相談室ノート#003:心の問題を早く解決する最良の方策


心の問題を早く解決する最良の方策


風邪は万病の元

 よく風邪は万病の元と言われます。自分自身や家族の者が熱を出したり咳やくしゃみを連発していると,いつものようにそのうち治ると思う人であっても,いち早く治したいと思えば近くの医院を受診したりするでしょう。そして風邪ですねと言われ,処方された薬を服用すれば,おおむね数日で治まったりします。しかしながら,たかが風邪とあなどっていると,こじらせて大変な目に遭ったり,大病を発見する機会を逃したりしてしまい後々後悔する場合もあることでしょう。風邪かなと思って受診するのも,発熱,咳やくしゃみは自身で分かるし,それら症状は周囲から見ても分かり易いという一面があるからでしょう。また,当たり前と考えるかも知れませんが,過去に受診し,速やかに治ったという経験があるからとも言えましょう。


ストレスは万病の元

1.ストレスとなる出来事の特徴

 個人の身体的,心理的幸福を脅かすような出来事をストレッサーと言い,それによって引き起こされる反応をストレス反応と言います。何がストレッサーになるかは個人によって異なりますが,個人が不快と感じたり思ったりするものは状況次第で大抵ストレッサーになり得ます。表1に見られるように,刺激属性からの一般的な分類として,ストレッサーには寒暑や騒音のような物理的ストレッサー,花粉や悪臭のような化学的ストレッサー,死別や事故のような社会的ストレッサー,病気や痛みのような身体的ストレッサー,不安や緊張のような心理的ストレッサーがあります。外部と内部に二分すると,外的ストレッサーとして物理的・化学的ストレッサーと社会的ストレッサー,内的ストレッサーとして身体的ストレッサーと心理的ストレッサーがあります。それぞれの詳細は表1に示したとおりです。
 また,ストレッサーには,たとえば,戦争,原発事故,災害のような多くの人に影響を与えるものもあれば,家族の死や病気のような個人の生活の中で起こる大きな変化もストレスになり得まし,交通渋滞に巻きこまれるといった日常におけるちょっとした嫌な出来事もストレッサーになり得ます。ストレッサーの中には,短時間だけですむような急性のもの,たとえば,就職試験に向かう際に渋滞に巻き込まれるというようなストレッサーと,長い間経験し続けるような慢性のもの,たとえば不満足な結婚生活はその例になります。
 ストレスと知覚される出来事は,それ以外にも,通常の人間の経験を超えた過度の危険状況として「外傷的出来事」,「自分の力で制御できない出来事」,準備態勢をとることが不可能な「予測できない出来事」,再適応しなければならなくなるような「生活環境の重大な変化となる出来事」,ならびにさまざまな「葛藤を引き起こす出来事」に分けることもできます(それぞれの詳細は表1参照のこと)。

 表1 ストレッサーの種類


2. 生理学的ストレス理論
 ストレスもまた万病の元とよく耳にすると思います。生体にとって脅威となる出来事を「ストレッサー」と呼び,ストレッサー対する反応のことを「ストレス反応」と呼びます。今日においても多大な影響を与えているハンス・セリエ(1978)の学説は,生体が長時間ないしは強いストレッサーに晒された時,ストレッサーに適応しようとしてストレス反応が生じますが,ストレス反応はストレッサーの種類に関係なく,一定の同じ反応が起き,ストレス反応は全身に及ぶことから,これを汎適応症候群 (全身適応症候群)といい,これは3つの段階に分けられます。

