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映画・ドラマにおける「ジャンル」の役割とは? 宇野維正×DIZ対談

ジャンルって気にしていますか?

普段ジャンルを意識していなくても、「何かアクション大作が観たいな〜」「最近、韓国のホラー映画が好き」など、Netflixや映画館で観る作品を選ぶとき、そして語るとき、一つのガイドとして「ジャンル」を使っている方は多いのではないでしょうか?

そして、ジャンルはクリエイターにとっても一つの指針となっているかもしれません。例えば、『ボーン・スプレマシー』(2004年)で「アクション映画の歴史を変えた」と言われる功績を残した映画監督ポール・グリーングラスは、その後アメリカ同時多発テロ事件を描いた『ユナイテッド93』や伝記映画『キャプテン・フィリップス』を制作し、最新作『この茫漠たる荒野で』では西部劇に挑戦しています。

クロスオーバーが当たり前のように感じられる現代においてもなお根強く残る「ジャンル」をテーマに、映画ジャーナリストの宇野維正さんと映画ライターのDIZさんが対談を行いました。(ネトフリ編集部)

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意外? 今ふたたび熱いジャンル「西部劇」

宇野維正(以下、宇野):『この茫漠たる荒野で』はグリーングラスにとって初の西部劇とされてますけど、DIZさんは西部劇とかって普段観ます?

DIZ:正直、あまり観ないですね。というか、『この茫漠たる荒野で』は西部劇なんでしょうか? 予告を観た時の印象では、孤独な少女を守るために戦うトム・ハンクスの姿はまるで、『レオン』や『LOGAN/ローガン』を彷彿とさせる感動ドラマのように感じました。退役軍人を演じるトム・ハンクスが言葉も通じない中で、少女と絆を深めていく様子に心惹かれて鑑賞しました。

宇野:「ガンマン同士が対決する」みたいな意味での西部劇ではないですけど、時代背景、舞台設定、あと馬での移動がじっくり撮られているところなど、広義での西部劇と言っていいと思います。ただ、西部劇というだけで拒否反応を示す人だったり、自分には関係ないと思う人だったりもいると思うので、そういう意味ではあまり西部劇という言葉は使わない方がいいのかもしれませんね。

DIZ:そうなんですよ。実際に作品を観てみると、舞台は19世紀後半のアメリカ西部ですけど、分断する社会の問題についてだったり、フェイクニュースの問題だったり、とても現代的なテーマを扱った感動的な作品で。もし普段は西部劇には興味が持てない、という私のような方がいるのなら、この作品から西部劇にチャレンジしてほしいと思いますね。

宇野:でも、西部劇って実は今かなり熱いジャンルに再びなってきてるんですよ。テレビシリーズの『マンダロリアン』なんてまさに「ガンマン同士が対決する」という意味でも西部劇そのものだったし、舞台は現代ですけど、今年のアカデミー賞最有力作品の『ノマドランド』も、馬の代わりにキャンピングカーに乗ってるっていうだけで、自分にとっては西部劇的な興奮を覚える作品で。

DIZ:『ノマドランド』は私も素晴らしい作品だと思いましたが、西部劇という視点では観ていませんでした。西部劇としてもう一度観てみたいですね。

ジャンル=スポーツの規定演技?

DIZ:そもそも、映画にとってジャンルって必要なものなんでしょうか? 私はあんまりジャンルで観る映画を選ばないので、そこについて宇野さんに訊いてみたくて。

宇野:映画のジャンルって、スポーツで言うところの既定演技みたいなものだと思うんですよ。「この監督がこのジャンルに挑むんだ」みたいな意外性も自分にとってはすごく重要で。そういう意味でも「あのグリーングラスが西部劇?」っていうのは、ツカミとしてかなり強かったです。

DIZ:個人的には、好きな監督の作品ならば、どんなジャンルでもまず観てみようと思いますけど、一般的には監督で観る映画を決める人はそこまでいないように感じています。

宇野:そっか。ジャンル以前に「監督で映画を観る」という行動原理があまり通用しなくなってきてるのか。レンタルビデオの時代だと、大きなショップだったら必ずジャンルとは別に監督別のコーナーもあったじゃないですか。でも、Netflixのようなストリーミングサービスだと、もちろん監督の名前で検索はできるけど、トップページはジャンルでしか分けられていないですよね。ストリーミングサービスの時代によって手軽に接することができるコンテンツの量は激増したわけですけど、そこで作品を探す指針になるものはむしろ減っている。

DIZ:そういう意味では、たくさんの作品が観れる配信サービスで、何を観たら良いかわからない時のために、ジャンルの必要性は増してるってことなんですかね?

