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チェスと将棋に生きる天才たち 「クイーンズ・ギャンビット」×『3月のライオン』徹底比較

ひとつのことに人生を捧げる。そんな生き方に憧れることはありませんか?

世界中で記録的な大ヒットとなっているNETFLIXオリジナルシリーズ「クイーンズ・ギャンビット」は、チェスに生きる天才少女を描いた作品。その世界のトップを目指し、依存症に苦しみながらも成長していく姿を描いた同名小説が原作のドラマです。

そこで思い出されるのが、将棋に生きる天才少年を描いた人気漫画原作の映画『3月のライオン(前後編)』

天才ゆえの孤独や葛藤と闘いながら、ときに強く、ときに弱さを見せつつ、目標に向かって突き進む主人公の桐山零。不器用だけどひたむきな生きざまは「クイーンズ・ギャンビット」の主人公ベスといろいろな点でリンクします。しかも孤児だったという生い立ちも同じということで、気になる2人を徹底比較してみました。

そもそも同じルーツを持ちながら、“似て非なるゲーム”と言われるチェスと将棋に賭ける天才たちの人生からは、意外な発見もあるかもしれません。

1.共通点が多い生い立ち

■交通事故によって家族を亡くして孤児に

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幼い頃(9年前)に両親と妹を交通事故で亡くし、天涯孤独の身となった桐山零。実父の友人だったプロ棋士八段の幸田の内弟子として、幸田家に引き取られます。幸田はお葬式で幼い零に「きみは将棋、好きか?」と問い、零は「はい」と答えます。それは生きていくためについた“嘘”でした。

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物語の始まりは1950年のアメリカ・ケンタッキー州。母と2人暮らしだったベスは、交通事故で母を亡くし、メスーエン養護施設で暮らすことになります。施設長が目を通していた資料によると、ベスは1948年11月2日生まれ。孤児になったのは8歳のときでした。

■早くから才能が開花

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零にとって養父であり、将棋の師匠でもある幸田が見守る中、実子の姉・香子と弟・歩と将棋をする毎日。プロを目指す2人に気を遣いながらも、他人の家で自分の居場所を確保するために夜もひとり黙々と練習を続け、将棋にのめり込んでいきます。結果、史上5人目となる「中学生棋士」としてプロデビューを果たした零。実子との実力差が歴然となり、幸田の家に居場所がなくなってしまうことに。

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施設の地下室で用務員のシャイベルさんがチェスをする様子を見かけ、どんなゲームなのか興味を持ったベス。「教えて」というベスに「よそ者とはやらない」とぶっきらぼうなシャイベルさんでしたが、見ているだけでルールを理解し始めたことに驚きます。シャイベルさんの手ほどきを受けながら、才能を開花させていくベス。9歳で高校生のチェスクラブメンバー全員に圧勝という、神童っぷりを発揮します。

■高校デビューしたものの孤立

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ひとり暮らししながら高校に通い始めた零。寡黙で、人とかかわることが苦手なため、教室でも影が薄く、空気と化しています。学校になじめず、友達がいない零にとって唯一のオアシスは、風が気持ちいい屋上。将棋の本を読みながら、ひっそり“屋上メシ”を楽しむ昼休み、カップラーメンを片手に現れ、なにげなく話しかけてくれる林田先生だけが拠り所でした。

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養母のもとで暮らし始め、高校に通うようになったものの、最初の授業で頭がいいことがバレて、イケてる女子グループから露骨に仲間はずれにされるベス。実母ゆずりのオン眉が目をひく超個性的なおかっば頭と、養母が選んだ“セール品”づくめの地味コーデで、ルックス的にも完全に浮いてしまいます。まさにアメリカのドラマでおなじみのスクールカースト最下層女子ですが、目の前でひそひそ話をされても平然とひとりランチ、わざとぶつかってくるような古典的ないじめにあってもFワードで言い返すベス。そんな強さは“私にはチェスがある”と思っているからこそ。

2.似通った気質と行動パターン

■静かな性格、だけど負けず嫌い

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性格は控えめで、おとなしく、生真面目。子供将棋の頃から対局を重ねてきた“心友”で“終生のライバル”二階堂には、遠回しに“ハートが冷たい”と言われる零。でも将棋になると負けず嫌いで、思考は“感覚的”といわれています。

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天才少女として表紙を飾った「LIFE」誌のインタビューでは、性格は「物静かで、礼儀正しく」、チェスでは「冷徹である」と称されていたベス。養母の発言によると棋風は“直感型”。完璧を求める傾向にあり、ライバルにミスを指摘されると、「この私が人から見落としを指摘されるなんて」と怒り、負けると「勝って私の強さを見せつけてやりたかった」と強気な発言。後に親しくなるケンタッキー州チャンピオンに、「私って高慢?」と訊ねるシーンも。

■誰にも言えない思いをひとりで爆発させる

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負かした相手に八つ当たりされたうっぷんをはらすべく、誰もいない広場で「みんなオレのせいかよ。ふさけんなよ。じゃあどうすればよかったんだよ」と大声で叫ぶ零。「弱いのが悪いんだよ。弱いやつに用はないんだよ」と、いつもは無口で控えめな零が初めて本音をはき出します。

