空に呟く

ブツブツ呟くゾウさんからのリクエストです


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仕事終わりに彼女と待ち合わせた2人での帰り道。

彼女の笑いは止まることはなく、小さなことでも大袈裟に笑った。箸が転んでもおかしい年頃とは言うが、彼女の人生の場合ほとんどがその年頃なようで笑顔を絶やさなかった。


明日の朝ごはんを買おうとスーパーマーケットに寄る。チェーン店ではない田舎のスーパーだ。隣を歩く彼女の一歩前に出てドアを開ける。僕がドアを支えているうちに彼女はサッと中に入り、そして僕も後を追って中に入る。

僕がドアを開けて彼女が先に入る。2人でいる時はだいたいこうで、やさしさだと思ってやっているわけではないのだがそれは良くも悪くも、僕たちには当たり前だった。


僕がかごを持ち彼女はボールを取ってくる犬のようにほしいものを見つけては僕のほうに持ってくる。それをすぐにかごに入れるのではなく、買ってい良いのかだめなのか僕の判断を仰ぐ。そのときの彼女のつぶらな眼差しはなんとも卑怯で、かわいいことに違いないのだが彼女はその目で見れば僕がNOと言わないことを知っている。

「入れていいよ」とかごを彼女に差し出せば彼女は大袈裟に喜んだ。


何とも卑怯な彼女にみかんゼリーやらガリガリ君やらデザートを買わされ、朝食のほかにもずいぶん無駄なものがかごに入っている。

僕は彼女に財布を渡し「小銭が多いから使ってくれ」と伝え、支払いを頼む。僕はかごを持っていき、買ったものを袋に詰める。いつものことだ。


袋に詰めてみれば袋は1つに収まらず、それなりの量の買い物は僕の両手をふさいだ。彼女は僕に財布を渡してくるが、両手がふさがっているので僕の服のポケットに入れてもらった。小銭はまだ少し重い。


ドアを開けるとき両手がふさがっているので体当たりをするように開けようとした。すると彼女が僕の一歩前に出てドアを開けてくれる。




「小銭使った?」

帰り道に聞いた。

「さすがに買いすぎたから私が払った。」

「べつににいのに」と言うと少し沈黙が流れる。


両手に持つ荷物の重みに揺られながら、意味もなく僕は上を向くと欠けた月が沈もうとしていた。

彼女が公園によりたいと目の前の公園に入る。

彼女は数歩前を歩き、ブランコに座った。

「アイス溶けちゃうよ」と言うと「今食べる」というから僕はガリガリ君を袋から出して彼女に渡す。


「おいしー!」と彼女は大袈裟に声を上げ、僕に一口食べさせてくる。口に入れられたそれは冷たく、甘く、懐かしい。「おいしいね」と僕も返す。


食べ終わると彼女は立ち上がり、僕は彼女が持っていたごみを受け取り、家へと向かう。


彼女がおかしなことを言う。

「優しいもほどほどにね」

「優しくした記憶はないけど」と理由もなく僕はとぼけてみた。


「ドアを開けてくれたり、二人の買い物でも払ってくれようとしたり、荷物持ってくれたり、何も言わなくてもアイスの袋開けてくれたり、食べ終わったらごみまで受け取るし。」

僕は「そんなこともあったね」なんて相槌をうつ。

「私にも何かさせてよ。その荷物もつから。」

そう言って彼女は立ち止まる。


彼女に一つ荷物を渡すとまだ不満そうにして「そっちも」といって手を伸ばす。2つも荷物を持たせるわけにもいかず

「じゃあ」と言って僕は彼女が差し出した手を空いた手で取る。


そのまま手をつないで歩き始めた。僕はさっきより少しゆっくり歩く。

彼女は最初こそ「ずるい」などといって文句を言っていたが、顔は笑っていた。つないだ手を大きく揺らす彼女はいつもより少し大きな一歩を踏んで僕の歩幅に合わせていた。


僕のことをやさしいと言う彼女はいつも僕にやさしく、きっと僕が気づけていない彼女のやさしさの方が多いのだろうと思う。


少しのずれはきっとお互いが歩み寄れば無いも同然で、お互いのやさしさは良くも悪くも今は当たり前で、きっと2人で今歩くようにうまくかみ合っている。


彼女が大袈裟に「あ!」と声をあげる。彼女の顔を見れば上を向いていた。

僕も上を向くとさっきまであった月はどこかへ消えていて代わりにたくさんの星が輝いていた。

「きれいだね。きらっきらだ。」

彼女は声を漏らすようにそう呟いた。

彼女の顔をこっそりと横目で見る。彼女はじーっと空を見つめ、星の光のせいか彼女の目がいつもより輝いて見えた。

目が合いそうになって僕はぱっと空に向き直す。


「うん。きらっきらだ。」

僕は答えた。

何気ないこの瞬間はきっとこの世の誰よりも幸せといっていいだろう。

大袈裟じゃない。


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