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本拠地で戦える幸せに感謝。"フクコセ"が、椅子拭きに込めるメッセージ。【ヴァンフォーレ甲府】

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2014年3月1日、ヴァンフォーレ甲府は大雪の影響で、国立競技場でのホーム開幕戦を戦った。今まで当たり前だった本拠地でのホームゲーム、その喪失感を二度と味わいたくないと、立ち上がったのが須田康裕さん。「中銀スタを綺麗にして返す」をモットーに、同年3月14日より、試合後に椅子を拭く清掃活動をスタート。6年後の現在、開催回数は100回を超え、延べ人数はまもなく1000人に到達する。大きな節目を前に、活動にかける想いを聞いた。

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【プロフィール】須田康裕。ヴァンフォーレ甲府サポーター。フクコセ代表。大学進学をきっかけに1999年から応援をはじめ、今年で22年目。2014年に椅子拭きを個人でスタート。2015年よりサポーターサークル「フクコセ」を設立し活動。ホームゲーム当日の甲府駅南口バス乗り場で配布する『バス小瀬新聞』や、甲府サポーターがゆるく集まれるコミュニティ『ゆるこせ』の代表も務めている。フクコセのTwitterアカウントはこちら。 フクコセのブログはこちら。


きっかけは、"当たり前の喪失"。


取材班:まずはフクコセの活動について簡単に説明をお願いします!

須田:山梨中銀スタジアムのホームゴール裏の椅子を、試合後に拭く活動です。ホームゲーム終了後、サポーター有志で集まって活動しています。試合終了後30分以内には出るよう言われていますので、時間は15分間。その範囲内でなるべくキレイにして帰ろうと心掛けています。

取材班:大体どのくらいの人数でやっているんですか?

須田:僕がリーダーで、いつも来ている固定メンバーが6人くらい。会員登録はなしで、参加したい日に誰でも参加できる形をとっています。いま延べ人数が941人なので、あと56人で延べ人数1000人になります。

取材班:1000人!すごいですね!

須田:これは僕一人の力じゃなくて、共感して参加してくれる皆さんのおかげです。フクコセは周りの人に活かされている取り組みだと感じています。

取材班:日本のスタジアムは、世界的に見てもゴミが少なくてキレイだと思いますが、座った椅子を拭いて帰る方はなかなかいない気がします。須田さんはどうしてこの活動を始めたのでしょうか?

須田:2014年2月、山梨に大雪が降った影響で、山梨中銀スタジアムでの開幕戦が会場変更になってしまったんです。試合こそ無事に開催できたものの、試合が終わった後にどこか寂しさを感じました。

それは山梨中銀スタジアムが使えなかったことによる寂しさで。いつも当たり前に使っていたスタジアムが使えなくなった。なくなるってこういうことなんだなと感じました。この会場で試合ができなくなって初めて、山梨中銀スタジアムの偉大さに気づいたんです。

「もし愛するスタジアムが明日から使えないとしたら」という問いを前に、僕に何ができるかを考えたところ、椅子拭きにたどり着きました。

取材班:現在のコロナウイルスで多くのJリーグサポーターが感じているであろう喪失感を、須田さんをはじめとするヴァンフォーレ甲府サポーターはいち早く体感していたんですね。

須田:はい。この経験を通じて「ホームスタジアムをもっと大切に使おう」という気持ちが芽生えるようになりました。実は2012年にも椅子拭きを試みたんですが、周りの目を気にしてしまい長続きしなかったんです。でも今回はそうした大義名分がありますから、最初は1人でスタートして、これまで100回以上行うことができています。


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徐々に広がるフクコセへの共感。


取材班:とはいえ1人でスタジアムの椅子を拭くのって、かなりの勇気が必要ですよね。

須田:やっぱり心細いですよね(笑)。でもそれでも見てる人は見ていて、妻や友人が参加してくれることは心強かったです。約1年後には毎回来てくれるサポーターが5.6人になったので、『フクコセ』と名付けて活動するようになりました。

取材班:活動に共感してくれるサポーターがたくさんいたと。

須田:好意的に思ってくれている人は多いんじゃないかなと。試合後って、仲間としゃべりたい、出待ちしたい、駐車場混むから早く帰りたい、人それぞれの事情があるじゃないですか。

その中でフクコセの活動に参加してくれるのは、本当にありがたいことだと思っています。参加できなくても「陰ながら応援してます」とお声がけいただいたり、周りのゴミを拾ってくれたり、雑巾を寄付してくれる人がいたり、多くの人に支えられていることは実感しますね。