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ベスは孤独ゆえに行き場のない思いを、鏡に映る自分に向かって爆発させます。ポーカーフェイスを決めこみ、クールに振る舞いながら勝ち続けてきた彼女が、初めて壁にぶち当たるケンタッキー州大会。対局中に女子トイレに駆け込み、「この醜いクズ女。あのクソ男に勝つのよ」と自虐的に初めて自分の心を語ります。

■心が折れると自暴自棄になる

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大人たちにはさまざまな事情があることを理解しているからこそ、自分より年上のベテランたちを負かしてしまうことを気にやみ、勝負の世界と割り切ることができない零。棋士会の先輩たちに連れて行かれたお店でお酒を飲んでしまい、泥酔してしまいます。それが零にとって大切な存在となる川本三姉妹との出会いに。駅前でひとり倒れ、泣き崩れる零を介抱してくれたのは、三姉妹の長女あかりでした。

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「天才と狂気は紙一重」という記者の言葉が頭から離れず、シャイベルさんにも「才能の裏には代償がある。胸に抱えている怒りに気をつけろ」と言われていたことを思い出すベス。施設で飲まされていた精神安定剤の依存症もあり、酒浸りになりがちで、そんな調子では若くして廃人なると周りに心配されるほど。大事な一戦の前夜にハメを外したことをきっかけに、破滅のスパイラルへと陥っていきます。ひとり家に閉じこもり、タバコ片手に、ワインのボトルをラッパ飲み。TVに映るポップスターを真似たドぎついメイクで、踊り狂う姿は自暴自棄のなれの果てといった感じで、これに関しては零とはレベル違い。

■笑顔が激レア

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普段はめったに笑顔を見せない零も、川本家ではほのぼのムードで賑やかな食事中は基本にっこり。二階堂といるときも表情がゆるみがちです。

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ベスも笑顔を見せることが珍しく、限られた人の前だけ。エピソード4中盤で「リラックスしないと力が発揮できない」という養母の助言後、初めて笑い声が一瞬聞けるというレアさ。

3.どちらも“勝負の世界”に生きている

■大人たちに挑む零と、男社会に立ち向かうベス

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15歳という若さでプロ棋士になった零。まわりは自分よりかなり年上の大人がほとんど。スーツ姿の男性ばかり会場で、高校の制服を着た零が静かに孤軍奮闘する姿は見ものです。ときに若さゆえのもろさも見せながら、クセモノ揃いの大人たちの中でもまれ、棋士として成長していきます。

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競技人口に占める男性比率が非常に高いチェスは、男性がたしなむものととされてきました。そんな男性優位の社会に立ち向かうかのように、自分より年上の男性プレーヤー相手に次々と勝利を収めていくベス。特に多面指しと言われる、同時に何人もと勝負するゲームで並みいる強豪に「参った」と言わせる場面は、観ている方も痛快な気分に。

■「人生のすべて」で孤独を癒やす

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「気が遠くなりそうな日々をただ指して、指して、指して、指し続けて、そうして今、僕はここにいる」と前編のエンディングで、将棋にかけて生きてきたこれまでを振り返る零。挫折したときも、困難にぶちあたったときも、駒をさわりながら涙し、ひたすら将棋を指します。自分にとって、将棋がすべて。そう信じて人生を捧げてきた零の「全部こっちはかけてんだよ。ほかに何もねえってくらい、将棋しかねえんだよ」という言葉が響きます。

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地下室でチェスに魅せられて以来、精神安定剤による幻覚からか、天井に盤が見えるくらい夢中になるベス。チェスに関する本を読みあさり、頭の中でも常にプレイするほど、チェス一色に。インタビューでも「チェスは美しいわ」とその魅力について語るベス。チェスがあれば、孤独さえも平気だと言います。「64のマス目が世界のすべて。その中にいれば安全なの。自分の手で制御できる。先も読める。傷ついても自分の責任よ」とは、幼い頃から大人の事情に振り回されてきたベスらしい発言。

■トップになるためには避けて通れないラスボスの存在

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「3月のライオン(前編)」序盤から登場する宗谷名人は、10年以上将棋界のトップに君臨する無敵のタイトルホルダー。15歳でプロ入りしてから、史上最年少の名人位、7大タイトル独占という前代未聞の偉業を成し遂げた人物で、“神の子”と恐れられる最強の存在です。強さと威圧感が増すような和服姿がトレードマークの宗谷名人のルックスは、あの羽生名人を思わせますが、原作者の発言によると、羽生名人から名人を奪取したことで知られる谷川竜王と羽生名人を足して2で割ったイメージなんだそう。

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オープニングでいきなり登場するラスボスは、ロシアの世界チャンピオン、ボルゴフ。強気なベスが唯一恐れている人物で、ロシア語を学び、努力を重ねるのはひとえに彼を倒すため。物語の舞台となった冷戦時代にチェス界を席巻していたのは当時のソ連で、その牙城を崩すべくアメリカが挑んでいたという背景があるようです。そんな時代を象徴する強敵ボルゴフは、絶対王者と呼ばれたロシアの天才チェスプレーヤー、ボリス・スパスキーがモデルなのではと言われています。

