見出し画像

虫恐怖症の人間がノイローゼになりながら攻防を繰り広げた話①

00.いつの間にか虫が無理になっていた

私は虫が大の苦手である。

例としてカナブンやカメムシクラスの虫の場合、まず視界に入ると目で追い始める。動向が気になって仕方ない。
こちらに近付いて来れば呼吸が荒くなり、じんわりと汗も浮き出て、その場から離れようとする。この時点で半泣きになる。
そして万が一身体に触れようものなら、パニック状態になる。手荷物を投げ捨て、悲鳴を上げながら四肢をバタバタさせるようにして走る。四肢をバタバタさせることで虫が落ちるor飛んで行ってくれることを祈るのだ。坂田利夫さんの動きを高速で繰り返す感じである。
それでも虫がくっついたままだと一時的に記憶が飛ぶ。

こういった一連の動作を人目も憚らず行うのでヤバイ人として見られていると思うが、周りの目よりも虫への恐怖が勝つのだ。
一緒にいる人からは「虫よりもあなたの動きの方が怖い」と言われる。

昔、自転車に乗っている時に飛んで来たバッタが服に止まり、パニックに陥り自転車を乗り捨てて走って帰ったこともあった。
また別の時には謎の甲虫が身体に止まり、持っていた荷物を投げ捨てて走って家に帰ったため、私の荷物を家まで持って来てくれた友人もいた。平謝りである。

虫の種類にもよるけれど恐怖は大人になるにつれ増しているようで、今では自然が多い場所には長時間滞在したくないし(自然が好きなのに…)、初夏〜晩秋は街路樹のそばを通るのも挙動不審になる。

小さい頃は蝉取りしたりカブトムシを手に乗せたり出来ていたのに、気付けばこうなっていた。ある出来事がトラウマになったのかもしれないけど、今更どうにも出来ないと思って諦めている。

このように、虫が平気な方には想像しにくい感情だと思うがとにかく絶対的な恐怖なのだ。


とまあここまで書いておきながら、タイトルにも書いておきながら…、私は「虫恐怖症」と診断された訳ではない。
だが恐怖症について調べてみると、これは「生活に支障が出ている」のではないか…?診断基準をクリアした立派な恐怖症なのではないか…?と勝手に思っている。


さて、私はインドア派というのもあり普段虫と遭遇する機会は限られているのだが、悲しいかな、様々な虫が家の中にも出現する。

死番虫(シバンムシ)という虫をご存知だろうか。

フォルム的にはカブトムシのメスを体長2mm程度に縮小したような、焦げ茶色のプチッとした甲虫である。

おそらく多くの方は名前だけでイメージ出来ないだろうけれど、姿を見れば「知ってる!」となるのではないだろうか(当記事をご覧になってくださった方、是非一度画像検索を…)。
見た目は可愛らしい。
歩き方も、擬音語を付けるならチョコチョコ…という感じがぴったりの小さな虫だ。

だが彼らは、その可愛らしい見た目とは裏腹に悪魔である。

歴戦の虫がいくつかいる中、ぶっちぎりでノイローゼに貢献してくれたのがこの死番虫だ。個人的には闇の覇者・イニシャルGと並ぶ勢いの厄介者だった(瞬間的な恐怖レベルはGが圧勝だけど、死番虫の厄介ポイントは他にある)。


当記事は虫恐怖症の私が繰り広げた、死番虫との戦いの記録である。
長くなりそうなので3つくらいに分けます。
(※虫が好きな方や虫の命を大切にされる方には、申し訳ない描写がたくさん出て来ます…ご容赦ください)


01.再開は突然に

子供の頃、我が家ではよく出る虫として「プチ虫」の名で親しまれていた死番虫。本当に頻繁に目にしていたためどこの家庭にも出ると思い込んでいた。
彼らが何故家にいるのかーー何を食べるために家にいるのかーー、その頃は気にもしていなかった。

大人になり実家を出た私は、数年間その存在すら忘れていた。

新しくマンションに越して来て二度目の5月末頃。場所はキッチンの壁。
久し振りの再会だった。

あっ、プチ虫!