取材班:勝った後も負けた後も、6年間欠かさず続ける姿勢には感服です。

須田:身体に染みついちゃったのでね。よく「負けた後はなかなか拭くテンションにならない」という話を伺いますが、実は負けた後にやった方が気持ちが整理されて良かったりします。実際に「今日は気持ちが荒れてるから椅子を拭く」って参加してくれる方もいたりして、椅子拭きには気持ちを穏やかにする効果もあるのかなと思っています。

イライラして帰宅して家族に当たり散らすよりは、椅子を拭いて心を落ち着かせた方が、健康衛生上いいのかなと(笑)。

取材班:スタジアムをキレイにすることはもちろん、コミュニティ的な機能も持っているんですね。

須田:勝った後の記念撮影を楽しみにしている人もいますし、負けても引き分けても、最後の片付けは必ずみんなで一緒にやるんですけど、「今日の試合こうだったよね、ああだったよね」って会話を交わすのが好きな人もいます。フクコセを通じて、知らない人とでもお話ができて交流を深めることができるのも良いところだと思っています。



寛容な場所でありたい。


取材班:フクコセの活動を通じて、成し遂げたい目標はありますか?

須田:目標は「自分たちのスタジアムを大切に使う文化を広げていきたい」。その手段が「椅子を拭く」だと考えています。

アウェイのスタジアムでも「出張フクコセ」って形で椅子を拭いていて。終わった後は、使わせてもらったお礼を兼ねてSNSに投稿するんですが、それを見た相手のサポーターから「キレイに返してくれてありがとう」とコメントをいただくこともたくさんあります。

僕たちの活動がきっかけで、ある松本のサポーターは甲府戦の後の試合で、自分たちが使ったビジター席の椅子を拭いたり、北九州のサポーターは試合後、ホームゴール裏の椅子拭きをしたり、柏のサポーターも試合後ゴミ拾いをしたり、他のチームにも活動が少しずつ広がっている印象はあります。

実際、フクコセの取り組みが北九州のサポーターに広まり、「#美クスタ」という清掃活動に発展したそうです。



取材班:「スタジアムを大切に使うこと」はどのチームにとっても大事ですし、その思いにフクコセが火を付けているんですね。

須田:出張フクコセをして感じたのは、スタジアムをきれいにして返すことって、相手からしたらすごく嬉しいんだなって。誰だって、自分の大切にしているものをキレイに返してくれたら嬉しいですよね。そう考えると、ヴァンフォーレ甲府の印象を良くすることにも繋がるのかなと。

あとは、相手の大事にしているものをキレイにする、大切にお返しする行為は、人として必要なことなんだろうと感じます。僕らの活動を通じてゴミが減ればいいし、椅子に乗って応援する人が減ればいいし、相手への思いやりの文化が広まっていけばいいなと思っています。

自分が応援するチームへの愛を注ぐため、相手を罵りあうことも一つのやり方ですが、相手の大切にしているものを返すやさしい心、やさしい空気、そういう寛容さがJリーグにもあることを知っていただけたら、Jリーグの見方も変わって、ファン・サポ―タ―も増えるのかなと感じています。


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取材班:Jリーグに興味がない人からすれば、サポーター=熱い印象が先行しがちな気がします。フクコセのようなやさしい活動があるのは、外側から見れば少し意外なのかもしれません。

須田:根源は「やさしさ」です。寛容さ、やさしさ、やさしい心を持った人でも応援できてチームに関われるようになるのが、フクコセの目的の一つだと思っています。

フクコセって周囲からも「やさしい感じ」だと言われるんですよね。大切にしているものをキレイにしてお返しする行いだったり、初めて来た人ともお話ができる場所だったり。「一見さんお断り」な風潮が残る場所もある中で、はじめて来た人参加でき、チームに貢献できるような場所になればいいなと思っています。

でも、やさしい心って誰にでもあると思っています。だからフクコセは、自分の心の中にあるやさしさに気づける場所となるのが理想です。

取材班:すごくステキな言葉ですね。お話を聞いていて、スタジアムの中にそういう場があることは非常に大切だと思いました。

須田:だからこそ僕は、色んな価値観を否定しないことを意識しています。コアなところで熱く応援する、推し選手を応援する、じっくり見る、ボランティア活動をする、マスコットと触れ合うなど。Jリーグは多様な楽しみ方があって面白いし、僕はそれぞれの価値観を尊重しています。その中で、自分の今の気持ちと体調、価値観によって応援スタイルを自由に選択してもいいのでは?と思っていますし、その選択肢の中からフクコセを選んでいただけたら嬉しいです。



