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夢の中のバイタルブレス

『デジモンバイタルブレス』という玩具がある。

 腕時計型の健康管理器具であると同時に、運動した分だけモンスターが育つという育成ゲームだ。僕は予約していなかったので発売されてからあちこち店を探し回る羽目になった。

 店を何軒も巡ってようやく買えたのは引っ越しをした翌日だった。

 気を揉んでいた引っ越しも無事に終え、運良く引っ越し先近くのデパートでバイタルブレスを見つけた僕は新居に帰ると嬉しくてすぐに開封した。

 充電しながら説明書や公式サイトの解説を読んでいるとすぐに夜になった。

 寝る前に初期設定だけ終わらせ、産まれたばかりのモンスターと一緒に僕は眠った。

 未だ慣れない新居で寝付けない夜を過ごしていると、ふとバイタルブレスをしっかり充電機に差しただろうかと思い至った。

暗い部屋の中で手探りで探すも見付からない。電気を点けて探そうかとも思ったが、せっかく眠気がきているのに起きたくはない。

 仕方がないので僕は充電を諦めて寝ることにした。

 すると、よほど気掛かりだったのか僕は夢の中でバイタルブレスを探していた。

 「ない、ない」ブツブツ独り言を言いながら探しているとやっと机の上でバイタルブレスを見つけた。僕は安心して充電コードを繋げてもう一度それを机の上に置いた。

 そして、朝になって目を覚ました。

 何か根拠のない自信を持って机の上を見た僕の眼にはしかし、バイタルブレスは見あたらなかった。

「?」

 夢は夢だったかと思い部屋中を探すもどこにも見あたらない。「まぁ引っ越しの片付けついでに見つかるだろう」と思い僕は仕事に向かった。

 帰宅してから探してもバイタルブレスは見つからなかった。

 その晩も夢を見た。あれだけ探しても見つからなかったバイタルブレスが、夢の中では前日の夢と変わらず充電器に刺さったまま机の上に置いてある。

 何となく僕は夢の中でバイタルブレスを机の上から布団の枕元に移した。目が覚めてすぐに枕元を探したが、バイタルブレスは枕元にも机の上にもなかった。

 いよいよ困り果てた僕は友人のA君を呼んでバイタルブレスの大捜索を手伝ってもらった。行方不明は最初の72時間が明暗を分かつと聞いたことがある。

 布団をひっぺ返して荷物を整理して。丸一日2人掛かりで探してもバイタルブレスは見つからなかった。最後の手段として僕は覚悟をもって眠りについた。

 絶対に夢の中でバイタルブレスを見つけてやると意気込んだ僕だったが、うっかり昼間に布団の位置を変えたことをすっかり失念していた。

 夢の中で夢から覚めた僕の耳に布団の下から「パキッ」という乾いた音が聞こえた。そこは前日に夢の中で枕元にバイタルブレスを置いた場所だ。

 布団の下から出てきたのはまるでガラス細工のようにバラバラに砕けたバイタルブレスだった。僕は夢の中で自分のなんとか割れた破片を拾い集めようとしていた。

 不意にその破片の一つが手に刺さった痛みで僕は夢から覚めた。もちろん手に傷跡はなく、布団の下に壊れたバイタルブレスもなかった。

 僕は、「あぁ。夢の中で拾わなければよかった」と後悔した。


 あれからもう夢は見ないし、バイタルブレスも見つかっていない。

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