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社会の歯車の完全犯罪(小説5)

「この世界はプログラムからできている。」

テレビ、ラジオ、動画サイト、街の放送さらにはメール。ありとあらゆる情報伝達媒体をフル活用し、世界的権威の学者から全世界に向けて送られた言葉だった。

その言葉は1人残らず全世界に届いた。誰もがなんとも言えない感情に包まれ、何か行動せずにはいられない様子だった。

発表があってから最初の内は様々な憶測が飛び交い、やれ世界の滅亡が近いだの、やれ不老不死になれるだの、やれこの世界の外側に行けるなどといった話で世界は埋め尽くされ大きな混乱を招いた。

しかしよくよく考えてみれば、発表があったあの瞬間からこの世界がプログラムの世界、つまり仮想現実になった訳ではない。

今まで明らかにされていなかったことがあの瞬間明らかになっただけである。

そのため、今までの生活から一転、奇想天外、斬新奇抜、奇奇妙妙な世界が待っているわけでもなく、発表前の世界と何ら変わりのない生活が続いた。

発表から数年後、また新たな発表があった。

「プログラムを書き換えることに成功した。」

さすがにこのときばかりは、世界の滅亡もそう遠くないと思わざるを得なかった。学者は話を続ける。

「安心して欲しい。皆さんに直接的に危害を加える変更はしていない。今回の変更内容は世界からゴミを減らすものだ。」

その後、今回の変更内容の詳細が発表された。簡単にまとめるとゴミと判断されたものはこの世界から跡形もなく消えるということだった。

ゴミの定義は

1.モノの所有者が無価値と判断した場合。

2.そのモノとしての本来の役割を全うし終わっている場合。

3.そのモノが本来の機能を果たせない状態の場合。

以上の3つの条件を全て満たした場合、ゴミと判断される。そしてゴミと判断されたモノはその場で消える。

この変更により、海に浮かんでいるゴミ、道端に落ちているゴミ、家庭のゴミなど、ありとあらゆるゴミがこの世界から消えた。

世界がきれいになるのと同時に、ゴミ処理場で働いていた僕は仕事を失った。

確かに直接的な危害を受けたわけではないが、これはさすがに酷くないか。と思わずにはいられなかった。

しかし、僕はこの仕事に誇りを持っていたわけではないし、どちらかと言えば辞めたいくらいだったから、仕事がなくなったことを除けば良い変化だった。

公務員であったから役所が別の働き場を用意してくれていたが、この機会に何か別のことを始めようと思い、とりあえずハローワークに行くことにした。

しかし、この選択が間違いだったのかもしれない。

「どのような業種をお望みでしょうか。」ハローワークのカウンター越しにそう聞かれた時、すぐには答えられなかった。

なんせ高校を卒業してから30年間、ゴミ処理場の仕事しかしてこなかったのだから無理もない。自分がどんな業種が向いているのか、さらにはどんな業種をやりたいのかも判然としなかった。

とりあえず給料、労働時間、家からの距離が同じくらいであれば何でも構わないと伝え、仕事を探してもらうことにした。

難しい顔で画面と向き合う職員を見てもうすでに帰りたくなっていた。

「そうですね、こちらの条件ですと、、、」

その続きは聞かなくともわかっていた。

「そうですよね、もう少し考え直してから来ます。」といい残しその場を後にした。

家のベッドに寝そべり、ただただ天井を眺める。この先どうすれば良いのか、まるでわからなかった。

自分から仕事を取った時に、こんなにもどうして良いのかわからなくなる自分が情けなかった。

どうしてこうなったのか、自分はどこで間違えたのか。そんなことを考えながらいつの間にか眠りについていた。

目が覚めたときには頭が吹っ切れ、もう何もかもどうでも良くなっていた。枕元に置いてあった、お気に入り単行本を持って家を出る。

ハローワークに着くと建物の裏手に回る。職員用の出入り口で人を待つ。ちらっと見えたシフト表では、自分を担当した人がもう少しで出てくるはずだった。

ドアノブが回り扉が開かれる。僕は迷うことなく手に持っている単行本をその人に振り下ろす。

ゴッという鈍い音とともに血が頭から吹き出る。その人は意識を失い倒れる。それでもなお、馬乗りになりその人の頭に向かって本を振り下ろす。

自分でも何がしたいかわからなかったが、辞めることもできなかった。その人から徐々に体温が抜けていくのを感じる。

その人はいつの間にか息をすることをやめていた。その瞬間、僕は今まで生きてきた中で最高に生を実感し、笑みをこぼしていた。

このために今まで生きてきたかのようにすら思えた。僕はもう壊れてしまったのかもしれない。

手に持っている本のページは破れ、文字が血でにじんでいる。これはもう使い物にならないと思った瞬間、本は消えた。

凶器未発見の完全犯罪がここに成立した。

知らないうちに涙が頬を伝っていた。

僕は何をしたかったのだろう。僕は何のために生まれてきたのだろう。僕はこの先どうすれば良いのだろう。

次の瞬間、社会の歯車ですらなくなった僕は跡形もなく消え去った。

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