宇野:特に海外の作品の場合はそうだと思うんですけど。DIZさんは、例えばNetflixで観る作品を選ぶ時に、何を基準にしてますか?

DIZ:ジャンルよりも監督や好きな役者を基準に選んでいますね。あとは、予告が観られるので、とりあえず予告を観てみて、それで自分に合うかどうか判断しますね。

宇野:でも、その予告にたどり着くまでにも、何かのきっかけが必要ですよね? そのきっかけという意味では、やっぱりジャンルって大きいのかなって。その人にとっての「好きなジャンル」って、作品選びに失敗しても自分で自分が許せるジャンルのことだと思んですよ。自分にとってはホラー映画がそれで、つまらない作品に当たってもあまり頭にこない(笑)。

DIZ:私もホラー映画は好きでよく観ますけど、正直ハズレだと感じる作品も多いです(笑)。

宇野:そこがホラー映画のいいところだと自分は思っちゃうんですけど(笑)。

DIZ:私はどんな作品を観ても「時間を無駄にした」って思わないように、できるだけその作品のいいところを探してみたり……。

宇野:でも、ホラー映画の場合はそれさえ見つからない作品もある?

DIZ:そうですね(笑)。ポスターや予告にあったシーンがなかったりする作品も多くて、あれ?と思うこともしばしばあります。

クリエイターにとっての「ジャンル」

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宇野:グリーングラスの話に戻すと、現時点での彼の映画界における最大の貢献というのは、アクション映画のジャンルを更新したことだと思うんです。『ボーン』シリーズって、2016年に(スピンオフ作品『ボーン・レガシー』を除いて)9年ぶりに『ジェイソン・ボーン』で復活した時、マット・デイモンの出演条件は「グリーングラスが撮るんだったら出る」だったんですよ。でも、そもそも『ボーン』シリーズの1作目『ボーン・アイデンティティー』の監督はダグ・リーマンだったわけで、それがいつの間にかグリーングラスのシリーズになっていた。それって、ちょっと不思議じゃないですか?

DIZ:確かに、言われてみれば。

宇野:それは、2作目の『ボーン・スプレマシー』でグリーングラスがアクション映画の表現を更新したからなんです。手法的には、ブレの多い手持ちカメラの多用や、打撃時の効果音を抑制するなどして、アクションの臨場感とリアリズムを飛躍的に高めてみせた。『ボーン・スプレマシー』が公開されたのは2004年ですけど、例えば『ボーン・スプレマシー』の公開前から製作に入っていた『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年)と、それ以降の『007 慰めの報酬』(2008年)のアクションシーンの違いを比べてみればわかるように、他のシリーズに与えた影響も甚大で。

DIZ:その時期を境に、ハリウッドのアクション映画の表現が変わったということですか?

宇野:そうです。『ボーン・スプレマシー』から『ボーン』シリーズに入ったアクション専門の助監督、ダン・ブラッドリーというもう一人のキーマンの存在も大きいんですけど。ブラッドリーはその後、『007』シリーズでも『ミッション:インポッシブル』シリーズでもスタッフに入るようになるんです。

DIZ:そのくらい『ボーン・スプレマシー』が画期的だったってことですね。

宇野:で、『ボーン・スプレマシー』のちょうど10年後の作品ですけど、『ジョン・ウィック』(2014年)のチャド・スタエルスキ監督によって、アクション映画の表現がまた大きく更新されたんです。マーベル・シネマティック・ユニバース作品のアクション・シーンって、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年)で急により生々しくなったって思いませんでした?

DIZ:言われてみれば、そんな気も……。『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』のアクションシーンがすごすぎて、あの作品をきっかけにマーベル作品を観るようになったほどの衝撃でした。

宇野:『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』ではスタントとして参加していて、その直接の続編『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』で第二班監督としてアクション全体の指導をするようにまでなったのが、チャド・スタエルスキなんです。

DIZ:一方で、その後のグリーングラスはアクション映画にこだわり続けることなく、『ユナイテッド93』や『7月22日』のような、実際の事件を元にした擬似ドキュメンタリー的な作品も手掛けていきますよね。特に『7月22日』の臨場感は本当にすごくて、私はあの作品がグリーングラスで一番好きかもしれないです。

