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同じ世界(小説:27)

ある日の土曜日、祖父が亡くなったと連絡を受けた。

容態が悪化したと言われたら、すぐにでも用意して家を飛び出すだろうが、亡くなったと報告を受けた場合はどうすればいいのかわからなかった。

亡くなったことを知らされた状態では、テキパキ動けるような気分でもないし、急いだところで生きている祖父には会えないのだから、やるせない。

妻のミキにも祖父が亡くなったことを話し、2人で少し急ぎ気味に荷造りして家を出た。

電車は少し混みあっていたが、運よく2席分空いていて座ることができた。電車が走りだし、2駅過ぎた頃「おじいちゃんとは仲良かったの?」と聞かれ祖父のことを思い出していた。


小さい頃は怖いイメージしかなかった。基本的には無口で、勇気を出して喋りかけても反応が悪くて、でも話す時の声は大きくて、いつも怒っているように感じてた。

けれども、年齢が上がっていくにつれて色々なことを知って、耳が遠いから反応が悪くて、声も大きいことや、元々静かな性格だったから無口であることがわかると怖いという感覚は消えていて、むしろすごく優しいことを知ったのは最近だった。

与えられている情報は全く同じなのに、小さい頃の僕と、今の僕で捉え方が全然違うから、正反対の感情を抱いていた。

今考えると、少しもったいない気もするけれど、最後に本当の祖父を知れたからよかったのかな、なんて思っている。


「普通かな。実家に住んでた時は、家同士がそんなに離れてなかったから、用事があればちょくちょく会ってた感じだよ。小さい頃はよく会っていたらしいけど大きくなってからはそんなに会えてない」

「そうなのね。病気だったの?」
「うん、そうみたい。まぁ昔から病気がちな部分もあったし、今回も病気が悪化して亡くなっているから、そんなに驚きがあるわけではないんだけどね」

実際にすごく悲しみに落ち込んでいるかと言われればそうではなかった。薄情なヤツだと思われるかもしれないが、年齢が90歳近いこともあって、祖父が亡くなることを無意識的に受け入れている部分もあった。

もちろん悲しいという思いもあるが、「頑張ったね、ありがとう」という気持ちの方が大きかった。


扉が開き、新しい乗客が入ってくる。スーパーの袋を手に持ったおばあさんが僕の目の前の吊革に捕まった。

背筋が伸び、軽い足取りで電車に乗ってきたところを見ると、元気で健康そのものというようなおばあさんであった。

しかし、少し重そうな、スーパーの袋の取っ手が重さで少し伸びるくらいの荷物を持っているのを見ると、一応声を掛けるべきかなとも思った。

「良かったら座りますか?」立ち上がりながらおばあさんに尋ねると、おばあさんは「あら悪いわね」と言って席に座った。

それから4駅目でおばあさんは「ありがとね。助かったわ」とお礼をいい電車を降りた。僕は会釈をして、また同じ席に座った。

「偉いわね、でもあれだけ元気そうだったら無理に譲らなくてもいいと思うけど」
「まぁね、でも最近の若者はなんて思われても気分良くないしね」

「でも譲ろうとしたら、それはそれで、そんなに年老いて見える?って逆キレされることもあるみたいだし」

「そういうこともあるみたいね。善意でやってるのにそう言われるのは悲しいよね」

「そうなんだけど、でもね私はそれ筋通っているなって思う部分もあるの。だって、もし本当に席を譲ってほしかったら優先席行くべきじゃない?ほら、優先席って元気な人も普通に座ってるじゃない?それで、優先席に座っている元気な人の言い分としては大変そうな人が来たら譲るってものなのよ」

「そういう人は多いかもね」
「でね、これを別に批判する気はなくて、むしろ合理的でいいと思うのよ。だって空いているのに使わないのは勿体ないから座ればいいと思うの」

「それはそうかもね。でも結局どういうこと?」
「つまりね、席座りますかって言われてYESで答えるんだったら、最初から優先席行けばいいのよ。でも別に譲られなくていいと思ってるから普通の席に来てるわけでしょ?そこで『席座りますか?』って聞かれたら、『余計なお世話です』って思ってもおかしくないと思うのよね。もちろんキレていい理由にはならないけど、見方を変えればそれも少しわかる気がするの」

「確かに一理あるかもね。なんか面白いね、ミキと僕で与えられてるものは同じなのに、見えてる世界が全然違うみたい」そういうとミキはへへって笑った。

「でも本当に違うかもよ。よく言うじゃない、本当に同じ色を見ているかはわからないってやつ、逆転クオリアだっけ?」

「どういうこと?」
「例えば、血をみてあなたは何色って答える?」
「そりゃ、赤」
「うん、私も赤って答える。だけど、あなたが本当に赤色を見ているかはわからないじゃない?」

「赤って言ってるんだから、赤にみえてるんじゃない?」
「言ってるだけで、そうは見えていないかも。もしも、あなたが見えている赤は私にとっては緑色だったとするじゃない?でも、あなたはその緑色を赤って認識しているのだから、口では赤って言うのよ」
「まぁ、確かにそうなるね」

「人によって見えている世界は違うかもしれないけど、結局自分が手に取っているそのリンゴの色は赤ってみんなが認識していれば、ある人にはそれが、青、別の人は黄、緑に見えてたとしても、そのリンゴは何色って聞かれたら全員赤って答えるからコミュニケーションを取る上では何の問題もないのよ」

「なるほどね、言葉でそうは言っても他の人も自分と同じ色を見れているとは限らないのか」

「そうなの、だから思ったんだけどね。人にはそれぞれ好きな色があるじゃない?ある人は青で、ある人は黄色、ある人は緑。だけど実はみんな呼び方が違うだけで、もしかしたらみんな同じ色が好きなのかも。だったら面白いなって」

ミキはそういうとまたへへっと笑った。

目的の駅までは、まだまだ遠い。

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