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香水と物語の相似#ハマった沼を語らせて

これを好きになることはないな、と思っていたものにハマってしまったことってありませんか?

私の場合は香水です。
子どもの頃から鼻がよくて、数人いれば誰より先にカレーの匂いを嗅ぎつけました(食いしん坊だからじゃないよ)。
食べ物の匂い花の匂い、人や場所の匂いにも敏感。
でも鼻がよくてもあまり良いことはなくて、デパートの化粧品売り場では匂いに酔って長く居られないし(ほとんど用はないからいいんだけど)、香水のきつい人が近くにいると頭痛がします。
これは香水に限らず、タバコの匂いとか柔軟剤、車の消臭剤などでも頭痛がするんですね。
匂いを感じやすいゆえの試練!
そんな体質なので整髪料や石鹸も無香料のを使っています。

だから香水なんて使ってみようとは思わなかったのですが………。

香りの効用を身を持って感じたのは、花屋に勤務していた時のこと。
結婚式の装花のためにその日はアトリエに
「森!?」
と思うほどのユーカリが搬入されていました。
それを使ってテーブルのアレンジから壁や入り口の飾りまで制作します。
とにかく大量に作り込みがあるので、作業は(いつも通り!)深夜まで。
その日は昼から出勤していたので、もう何時間も立ちっぱなし。
それから私は夜にめっぽう弱くて、12時を回るあたりから眠気で朦朧としてくたくたのへろへろ………。
でも、なぜかいつもより調子いいんですよ。
意識がはっきりしているというか、深夜作業特有の苛立ちがないというか。
身体は崖っぷちなのに、まだ気持ちは大丈夫。

帰宅して気がついたんですが、
「自分、めっちゃいい匂い!」
なんです。
翌朝、昨日の上着とエプロンを身に着けるとユーカリの香りに包まれました!
つまり、天然のユーカリの精油成分を浴びながら作業していたのですね。

アロマテラピーではユーカリ(と大雑把に括りますね。実はユーカリって1000種類もあるんですよ)は、前向きな気持ちにさせたり、リフレッシュ、集中力アップの効果があるそうです。
身を持って効果を実感です!

趣味と仕事で植物に触れていると、その生命力には何度も驚かされます。
植物は受け身に見えて、実はしたたかな生存戦略と強さと賢さを備えています。香りはその生命力の凝縮されたもののように思えます。

植物の匂いは季節の記憶、場所の記憶と結びついて、一年を共に巡ります。
梅や沈丁花の匂いが空気に混じると春を感じそわそわします。スイートピーや鈴蘭は可憐な上にいい香りで、見かけたら接近してくんくんせずにはいられません。
雨空に混じる青竹の香りは、小学校の通学路の匂いです。
金木犀の香りは秋を伝え、何故か物悲しくさせます。
黒文字という木が実家に生えていたのですが、その枝を折った時の匂いが大好きでした。
シクラメンのあの独特なダスティな香りは冬の思い出です。
その感覚のひとつひとつが、香りの沼への気づかない入り口になっていたのかも知れません。

植物の匂いの再現………。
そんなものを求めて、アロマ、エッセンシャルオイル、サシェやポマンダー、ルームフレグランスなどを気が向いたら手に取るようになっていました。
そこでたまたま、ロクシタンの姉妹ブランドのコロンを買ってみたんですね。

そのコロンは制汗剤をもっと洗練させたような爽やかなでもきつすぎない匂いで、それが消えたあと微かに色っぽい系の香りが残るんですね。でもどこかにずっと植物っぽい、草原の匂いみたいな清々しさがあって。

植物そのものの匂いではないのに、「新緑の野原」をイメージするような香り。
初めて気に入りました。
ワンプッシュくらいを手首と耳の後に移してちまちま使って、一瓶使いきった時、もう廃盤になっていました。
がびびーーーーん。

そこから香水探しが始まったわけですが………。
はじめに書いた通り、香水売り場は結構な鬼門。
そこで見つけたのが少量でお試しできるサービスです。
香水はムエット(試香用のちっちゃな紙)と肌だと匂いが違うし、自分の肌ではいっぺんに何種類も試せない。
そうなると小分けで自宅で試せるのはいいなと思います。
足首につければ顔から遠いので、もし苦手な香りだったりキツめでも気にならず。
ごく少量を日替わりで楽しんでおります。

主な香料や口コミなどを参考に選びますが、同じような配合でも実際の香りはずいぶん違うものなのですね。
香水はトップ・ミドル・ラストと時間によって香りが変わります。
シトラス系(柑橘類のさっぱりした香り。好きです)で始まって、甘いお花の匂いに変わっていくのや、森やお香に近い匂いに変わったり、はたまたトイレの芳香剤のようなまま匂い続けるのもあって………。
始まり(トップ)は好きでも、後に残る(ラスト)香りがいまいちだったりして、これぞというものにはなかなか出会えていませんが。
でも、変化する香りを感じながら一日を過ごすのは内緒のお楽しみみたいで、密かにうれしいのです。