スタジアムに行く理由は「貢献」。


取材班:須田さんのお話を聞いていると、スタジアム内に一人一人の居場所があることが大事なんだと感じます。

須田:人って「自分がここにいなくてもいいや」って感じたら離れていきますよね。少なくとも僕はそういう性格で、自分がチームへの愛情を注げる場所がフクコセ以外にも様々あります。ですので、スタジアムに一人ひとりの居場所があることが、これからのJリーグの発展に繋がるのかなと思っています。

取材班:須田さんにとってはフクコセという居場所があることが、ヴァンフォーレ甲府を応援し続ける大きな力になっているんですか?

須田:そうですね。僕が椅子拭きをやっている時に、「拭くな」って声もそんなにないですし、逆に過度な肯定もないですし、あるがままの活動を認めてもらえているのがやりがいになっています。「ありがとう」って声をかけられたり、メディアに取り上げられたりすると嬉しいです。「ヴァンフォーレ甲府には自分が活動できる場所がある」「自分もチームの一員となって活動できる」これがヴァンフォーレ甲府を応援する大きな力になっています。

取材班:逆に言うと、もしフクコセの活動が認められていなかったら、応援し続けているかは分からなかった?

須田:自分が活動できる場所がなくなったら、チームを応援することからも、スタジアムに通うことからも、少しずつ離れていく気がしますね。自分にとってはそういう居場所、やりがいを持てる場所があるのが、20年近く応援している所以なのかなと。

まぁ拭くなって言われても拭いちゃうんでしょうけど(笑)、でもやってて楽しいことがあるのは僕にとって大きいです。


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取材班:フクコセの活動を通じて、チームに貢献できたと感じた瞬間はありましたか?

須田:まず、ゴミが減ったかなと思います。去年栃木で試合をしたとき、手すりを拭いて帰ったんですけど、周りを見まわしたらゴミが一つも落ちてなかったんですよ。すごい嬉しくなって「甲府サポーターの皆様、ゴミがほとんどありませんでした」ってTwitterに投稿しました。ゴミを放置して帰る人は明らかに少なくなっているので、持ち帰る意識がだいぶ浸透しているのかなと感じます。

取材班:ゴミを持ち帰るのは当たり前、使ったものはキレイにするのが当たり前だという認識がありながらも、認識と現実はややかけ離れているように感じます。

須田:確かに認識と現実のギャップに心痛めたことはあります。でも試合内容に興奮していて忘れてしまったり、早く帰らなければと焦るなど、人それぞれ理由があると思います。「人間は誰もが『やさしい心』を持っている。」と僕は信じているので、スタジアムで放置されたゴミを見つけたらSNSで吊るし上げて攻撃するのではなく、現状を知ってもらった上で「スタジアムを大切に使う方法を、みんなで一緒に考えていきませんか?」と提案するようにしています。



サポーター活動で甲府を活性化したい。


取材班:ヴァンフォーレ甲府は、社長が「日本一のエコスタジアムを目指す」と公言していますが、そういう意味でもフクコセの存在意義は大きいのではないでしょうか?

須田:もともとの目標は「自分たちのスタジアムを大切に使う文化を広げていきたい」でしたが、活動する過程で環境問題にも繋がるのかなと考えはじめました。

山梨中銀スタジアムでは、フクコセ以外にも「海にゴミを行かせない!」という取り組みがあります。試合終了後にスタジアムの外でゴミ拾いをしているサポーターが多いので、スタジアムの中はフクコセが頑張ります!そして、ヴァンフォーレ甲府の試合後はいつも(山梨中銀スタジアムがある)小瀬スポーツ公園がキレイだと山梨県民に認知されることが夢です。

取材班:そうした社会貢献の側面から、チームを好きになる方も一定数いるような気がします。

須田:この活動のお話を色々な場所でしていると、「試合は見ないけどフクコセだけ参加したい」って人に出会うこともあります。まあリップサービスかもしれないですけど(笑)。

また、シーズンオフには、「一緒に山梨のスポーツを盛り上げたい」との縁からバスケットWリーグ・山梨クィーンビースの試合会場で、試合後に椅子拭きをしました。サッカー以外の側面をきっかけにスタジアムに来てヴァンフォーレを好きになってくれる、そんな形もあり得るんじゃないかなと。



取材班:そうして地域への愛を一層深めてもらえたら嬉しいですね。

須田:結果的にそうなれば嬉しいです。一番いいのは、山梨に住みたいと思うことですよね。もしくは山梨に通う人が増えて交流人口も増えれば、山梨はもっと盛り上がると思うので。フクコセを通じて、やさしい人が少しでも生きやすい県になってくれば、それは地域活性化につながるのかなと思います。

取材班:ヴァンフォーレ甲府が好きだから山梨県に住んでいる人は多いですか?