思うや否や、すぐさまティッシュで殺した。
殺してごめん、と言いながら一応手を合わせる。何の償いにもならないが虫を殺す時には手を合わせる。

プチ虫は潰した時の感触も甲虫特有のプチッと感がある。そのプチッと感もしんどい。蚊を殺した時のエアーな感じとは異なり、「殺した」感がある(そう考えるとイニシャルGを叩き殺せる猛者は強過ぎる)。

数年越しに再会したプチ虫を躊躇無く殺した私は、同居しているパートナーに知らせた。
「プチ虫って知ってる?」
「知らん」
実家での勝手な呼び名をパートナーが知る由も無いのだが、この時は私もまだプチ虫の正式名称を知らなかった。そこで検索を掛け、初めて死番虫という名を知る。いくつか種類がある中で、我が家に出現したのはタバコシバンムシだと判明した(検索を掛けると画像が表示されるのもしんどいので、検索中は目を細めて画面にセルフぼかしをかける)。

いやはや、プチ虫にこんなにも厨二病心をくすぐるような名前がついていたとは…。ついでに名前の由来を調べ、そこから導き出される不穏な生態を知る。

英名はdeath-watch beetleであり、これを元に死番虫という和名が作られた。ヨーロッパ産の木材食のマダラシバンムシの成虫は、頭部を家屋の建材の柱などに打ち付けて雌雄間の交信を行う習性を持つ。この音は時計の秒針の音に似ているが虫の姿が見えず音だけ聞こえることから、死神が持つ死の秒読みの時計(death-watch)の音とする俗信があり、そこからdeath-watch beetleの名が付けられたという説がある。ただしdeath-watchの本来の意味は「死神の時計」ではなく「臨終を看取ること」であり、ブリタニカ百科事典などによると、臨終の場で枕頭に詰めている人々が息をひそめている静寂の中でシバンムシの音が聞こえる(シバンムシの音はごくかすかで、そのような時でなければ聞こえない)ことからdeath-watch beetleという名が付いたとされている。
――Wikipediaより

音が聞こえると喩えられるくらいガッツリ食べちゃうんだな。
え、うちで何を食べてたの…?

背筋がゾワゾワするのを感じつつ更に調べてみる。むちゃくちゃWikipediaに頼る。

ほとんどすべての動・植物質を食害するが、ジンサンシバンムシがケブカシバンムシと同様に木材を、またフルホンシバンムシと同様に書籍も加害することがあるのに対して、タバコシバンムシはこれらを食害することは知られていない。ただし、ジンサンシバンムシが食害しない畳の藁床を食害し、乾燥食品を密閉してそこからの発生を遮断しても、発生を阻止するのは困難である。
和名や英名は貯蔵葉煙草を食害して大害を及ぼすことによる。葉巻きたばこの製造課程で卵が巻き込まれる場合があり、製造後に湿度を保って保管した葉巻きたばこから発生する場合がある。
ただし、煙草よりも加工穀類を好み、小麦粉、白玉粉、上新粉のような穀粉そのものや、素麺、パスタといった乾麺、乾パンなどで最もよく発育する。そのほか、カレーパウダー等の香辛料、乾果、干し椎茸、鰹節、海苔といった乾燥食品のほか、ココア、漢方の生薬、貯蔵種子、ドライフラワー、肥料用の油粕、植物標本、昆虫標本、ウール等の動物繊維が被害を受ける。また、代表的な文化財害虫としても知られる。


ゾッとした。
「ほとんどすべて」?
「乾燥食品を密閉してそこからの発生を遮断しても、発生を阻止するのは困難」?

他のサイトで調べたところ、薄い袋程度の保存方法なら食い破るという話も見た。執念がすごい。

しかし私は元々、粉類や調味料系は冷蔵庫や冷凍庫に片付けていた。乾物系もプラスチック製の頑丈な密封容器に入れるので、食品全般の可能性は無いはず。

じゃあうちで何を食べてたの…?(二度目)

待てよ、偶然一匹出現しただけかもしれない。
どこからか迷い込んだだけかもしれない。そうであってくれ…。

そんな私の願いは空しく終わる。
一匹との再会は、これから始まる長い戦いの序章に過ぎなかった。


02.無限に出て来る

翌日キッチンで料理中、壁にまたプチ虫がいるのを発見した。
昨日と同様にティッシュで殺しながら、Wikipediaで調べた生態を思い出し身体がゾワゾワする。
ふと振り向くと後ろの壁にもいた。
小さく悲鳴を上げまた殺す。

おかしい、これはおかしい…私の本能が警鐘を鳴らす。

自宅のキッチンにも関わらず挙動不審に壁を気にしながら料理を続け、計5匹ほど殺したと思う。初めは鼻歌なんか歌いながら料理していたのに、いつの間にか半泣きになっていた。

絶対にどこかで湧いている、そう確信した。

そこからは振り向けば奴がいる状態で毎日10〜15匹ほど殺したと思う。多い時はそれ以上。期間にして半年弱。
殺し続けても虫恐怖症の私が「慣れる」ことは無く、毎日新鮮な恐怖との対峙が続いた。