 第1段階の警告期では,ショックのために自律神経のバランスが崩れて抵抗力が低下するショック相(数分〜1日くらい持続する)があり,それに続く抗ショック相ではアドレナリンが分泌され,交感神経系の活動が活発となり,脅威に立ち向かおうとします。
 第2段階の抵抗期では,副腎皮質ホルモンなどが分泌され,生体はその場から戦うか逃げるか(「闘争−逃走」反応)のどちらかの方法で脅威に対処しようとします。しかし,この状態を維持するためにはエネルギーが必要であり,エネルギーを消費しすぎて枯渇してしまうと第3段階である疲憊期に入ることになりますが,その前にストレッサーが弱まったり消失すると,生体は健康を取り戻すことができます。また,人間の場合,この抵抗期は約1週間から10日ぐらいといわれていますが,さまざまな心理的・生活環境的ストレッサーの影響を受けるため,実際は複雑な過程をたどることになります。
 第3段階は疲憊(ひはい)期で,生体がストレッサーから逃げることも戦うこともできなくなり,その状態が長く続くと身体的資源(エネルギー)をすべて枯渇させてしまい,さまざまな身体疾患にかかることになります。


3. 心理学的ストレス理論
 リチャード・S・ラザルス(1966)は,ストレスについて人間と環境の相互作用を重視した心理学的ストレス理論を構築しました。人が出来事に遭遇するとその刺激が自分自身にとってどうなのか,自分自身との関係や影響を判断します。これを一次評価(ストレッサーの解釈)と言います。


 そしてその刺激は自分自身と「無関係」なのか,「肯定的(無害)」なのか,「脅威(挑戦,恐れ,害,損失)」なのかを判断し,「脅威」と判断されたら,それに対して過去の経験,使える資源,自身の性格などを動員して,いつ,どこで,どのように対処するとよい結果になるのかを判断するのが二次評価(利用できる資源の分析をします)になります。


 ストレスに対する対処方法をコーピングと言いますが,ストレスを克服するために2つの対処方法が使用されます。1つは「問題焦点型」コーピングです。これは脅威となる問題や状況または自分自身の内面に焦点をあて,問題の原因を根本から解決しようとする対処方法です(良い例:問題を検討し効力のありそうな解決策の実行,問題の見方・捉え方の修正。良くない例:無理な目標や解決策の考案・実行,見方・捉え方を無理に変更すること)。もう1つは「情動焦点型」コーピングです。これは心理的な苦痛の緩和に焦点をあてた対処方法です(良い例:休養・行楽,信頼・安心できる人に支えを求める。良くない例:お酒で憂さ晴らし,あまり考えずに人に支えを求める)。実行した結果がよくなければコーピングの再選択が行われますが,良くない例のような対応をすると新たなストレスを引き起こすことになりかねませんので注意を要します。しかし,うまく解決されれば成功体験としてそれ以降の刺激の評価につながっていくことになります。


ストレス反応の諸相
 人間の場合,ストレス反応は心理面,行動面,身体面に以下のような問題として現れます。

1) 心理面の反応
情緒的反応:イライラ,緊張,怒り,恐怖,不安,苦痛,落ち込み,感情鈍麻,孤独感,無気力など。
心理機能の変化:集中困難,思考力低下,短期記憶喪失,判断力・決断力の低下など。
2) 行動面の反応
泣く,怒りの爆発,攻撃・破壊行動,孤立,引きこもり,拒食・過食,チック,ストレス場面の回避行動。
3) 身体面
動悸,頭痛,腹痛,疲労感,食欲減退,嘔吐,下痢,めまい,しびれ,不眠,悪寒など,全身にわたる
諸症状。

ストレス反応の行き着くところ

 ストレス反応が改善されないままストレス状況が継続すると,ストレス障害と言われる以下のようなさまざまな疾病や障害に進行していく可能性が高まります。

1) 心身症
免疫力低下による各種の感染症,円形脱毛症,気管支喘息,偏頭痛,自律神経失調症,メニエール病,起立性調節障害,胃潰瘍,十二指腸潰瘍,糖尿病,冠状動脈性心臓疾患,性機能障害,じんま疹,アトピー性皮膚炎など。
2) 適応上の問題
不登校,出社拒否,引きこもり,自殺など。 
3) 心理障害(精神障害)
心的外傷およびストレス因関連障害群(急性ストレス障害,適応障害,心的外傷後ストレス障害など)
摂食障害
不眠障害
不安障害群(社交不安症,パニック症,広場恐怖症,限局性恐怖症など)
解離性障害群(解離性健忘,急性解離反応,解離性同一性障害など)
物質関連障害群(アルコール使用障害,アルコール中毒,鎮静薬・睡眠薬・抗不安薬使用障害など)
うつ病


