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目の中(小説2)

太陽が海に潜る頃、僕と犬のモクを連れて浜辺を散歩していた。オレンジ色の日差しが僕とモクの長い影を作る。その影を見てモクも大きくなったなとしみじみ感じる。

モクは捨て犬だった。小学生の時に、河川敷の藪に捨てられていたモクを見つけた。酷く汚れていて、衰弱していたためその足で病院へ連れて行った。

それが僕とモクの出会いだった。今では楽しく散歩しているが、最初は外の世界に怯えている様だった。しかし、時間が経過するにつれ少しずつではあるが散歩に出かけるようになった。今では色々な散歩道に出かける。

その中でもこの浜辺はお気に入りだ。人通りが少なく、周辺に建物も少ない。少し寂しい感じもするが、長い間ここにいると自分以外この星には誰もいないのではないかと思えてきて気が楽になる。

しかし、僕たちが初めてこの道を散歩したときは、もっと様子が違っていた。

足の踏み場もないくらいにゴミが広がっていたのだ。

だから、一番最初この道を散歩したときには、もう来ることのなどないと思っていたけれど、モクは違ったようだ。

ボールを投げても一度も取ってきたことなどなかったのに、浜辺に落ちているゴミを咥えて、僕のところに持ってくる。僕がゴミを受け取るとまた新しいゴミを拾ってくる。

そのゴミを捨てようとすると、ひどく吠えられるものだからすごく驚いた。どういう理屈なのかわからないが、この犬は犬界の環境大臣なのだろう。

いや、実際の環境大臣でもそんなことはしない。なんて言ったら怒られてしまうだろうか。そんなことを考えている内にもモクは新しいゴミを拾ってきては僕にゴミを渡してきた。

次の日の散歩は別の道を行こうとしたが、モクは断固として譲らなかった。結局その日も、ゴミを渡されるはめになった。そんな日々が続いてもう5年近くなる。

モクの努力の甲斐もあって、この周辺の浜辺はきれいな姿を取り戻していた。そんなわけで、今ではすっかりお気に入りの散歩道だ。

モクは得意げな顔でこの浜辺を歩く。道は探すのではなく、自分で作るのだと言っているようでもあった。

もう少しで太陽が完全に海に潜りそうだ。僕とモクは歩みを止め太陽を見つめる。

今日が終わる。今日もいくつかゴミを拾ったモクは希望に満ちた目をしているに違いない。そう思いモクの目をのぞき込んだ。

しかし、モクの目はなぜか悲しい目をしていた。誰かに許しを請うような目だった。

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モクは人間だった。普通の人間だ。何か特別なことを成し遂げたわけでもないし、かといって前科があるわけでもない。普通の人間だった。

しかし、それは人間界の話だ。この世界は人間だけが住んでいる訳ではない。人間以外の動物がいる。その中で考えたら人間はどうだろう。極悪生物のランキングを付けたらワースト70億は人間で埋まるはずだ。

それは、どんなに節水している人でも、節電している人でも、木を植え続ける人でも変わらない。少なからず、人間は存在しているだけでこの世界にとっては悪影響なのだ。

生物は死んだら、生きた道の総評を言い渡される。人間も例外ではない。

総評ではこの世界にどれほど貢献したのかを判定される。貢献というよりもこの素晴らしき世界の一員として、どれほどこの世界を維持することに協力的であったかが問われる。

そのため、自然の摂理の中で生きている生物が悪い評価を受けるわけもない。しかし人間は多くの犠牲の上で生活をしている。人間の評価は最低なものになる。

そんな人間には罰が与えられる。次を生きる時にも記憶を残されるのだ。そして人間に生まれ変わることはない。

つまり人間は死んだら次に、記憶を残したまま人間以外の生物を生きることになる。魚、昆虫、植物など何になるかはわからない。

そして、次を生き始めたときに思い知ることになる。人間がどれほどこの世界にとって悪影響であるか。

「このままいくとこの世界が崩壊する。」と言うことに初めて身をもって感じる。

しかし、それを人間に伝えることはできない。人間によって自分の住処が奪われていく様をただ見ることしかできない。どんなに訴えかけようとしても人間には届かない。

もし会話することができたとしても、無視されて終わりだろう。元人間は人間が残酷な生き物であるということを思い知らされる。

そして、こんなはずではなかったと思いながら住処を奪われ死んでいく。これが何千回と繰り返される。

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モクの場合、次の人生は犬であった。犬として生まれ今ここにいる。そして人間がどれほど環境にとって悪影響なのかを身をもって感じているに違いない。

人間の罪は重い。責めての償いとしてモクはゴミを拾い出したのではないだろうか。

これで前世の罪が許されるとは思っていないだろう。しかし、何もしないのでは世界は変わらない。

モクは動き始めたのだ。僕はどうする?

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