならない声が出る。千と千尋の神隠しのカオナシのように「あ…あ…」などと言っていたと思う。

その辺りで、パートナーに助けを求めたと思う。
「思う」を繰り返しているのは、恐怖のあまり記憶が曖昧だから。
パニック状態からのフリーズである。

するとパートナーは変わり果てた姿のサムシングを素手で持ち(信じられない)、キッチンへと向かった。その後を追う戦意喪失中のカオナシ。
どうするのかと見ていたら、彼はそれを水洗いした。まさに一網打尽。
ところが、途中で小さく「うわ」と言い放ち、ある一点をまじまじと見つめている。

私も同じ個所を注視してみると、黒い部分のみならず白い部分まで蠢いているではないか。幼虫だった。
よく見ると表面は無数の穴だらけで、穴という穴から幼虫が顔を出していた。

カオナシモードだった私は堰を切ったように悲鳴を上げたあと、今度はカオナシモード強めverに突入した。壁に両手をつき、顔をクシャクシャに歪ませながら身体全体を使って呼吸しつつ「ああ!!ああ!!」である。

可哀想に、ゴン太くんの好物、もというちの犬のおもちゃはしっかり中まで食い尽くされてしまっていた。
いや、もはやゴン太くんの好物でもうちの犬のおもちゃでもなく、亡骸的なサムシング。

強めなカオナシと化した私を横目に、パートナーは容器に水を張り、サムシングをドボンと漬けた。

空洞だらけのサムシングからはポコポコ…と気泡が出る。
カオナシの悲壮な声にミスマッチな、可憐で軽やかな音。
少ししてから、プチ虫達が次々と溺死して行く。
水面に浮く者、沈む者、中にいるであろう者…。
ついさっきまでのんびり過ごしていた彼らは、まさか住処ごと水没させられるなど夢にも思わなかっただろう。
きっと皆喘いでいるに違いない。
軽やかなポコポコ…は、何故か映像の世紀『パリは燃えているか』に脳内変換され、心にこだまする。

滅亡の一途を辿る彼らを見て、私は虚無だった。
今まで数え切れないほどのプチ虫を殺めた両手を合わせる。
ごめんよプチ虫、ごめんよ。
私の頬を伝う涙は、パニックによるものか自責によるものか、分からなかった。



第二のコロニーを破壊したあと、プチ虫の出現数は明らかに激減した。こちらから白旗を掲げた水屋のスライドレールの軍勢は留まるところを知らなかったけれど、骨型ガムの軍勢に比べると可愛らしいもの。やはり発生源を破壊することがプチ虫戦においては最重要対策と実感。今後は重課金フェロモントラップユーザーとして生きよう…。

そう覚悟していた私だったが、その覚悟は不要となる。
引っ越しが決まったのだ。
水屋も処分することになり、業者の方に依頼した。

「色んなことがあったね…(主にプチ虫)」と感傷に浸りつつ、パートナーと私は戦いに明け暮れた家を後にしたのだった。


おまけ:傾向と対策の補足

以上が3回に渡りお送りした私とプチ虫の戦いの記録です。
前回から間が空いてしまいましたが、最後まで御覧になって下さった方、ありがとうございました。

ここからはオマケとして、②で先述した傾向と対策部分の補足を少し…。「(4)掃除と換気」の項目を含みの有る表現にしたのには理由があります。

真偽は不明ですが、私の体感として、プチ虫は「空気の流れが滞っている場所」を好む傾向があると感じました。
出没箇所は様々でも、コロニーに選ぶのはそういった空気が淀んだ場所。
偶然かもしれませんが、プチ虫の繁殖には一定の湿度が保たれた環境が必要条件ではないかと考察しています。

換気の重要性を裏付けたのが、引っ越し先の間取り。
プチ虫と戦った家は気密性の高いマンション、引っ越し先は全部屋に大窓がある間取りの一軒家でした。真冬以外はほぼ常に換気を心掛けたのと、壁が漆喰だったためか室内の湿度はいつも40%前後と低め。それはそれで問題もありましたが…。
引っ越した年に、持って来た家具にくっついていたであろうプチ虫達を5匹ほど見掛けたのですが、全て死んでいました。以降、プチ虫を見ることは無かったです(現在はそこからまた引っ越したので過去形表記です)。

気密性の問題というより換気が重要で、換気をすればマンションでもOKだろうし、換気をしなければ一軒家でもNGだと思われます。実際、昔住んでいた一軒家ではプチ虫が多く出没していたので…。

そして、換気と併せて掃除も大切。
掃除は日々身の回りのものに意識を傾ける行動なので、万が一プチ虫にやられていても被害が小さいうちに気付くことが可能です。

掃除と換気なんて大人なら当たり前な習慣でしょうけれど、骨型ガムのコロニーに関して言えば、掃除も換気も出来ない私が招いた悲劇でした。除菌は好きなのに不思議と掃除が苦手なのです。
クロゼットの中までこまめに掃除していれば、早く気付けたんだろうな…。

合計数百匹、いや数千匹?にも及ぶプチ虫を殺した罪は重いです。
虫が怖くても、殺生はだめなことです。
自分が掃除と換気をしていれば防げたかもしれない殺戮の日々を懺悔する意味もあり、また今後同じ過ちを繰り返さないという自戒を込めて、今回このような記事を書くに至りました。

①を書き始めた時はこんなに真面目に書くつもりではなかったんだけれど、どうせ書くなら…と、こんなまとめ方になりました。
今後の人生は出来るだけ虫との遭遇が少なく済むよう、祈ります。

私のように二大コロニーが築かれるまでプチ虫にやられる方は少ないかと思いますが、この戦いの記録が悩めるプチ虫対策中のどなたかのお役に立てれば幸いです。
なんかゾンビもののゲーム中に出て来る「ここで戦った者が残してくれた手記」みたいな終わり方だなあ。

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