心理的問題についての援助要請行動を促進したり抑制したりする要因

 気分が落ち込んだり,不安でどうしようもなくなったとき,周囲の人(親,友人知人)や心の専門家(臨床心理士,心療内科医,精神科医など)に援助を求める行動を「援助要請行動」と言います。ストレス状況において独力で問題を解決することが難しい時,援助要請行動は適応的な対処方略の1つになります。

 援助要請行動は臨床心理学の分野に限ったものではありません。むしろ社会における個人の心理を問題にする社会心理学分野においてより一般的な援助要請行動についての研究が数多くなされてきております。それらの研究では援助要請者の持つ特性(例えば,自尊心の高さ,自己開示への抵抗感,被援助不安,自身のことを話すことが苦手)をはじめ,援助要請者にかかわる要因,援助要請者と援助者の相互作用にかかわる要因が検討されてきております。

 援助要請者にかかわる個人内の要因には次のようなものがあり,カッコの中に最近の知見を記しています。

 1)性別(女性は援助要請に肯定的であるのに対して,男性は援助要請に対して抵抗が強い)
 2)予期される利益とコスト(相談を行うことの利益が低く,相談に伴うリスクを高く評価している)
 3)援助要請スキル(自身の状態や状況をことばで伝えるほど友人から受ける援助は多い)
 4)スティグマ: 汚名(自身が治療を受けることは自身が劣っていると見なす自己スティグマと,そのような個人は社会的に受け入れられないと見なしてしまう公的スティグマは,治療に訪れる前には抑制因になるが,一旦,専門機関に援助要請ができれば治療の動機づけにもなる)

 

 また,援助要請者と援助者の相互作用にかかわる個人間要因には次のようなものがあり,カッコの中に最近の知見を記しています。

1)援助要請者と援助者の性別(女性は援助を要請しやすく,男性は援助を要請されやすい一面がある)
2)援助資源(専門家への援助要請には親・友人知人などの非専門家からのサポートも重要になる)
3)援助要請者と援助者の双方に対する評価(援助者が援助要請者を同等にできるか否かによって支持にも脅威にもなる)


心理的問題についての援助要請を決定するまでのメカニズム

 個人が心理的問題の解決のために専門機関を訪れるまでの意思決定過程については,おおよそ次のような過程をたどると考えられます。 

1)心理的問題への気づきと自分自身との関係の評価
2)援助要請(周囲の人,専門機関)の利益とコスト,援助要請をしないことによる利益とコストの評価,と援助要請方略の検討


 心理的健康の変調ないしは心理的問題に気づいて,それを解釈し,そしてそれが自分自身にとって緊急性があるのか,どれだけ重要なのかなどを評価するとともに,それは自力で大丈夫なのか周囲への援助要請が必要なのか,それとも専門機関への援助要請が必要なのかなどが評価・検討されることになります。次いで,援助要請による利益とコスト(被援助利益と被援助コスト),ならびに援助要請をしないことによる利益とコスト(非要請利益と非要請コスト)が評価されることになります。

 被援助利益(例:心理的問題の軽減・解決,心理的苦痛からの解放など)
 被援助コスト(例:被援助不安,自尊心が傷つく脅威,時間的・金銭的負担)
 非要請利益(例:被援助不安や自尊心が傷つく脅威を避けられる,時間的・金銭的負担がない)
非要請コスト(例:心理的問題の維持,その心理的苦痛)


