見出し画像

遥かな時代の階段を(映画「千年女優」感想)

今敏の代表作の一つである「千年女優」のリバイバル上映に行ってきた。

今敏作品といえば、昨年にパーフェクトブルーのリバイバル上映が行われ、今回はそのリバイバル上映企画の第2弾となる。
昨年のパーフェクトブルーのリバイバル上映がめちゃくちゃ良かったので、できれば次もやってほしいなと思っていたら、今回の千年女優の企画が発表されて嬉しかった。

前回のパーフェクトブルーのときは、とにかく大きなスクリーンで観たいと思いなんばパークスシネマに行ったが、今回はなんとなく「この作品は塚口サンサン劇場で観たい」と直感的に思い、塚口まで観に行くことにした。


いちおう昔に一度観たことはあったが、改めて観ると話の構成や演出が巧妙で、およそ90分のなかにこれだけのものが作り込まれていることにものすごく感心した。

序盤の雰囲気だと、ドキュメンタリーのような展開かと思えば、一気に舞台は過去へと遡り、めまぐるしいストーリーの展開に圧倒されていく。千代子の記憶をたどりながらも、そこに立花と井田がいることで、私たちも同じ立会人として話を聞いているかのような臨場感がある。私たちが観ているのは、インタビューなのかあるいは千代子の記憶のさなかなのか…。

そして、本作の巧妙さを感じられるもう一つの要素が、作中に登場する映画のシーン、いわゆる劇中劇の演出である。映画女優である千代子がストーリーのなかで撮影をしているシーンがあるが、どこか千代子のそのときの状況とリンクしているように思わせるシーンがあり、これは千代子の話なのか、映画のワンシーンなのか、認識があやふやに感じるところがある。

千代子が生まれたのは関東大震災の頃と言われていたが、撮影する映画は戦国時代から平安、明治…とあたかも本当に生きてきたかのように現代へと向かって駆け上ってくる。いや、彼女の女優人生という視点で見れば、あながち間違いではないのかもしれない。

もともと女優にそんなに興味がなかった千代子だったが、映画撮影のシーンでは、演技とわかるようなシーンもあれば、どこか素を感じさせるような演技を見せるシーンもあり、そこが映画なのか現実なのか分からなくなる曖昧さをより深めている一つのポイントかもしれない。
ああいうちょっとした動きや表情をしっかり表現できているのは、さすがマッドハウスだと感心した。ならびに声優の演技力にも筆舌に尽くしがたいものがある。特に千代子役の声優たちは、ちゃんと一人の人だと思わせるところが素晴らしいと思った。


また、この作品の要素として欠かせないのが平沢進の音楽である。平沢進については言うまでもなく素晴らしい方ですが、彼のミステリアスな音楽が本作をより魅力的に仕上げたと言っても過言ではないと思う。私が平沢進の音楽のファンなので、個人的な思いの熱さもあるが、あれを劇場で、しかも塚口サンサン劇場で聴けたのはとても良かった。ある意味このために来た甲斐があったとも言える。怒涛のストーリーを締めたあとの平沢進は、なんとも贅沢な余韻だった。

今敏というとデビュー作のパーフェクトブルーや、代表作とも言えるパプリカが印象に残りやすいが、改めて観ると千年女優も変わらぬ天才の所業といえる名作だと思う。本当に観に行ってよかった。