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バイトの面接。

16時43分、
僕は、シンと静まり返った空気を震わせ、
バイトの面接へと向かった。

冷たい空気に纏われ、体を震わせながら自転車を漕ぐ僕。
まるで、水族館の水槽に放り込まれたイルカの赤ちゃんのように。
イルカの赤ちゃんは水の中を寒く感じないのかもしれない、ということに気づいたのはたった今だった。

バイトの面接が始まる。
コロナウイルスが蔓延している世の中だからか、
はたまた、面接官がそこに自分の顔を映し常に見ていたいからなのか、
理由は定かではないが、
面接官と僕の間には、アクリル板が置かれていた。
初対面ということも相まって、
無造作に置かれたアクリル板が僕らの距離を遠く見せた。
まるで、まだ会っていないのではないかと思わせるくらいに。

アクリル板を挟んでいることもあり、面接官の声が全く聞こえない。
となると、僕も小さめの声で返した方がいいのではないかと思い、
僕はかなり小さめの声で返答した。
自分でも何を喋っているのかわからない程度の声で。

すると面接官は、

「ちょっとお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

と席を立ち、お店の中へと消えていった。

僕は、ついに面接官を怒らせてしまい、
水族館の水槽に放り込まれるのだと確信した。

「恐ろしい店に来てしまったもんだ…」

と、昨日の僕と口を揃えて言った。

僕が怯えながら面接官が出てくるのをまっていると、
店の奥の方から面接官さんがひょいと顔を出した。
まるでカンガルーの子供が親のお腹の袋から顔を出すように。

数時間その状態で時が止まった。
確実に数時間、面接官はその場を動かなかった。
時折するジャンプは、ほんとにカンガルーであることを伝えているようだった。
カンガルーではないのに。

そして数時間後やっと動き出した面接官は、
あまり見ないものを手に持ち、こちらへ近づいてきた。

僕は、

「絶対に、僕を捕獲するものだ。僕を水族館の水槽へ放り投げるための道具だ!」

と、いつもの2倍お腹から声を出した。
隣街の歩行者用信号機が赤から青に変わった。

面接官が僕に言い放った。

「お互い、声が小さいので、糸電話を使いませんか?」

面接官の手には、紙コップが二つ。
糸で繋がった紙コップ二つだ。

面接官は僕の目を見て優しい笑顔で微笑んだ。
心の底から笑った笑顔だ。

その様子を見て僕は、
テレパシーでやりとりすることを提案した。

面接開始から6時間半、
未だテレパシーでやりとりを続けている。

しかし、お互い何も感じ取れず、ここ5時間は硬直状態である。
だが、僕らは諦めない。
テレパシーで面接を終えるまでは死ねない。
そんな思いで今もなお面接を行っている。

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