実際の香りと香料の表をみながら、
「このきつめの清涼感はフランキンセンスかな?」とか「やっぱりサンダルウッドは落ち着くな」とか「甘さならバニラよりチューベローズが好みかな」
などと分析するのがまた楽しいのです。
香りの種類は知らなかったものの方が圧倒的に多くて、中には「きゅうり」の匂いとか「オゾン」とかもあって、これは一度試してみたいものです。

そして調香師がどんなイメージで香水を創ったのか………。
好きが高じてそんなものまで熟読するようになったのですが、その文がまたポエミックで興味をひかれますね。

例えばAesop(イソップ)というフレグランスがあるのですが、あまりにも哲学的で詩的なのです。
差し障りない程度に要約すると、
[現実世界の空間と想像上の空間との狭間にある“アザートピア(境界線上の空間)“から着想をえた]香り、なのだそうで………。
そのシリーズのイーディシスは、
[ギリシャ神話のナルキッソス]のイメージであり[鏡の向こうの異世界に光を当て、水面や鏡硝子を暗示するような---]と続きます。
境界線上の空間?
異世界?
鏡硝子?
つまり現実に存在しないものの香りを調合、もしくは異世界を香りで表現する………ということでしょうか。

どんな匂いか想像もつきませんがここまで言われたら嗅ぎたくなるのが人情ではありませんか。
そこで自分には似合いそうもないジャンルでしたが、試してみましたイソップのイーディシス。
「キツイ!臭いかも!」
まずはそれ。
それから、「あれ意外と落ち着いたいい匂いに変わった」でした。
なんと言えばいいのでしょうか。
嗅いだことない匂い。
知らない場所の匂い。
ナルキッソスなので水仙の姿がイメージされましたが、でも現実の水仙ではないのです。何かガラスや画面越しにみる景色のような。
記憶のどこにも引っかからない。
でも知っている気もする………。
これは、色白の理系メガネ男子30歳が黒いチェスターコートを脱いだ時、ふっと薫って欲しい匂いでした(お馴染みの妄想です)。

五感のうちで香りって最も言語化しにくいものだと思います。
レモンの香り、香水くさい香り、おじさんっぽい香り……となんとなく表現できても、そのニュアンスは到底言葉では伝わりません。
さらに、イソップの調香師の文から逆引きのようにその香りを当てるのは、なおさら至難の技ではないでしょうか。

数ある香水の中から数人である香りを選んだとします。
[レモン][香水くさい香水][おじさん]ってどれですか?
と聞かれ、誰もが同じフレグランスを選ぶことはないのではないかな。
それだけ香りは感覚的で固有のものだと思われるのです。

香りとイメージは直結しますが、イメージから香りはなかなかピタリと導けません。
それは誰もが分かっている・知っているように思っていることでも、何かひとつのこと、例えば言葉なんかに落とし込むことが難しいのと同じです。

私は趣味で物語を書いていますが、自分の想像や感覚を言語化することは、香りを調合すること(したことないですが!)にどこか似ています。
感情や感覚って匂いに近いようなものだと思うからです。
実体のないものを説明したり伝えたりするのって、以心伝心という訳にはいかなくてもどかしいですね。
香り(=感情・感覚)を言葉に置き換えるのは、ふわふわしたものを掴むような感じです。
「いい匂い」と言っても人それぞれなように、「嬉しい」や「悲しい」のその人固有のニュアンスを伝えるのは繊細な仕事だと思います。
だからとても難しいのです。

香水の香りが付けた人や時間によって変化するのも、物語の特性と似ている気がします。
感情や感覚はそこにとどまるものではありません。
生きた物語のなかでは、登場人物の動きとともに感情も感覚も変化していきます。
気づくか気づかないか程度の変化、揺れ動きが、物語に精彩を与えるのではないでしょうか。(もうこのあたりは完全に趣味趣向の範疇なのでご賛同いただけなくても大丈夫です!)

バラから絞りとった香料はいい匂いですが、バラそのものには敵わないと私は思います。
バラの見た目があってバラという名前があって、あの香りがするから、ため息が出るのです。
私が私の書く架空の人物に、どれほどいい香水をふりかけてもその人にそぐわなければ、「クサイ!」となってしまうのです。
仮構を創ることは、香料を掛け合わせて自然には存在しない香りを創りだすような試みです。

そんなことを考えながら、今日もまたひとつ新しい香りと出会っていきます。
「ああこの香り!きっと私には似合わない」
でもこのフレグランスは、手と指先のラインの綺麗なお姉様がバーのカウンターで小首を傾げた時に薫ったらすごくいい!なんて妄想しながら………。















読んでくれてありがとうございます。