■血は繋がっていなくても“家族”が支えに

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幸田の娘・香子が家を出ようとするのを引き留めるため、「僕ならどこへ行っても心配する人はいない」からと自分が出て行くことを告げ、孤独に生きる決意した零。ひとり暮らしを始めてからは幸田家と距離を置き、自立したつもりになっていたものの、不器用で口数の少ない養父がことあるごとに心配してくれ、実の父親のように静かに見守ってくれていることにだんだんと気付いていきます。大事な対局でも、幸田の見せてくれた優しさが支えに。

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郊外で暮らす夫婦に引き取られ、やっと手に入れた“家族”は、無愛想で留守ばかりの夫に相手にされず、孤独と閉塞感を抱えていた養母アルマ。ピアノ演奏家になりたいという夢を持ちながら、乙女チック全開な家にひとり閉じこもっていた病気がちな養母と、女ふたりの新しい生活の中で次第に心を通わせていきます。チェスの大会にも一緒に遠征するようになり、勝負に勝った喜びも負けた悔しさも分かちあえる“家族”を得たベス。養母を正式なエージェントとして頼りにしていただけでなく、いつしかかけがえのない存在と思うように。

4.「和」と「洋」くっきり違う世界観

■対局の舞台

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たびたび劇中に登場する「将棋会館」をはじめ、対局の多くは掛け軸のかかった畳張りの和室でおこなわれ、大きな大会になるほど、立派なホテルやお寺などが会場に。実際に日本各地のお寺で撮影されたという対局のシーンは、歴史と伝統が感じられる重厚な「和」の空間が将棋の世界観とマッチして、緊迫感あふれる真剣勝負に引き込まれます。

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アメリカ国内の大会は高校や大学が会場となることが多いものの、国際大会ではラグジュアリーなホテルが戦いの舞台に。クラシカルムード漂うインテリアがチェスのおしゃれなイメージにぴったりで、一進一退の攻防をさらに盛り上げます。オープニングにも登場する、素敵なパリのホテルは、実はドイツ・ベルリンにある1920年代に建てられたホテルHaus Cumberlandで撮影されたそう。

■インテリア

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東京の下町「三月町」の住人である川本三姉妹の自宅や三姉妹の祖父が経営する和菓子屋・三日月堂は、THE昭和レトロ。古きよき日本家屋の懐かしい雰囲気で、温かい家族のほっこり感がますますアップします。

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養母のガーリーな趣味が炸裂した初めてのマイルーム。チェスに没頭するクールな少女には不似合い?に見えるものの、養護施設の寒々しい簡易ベッドが自分のスペースだったベスにとっては夢のような空間。「全部、私の?」と、とまいどいながらも、うれしさが隠し切れない様子で「私の部屋」とつぶやくベス。花柄やレース、パステルカラーに彩られたインテリアは、1950~60年代に流行したアメリカンミッドセンチュリースタイル。

■ファッション

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宗谷名人はいつでも和服で登場するように、対局のときの服装には特に決まりがあるわけではないそうですが、タイトル戦などの晴れ舞台では和服を着るのが暗黙のルール。江戸時代に将軍の前で対局を披露するとき、和装で臨んだことに始まったならわしと言われ、現代では将棋が日本の伝統文化であることを伝えるためや、普段と違う服装をすることで気合いが入るなどの意味もあると言われています。普段は制服姿の零が立派な和服を着て対局に向かう姿が、いつもより凛々しく見えるのは間違いありません。

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初めての賞金100ドルを洋服(とチェスセット)に費やしたように、早くからファッションに興味を持っていたベス。大人の女性へと成長しながら、華やかなスターの道へと歩んでいくストーリーとシンクロするように、おしゃれの腕もめきめきとアップしていきます。施設に支給された服装を養父に疎まれ、養母に着せられた地味コーデを学校でからわれたのが嘘のように、どんどんスタイリッシュに進化していくベスのファッションは、今、海外のモードシーンで注目の的。クラシカルなコートやブラウス×フレアミニ、キャットアイサングラスやスカーフのヘアアレンジなど、レトロな60年代スタイルが話題になっています。

5.ストーリー展開も見どころ

『3月のライオン(前後編)』が人間ドラマを描きながら、次々と強敵を倒して勝ち進んでいく様子が観る人にカタルシスを感じさせてくれるように、「クイーンズ・ギャンビット」もまた社会派ヒューマンドラマの中に、どこか“スポ根”的要素があり、ゲームバトルものとしても楽しめるのが魅力です。ルールが全くわからなくても面白く観られるように作られているので、チェスを知らない人もその世界に引き込まれて、どっぷり浸れるはず。

『3月のライオン(前後編)』を気に入ったなら、きっと夢中になってしまう最旬注目作「クイーンズ・ギャンビット」。また「クイーンズ・ギャンビット」にハマったなら、『3月のライオン(前後編)』も比較しながら興味深く楽しめそうです。

クイーンズ・ギャンビット

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3月のライオン(前編)

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3月のライオン(後編)

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文・江口暁子

(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会


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