そして,「被援助利益-被援助コスト」と「非要請利益−非要請コスト」関係が評価・検討され,「被援助利益<被援助コスト」「非要請利益>非要請コスト」になると,周囲への援助要請をしない,ないしは自力解決の意思決定がなされことになります。その実行結果の成否は評価され,失敗ないしは悪化していれば心理的問題の再評価,解決されれば成功体験として次回以降に生かされることになります。

 「被援助利益>被援助コスト」「非要請利益<非要請コスト」になると周囲の人への援助要請の意思決定となり,いつ,どこで,誰に相談するかとかが具体的に検討され,その実行後,結果の成否が評価され,改善していなければ心理的問題の再評価,解決されれば成功体験として次回以降の援助要請に生かされることになります。

 専門機関への援助要請についても「被援助利益-被援助コスト」「非要請利益−非要請コスト」関係の評価・検討がなされ,「被援助利益>被援助コスト」「非要請利益<非要請コスト」になると専門機関への援助要請の意思決定となり,いつ頃,どこの相談機関にするかとかが具体的に検討され,援助要請が実行されることになります。


風邪もストレスも万病の元なのに

 風邪もストレスも万病の元にもかかわらず,風邪で医療機関を受診するような具合に,ストレス反応の初期段階で心理的問題の相談機関(臨床心理相談室,心療内科,精神科など)に訪れることはほとんどないと考えられます。これは心理面のトラブルは身体面のトラブルに比して,自他ともに分かりにくいという一面,本人の物差しと周囲の物差しとが異なるという一面,たいして不都合ではないという一面,自分で何とかできると捉えられる一面,人に知られたくないという一面などが関係しているからかも知れません。

 また,心理的問題の専門家への相談の実態を知らないことや心理障害(精神障害)についての知識を持たないことなども関係していると考えられます。大学生に対する調査では,さまざまな機会を通して啓発している学内の学生相談ですら,どんなことを相談できるかを知っている学生は4割でしかなかったという結果もあります。そのうえ9割以上の学生が相談内容の程度を重く判断する傾向があるという調査結果もあります。

 このような結果は,心理的問題の専門機関への相談という考えがあまり普及していないこと,ならびに心理的問題を抱えた方はいわゆる診断がつくぐらいの状態になってはじめて受診や相談に訪れることを示唆しているとも言えましょう。これは費用対効果で考えても大損です。早ければ数回の料金で済むものが,何ヵ月,何年間にも及ぶ経済的負担にもなりかねません。


心理的問題の予防と心理的健康の維持向上

 上越教育大学大学院の教授時代には,研究室で小学生(6年生) ,中学生 ,高校生までを対象として ,抑うつ認知過程の修正を中心とした学級規模・学年規模での集団認知行動療法による抑うつ予防プログラムの開発研究をやっておりました。そのやり方の説明は別の機会に致しますが,授業時間数5〜10回の集団予防プログラムの導入によって,うつ症状を測定する自己記入式の評価尺度で得点化される「抑うつ得点」がカットオフ値(ある疾患の患者群と非患者群を分ける値)を超えるハイリスクの児童生徒たちも,未治療群の児童生徒の平均以下の抑うつ得点に改善されることが示されています。

 予防こそ心理的健康の維持向上に直結します。予防の体制づくりとともに,心の不調にいち早く気がつき,いち早く心理的健康の維持向上に向かえるような環境づくりも考えていく必要があります。


平成30年5月18日脱稿
 
参考文献
Smith, E.E., Nolen-Hoeksema, S., Fredrickson,B., Loftus,G.R., & Luts, C.(2014). Atkinson & Hilgard’s Introduction to Psychology, 16th.Ed. ,Wadsworth /Cengage Learning EMEA: Cheriton House. 内田一成(監訳) (2015).
ヒルガードの心理学 第16版. 金剛出版. (第14章:ストレス,健康,コーピング, 688-725頁)


臨床心理相談室NetDe室長
上越教育大学名誉教授
内田一成
臨床心理相談室NetDe HP
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