宇野:そこがグリーングラスの面白いところで、彼はもともとジャーナリストだったことからもあって、ジャーナリズム的な興味とドキュメンタリー的な手法でフィクションを撮る作家なんですね。それは初期の傑作『ブラディ・サンデー』の時点でもう確立していて。『ボーン』シリーズは、その指向がアクション映画というジャンルで最大級に機能したわけですけど、もともとアクション映画に特別な執着がある監督というわけではないと思います。

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DIZ:『この茫漠たる荒野で』も、19世紀後半のアメリカを放浪しながら新聞記事を読み聞かせる主人公を描いた作品で、ジャーナリズムについての映画と言えるかもしれませんね。

宇野:そうなんですよ。だから、西部劇というジャンルだけで観るとグリーングラスのフィルムグラフィーにおいて異色作に思えるけど、実は扱ってるテーマはずっと一貫してるんですよね。逆に言うと、グリーングラスのようなジャンルを横断する監督がいるからこそ、そのジャンルが更新されるという見方もできるかもしれませんね。

DIZ:ジャンルとして勢いがあるかないかは、そのジャンルが更新されているかどうかにかかっているんでしょうか?

宇野:そういう側面はあると思います。ただ、それは必ずしも映画の手法だけではなく、例えばラブコメディーとか青春映画とかは、そこで扱うテーマによって更新されていく側面が大きいですよね。

「ジャンル」はきっかけにもなるし、邪魔ものにもなる

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宇野:DIZさんは映画をジャンルではあまり観ないと言ってましたが、とは言っても、好きなジャンルはありますよね?

DIZ:うーん……強いて言うなら実話系のヒューマンドラマに弱いですね。作品によっては、最後になってそれが実話だってわかる作品ってあるじゃないですか。そういう時に、一番心を動かされますね。

宇野:なるほど。でも、ヒューマンドラマって、ジャンルとしては一番漠然としてますよね。Netflixのジャンル分けにも「ヒューマンドラマ」の項目はありますけど、そこから探そうとは思わないですよね?

DIZ:そうですね。Netflixの項目でいうなら「実話に基づく映画」が一番近いんでしょうけど、そこから観る作品を探すこともあまりないですね。そう考えると、ジャンルって難しいですね。ジャンルが合体してる作品も多いじゃないですか。「サスペンス」と「ホラー」とか。注目する面で人それぞれにジャンルって変わるような気もしています。それと、私がTwitterをやっていてやたらと反応が多いと感じるのが、胸糞系や最後に後味の悪いどんでん返しがあるような作品なんです。どうしてそんなに反応が多いのか、すごく不思議です(笑)。

宇野:そういう作品、自分も嫌いじゃないですけど、それって最後にどんでん返しがあるのを知らないで観るのが醍醐味だと思うんですけど(笑)。

DIZ:嫌な気分になるのがわかってて、それが目的で観る人がたくさんいるみたいなんですよ。ネタバレを気にしない方や、あえてストーリー展開をすべて知った上で観たいという方も増えているようです。確実に面白いとわかった上で映画を楽しみたい、という声も最近よく聞くようになりました。

宇野:実際に自分の身に不幸なことが起きたら嫌だけど、それを擬似体験として楽しみたいってことなんじゃないでしょうか。

DIZ:怖いもの見たさ的なことなんでしょうね。昨年だと『ミッドサマー』が代表的かな、と思いますが、ああいう強烈な作品にたくさんの人が興味が持つことが、とても意外でびっくりしました。(笑)。

宇野:でも、「嫌な気分になるのがわかってて観る」っていうところは、今っぽいのかもしれませんね。原作ものの人気があるのも、それが理由じゃないですか。

DIZ:映画に意外性よりも安心感を求めてるってことですか?

宇野:そう。でも、そういう意味ではトム・ハンクスの主演作品もそうですよね。トム・ハンクスが出てる映画は、絶対に最後には感動が待っているという安心感がある(笑)。

DIZ:確かに(笑)。グリーングラスの作品でいうと、『キャプテン・フィリップス』もまさにそうでしたけど、『この茫漠たる荒野で』もやっぱり最後に大きな感動がありましたね。ジャンルの食わず嫌いは良くないなって、改めて思いました。

宇野:そう。だから、西部劇というジャンルに惑わされないで、もっと多くの人に『この茫漠たる荒野で』も観てほしいと思います……って、あれ? ジャンルの重要性について話してたつもりが、真逆の結論になってしまった(笑)。

文/構成・宇野維正(映画・音楽ジャーナリスト)
Twitter: @uno_kore

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