しかし、私は無為に殺戮を繰り返した訳ではない。
出現する場所をより具体的に把握し、そのタイミングも掴めるようになって来たのだ。着実に対プチ虫経験値を積んでいる。

だがプチ虫側も負けずに勢力を増やし領土拡大に励んだようで、キッチン以外のリビングや他の部屋、家中どこにでも出現するようになっていた。
プラスチック製の洋服ケースの中にも数匹いたりする。防虫剤の横で穏やかに眠る彼らを見ると人間の無力を思い知らされるのだった(確かに、防虫剤は対ダニ用だけどさ)。洋服ケースは食品用ケースと異なり、人間には分からないくらいの隙間がたくさんあるのでどうにも出来ない。
それにしてもWikipediaにある通り、本当に見境が無い様子だった。

ただ、数が多いのはやはりキッチンだった。主に水屋周辺の壁、換気扇周辺。次に多いのがリビングの壁の高い位置。

水屋の引き出しの中で食器に紛れているのをよく見掛けた(神経質なため食べカスが食器に付着したままという可能性は無いと思われる)。
それから、水屋の棚に置いてあるペットフードの袋(上部がジッパーのような作りで閉じられるタイプ)にもよく止まっているので、ペットフードの匂いに来ていることも分かっていた。だけどペットフードの袋内では大量発生しておらず、他のどこかに発生源があるようだった。
水屋の周辺に何があるんだ?

タイミングとしては、仕事から帰宅後部屋の電気を付けてしばらくしてから姿を見せ始める。帰宅後のプチ虫チェックが日課となっていた。
電気を付けて間もない時は出て来ないことが判明、彼らは明るい場所を好むようだ。電球の明かりを目指して壁を上へと伝い歩く。
しかし明るい場所に出て来ない時は一体どこに隠れているのか分からないままで、一つ屋根の下、数百匹のプチ虫と寝食を共にしていることを想像すると発狂しそうだった。

夜寝ている時に腕が痒くて目を覚ますと、腕にぴとっと止まっているパターンもある。いつしか睡眠にも影響が出て来た。
どこにいてもティッシュを身近に置くようになり、自宅なのに常にビクビクして落ち着かない。部屋の壁際に近寄れない。数分おきに各所の壁をチェックする。少しでも身体に違和感があるとプチ虫が止まっている気がしてやたらと身体を掻いたり、何度も水洗いしたりした。というかその身体の違和感も、プチ虫を恐れるあまり私の脳がそう錯覚させているだけかもしれない。実際に痒いのか分からない。
とにかく起きている間はずっとノイローゼだった。私の精神は限界を迎えようとしていた。


何とか領土拡大を阻止せねばならない。

具体的に対策を打ちたい…、
そうパートナーに訴え掛けるが、真面目に取り合ってくれない。何故なら彼は虫が怖くないし、例えイニシャルGでも殺生をするのを嫌がる心優しい性格をしているため、可愛らしいフォルムのプチ虫を私が修羅のごとく殺しまくる様子にも嘆かわしい表情をした。

「そんな小さい虫おっても平気やん、害出てる訳ちゃうし」

彼はそう言うが、私の心を搔き乱している時点で私にとっては立派な「害」なのである。エゴ丸出しの愚かな人間だけど。

そしてWikipedia知識武装した私は、見境無く何でも食べてしまうというプチ虫の生態を必死に報告し、家中のものが被害に遭うと主張した(家中のものは正直どうでも良くて私の気が狂いそうなのを食い止めたい)。頼む、私になびいてくれ。

「でも何でも冷蔵庫入れるし密封容器も使うから食べ物は大丈夫やろ」

全然なびかん。

彼の中では"食べ物が無事=プチ虫がいてもOK"らしい。
食べ物じゃないなら何か別のものを食べてる…と言っても「だって何食べとうか分からんし、どうしようもない」。

確かに彼の言う通り、何を食べているのかまるで見当が付かなかった。発生源は水屋周辺と判明しているのに、水屋のどこが発生源なのか断定が出来ない。

私は発生源を更に探し続けた。

だが夏が過ぎ秋も深まった頃、プチ虫達の数は減り、11月になると一匹も出現しなくなった。ファーストシーズンは幕を閉じたのだ。

パートナーはこれでもう安心やなと喜んでいた。

しかし私は安堵出来なかった。気温の低下に伴い活動出来なくなっただけで、奴らはきっとまだ家のどこかに大量に潜んでいる…。
そう、気温の変化だけで人間が虫に勝てるはずが無い。楽して勝てるはずが無い。彼らの生命力は人間の想像を遥かに超えるからだ。

寒い時期は休戦し、束の間の穏やかなひとときを味わうことにした。
このまま姿を見ることが無くなれば良いのに、と淡い期待を抱きながら。



②に続きます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?