須田:ヴァンフォーレをきっかけに、山梨県に移住してきた人を何人も知っています。結構いますよ。東京に住んでて、スタジアム近くのアパートに引っ越してきた人とか、2018年までスタジアムDJを務めていた高杉`Jay'二郎さんも、東京から山梨に移住するきっかけの一つがヴァンフォーレ甲府と話しておりましたし、東京在住だけどヴァンフォーレのために山梨県に通っている人もいます。スポーツを通じて県との関わりがもっと増えていったらいいですね。

取材班:みなさんはヴァンフォーレ甲府のどういったところに惹かれるんですか?

須田:県外のサポーターが口々に言うのは「あったかい」。もっと勝てるチームは他にたくさんある中でヴァンフォーレを選ぶのは、外から来ても同じサポーターのように受け入れてくれる土壌があるからだと思います。

取材班:フクコセの輪が広がっているのも、ヴァンフォーレ甲府サポーターの風土が影響しているんでしょうね。

須田:そうだと思います。あったかいこそ色々な活動が広がりやすいと思うので、僕らがハブみたいな機能も果たせたらいいんじゃないかと考えてます。何かやりたいと思っても一人だと難しいので、そういう人がフクコセにふらっと来てサポーター同士繋がってくれればすごく嬉しいです。

取材班:そうしたサポーター有志の活動が、もっと伝播していけばいいなと思っていますか?

須田:個人的には、これからはサポーターも地域に貢献していった方がいいと思っています。金沢サポーターが地域のお祭りに参加して踊ってたりとか、FC琉球は小学校に訪問して応援練習をしていると聞きました。ヴァンフォーレ甲府のサポーターそれぞれが持っているスキルを活かして、地域の輪に入ってヴァンフォーレの魅力を伝える活動ができたらいいなと。

そういう意味では、フクコセとして地域に入り込んで、想いを子供たちに伝えることもあってもいいのかなと感じています。選手とサポーターが一緒に広報活動していくことで、より山梨県民のヴァンフォーレ甲府に対する帰属意識が深まるような気がしますね。


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夢は、あの団体とのコラボ。


取材班:最後に、今後の活動への抱負を聞かせてください!

須田:まずは自分たちのやっていることを持続させていくことが大切だと思っています。その上で、活動を通じて伝えたいのは「使わせていただけることへの感謝の心」です。スタジアムがいつも使えることは私たちにとって『当たり前』ではなく『有難い』ことですので、これからも大切に使っていきたいです。

そしてJリーグはサッカーが詳しい人、好きなチームを熱狂的に応援する人だけが集まる場所ではなく、誰もが自分の価値観に合わせて楽しみ方を選択でき、誰もが存在を否定されることなく、受け入れられる寛容な場所であることを伝えていきたいです。

あとはサッカーだけでなく、他のスポーツと一緒に活動したり、地域に入って活動をしたり、フクコセが先生になったり、ゆくゆくは優しさを持った人たちが自分らしく生きられる場所を作りたいです。

取材班:100回以上継続してきたからこそ、さまざまな将来像が見えているんですね。

須田:僕の夢は、J1に上がって川崎フロンターレの『クリーンサポーターズ』さんと一緒に等々力を掃除することです。僕らがビジター席の椅子を拭いて、クリーンサポーターズさんがゴミ拾いをして、最後にみんなで記念撮影をして終わったらいいなと。もちろんクリーンサポーターズさんに限らず、Jリーグのサポーター同士、掃除で繋がれたないいなと思っています。

掃除に特化したサポーター団体はまだまだ少ないです。でもいつか「スタジアムを大切にしましょう、キレイに使いましょう」というやさしい気持ちを持ったJリーグサポーターが集まり、一緒に活動することができたらJリーグだけでなく、社会も変わると信じています。


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【了】

---------nest編集部より----------

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