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かつてのエレキギター (ホラー掌編:1,230文字)

あらすじ……

 久しぶりに、バンドやろうぜ――。
 
 買取業の男の許に、エレキギターが査定に持ち込まれた。
 このギターには見覚えがあった。
 かつて組んでいたバンドのメンバーの、エレキギターだった―。

 ©Fortuna 2022
 ※エブリスタのコンテスト(妄コン「復活」)用に書き下ろしました。

かつてのエレキギター

 同僚が愛想なく大量の本を置いて行った。
 俺は、まだこのスニーカーを査定しているところだっていうのに。
 ちらっと見上げると、段ボールから山積みの本が顔を出していた。
 年末は買取業にとって繁忙期。「売って大掃除をしよう」というCMを、さんざん流すものだから、靴、本、洋服、おもちゃ……、休む暇がない。
 次はなんだと顔を上げると、エレキギターケースが査定机にもたれかかっていた。
 楽器だと俺の気分が上がる。20代のとき、ばりばりのバンドマンだったからだ。
 ケースのファスナーを下ろして、ギターのネックを持ち上げると、ボディーに視線がいった。
 まじかよッ、と鳥肌が立つ。
 
 このギターには見覚えがあった。
 薫のギターだ。

 汚れとキズ。そしてやはり、ボディーの裏にはギターとベースを弾く、2匹のサメをモチーフにした、キャラクターのステッカーが貼ってあった。
 薫が考えたキャラクターのステッカーを見ていると、あの当時を思い出す。
 薫と別れてから、もう五年は経っていた。
 俺がベースで、薫はギターだった。
 俺の腕はまあまあだったが、薫の腕は天才だった。
 しかし、腕は天才でも、売れるかどうかは別問題だ。
 薫に何度も「辞めないでくれ」と説得されたが、売れない状況に希望を持てず、俺は断った。


 受付にある買取申込書には、思ったとおりで、「木村 薫」と名前が書いてあった。
 ギターを売りに来たということは、音楽活動を辞めてしまったのか……。
 今すぐにでも薫の声を聞きたくなり、仕事中にもかかわらず、薫の携帯に電話をかけた。
「ツー……ツー……ツー……」
 呼び鈴は鳴るが、薫が出ることはなかった。


 就業時間はとっくに過ぎて、倉庫に残っているのは俺一人だけだった。
 薫が来るのを待っているのである。
 ふつう、昼ごろ査定に出せば、営業時間内に受け取りにくるはずだ。
 先程から電話をかけ続けているが、薫は出ない。
 なぜだか嫌な感じがして、もう会えない気がした。
 
 しびれを切らしてしまい、薫のギターケースごと自宅に持って帰ってしまった。もし、薫から電話があれば、すぐに渡しに行こうと思った。
 薫のギターを壁に立てかけると、無性にベースが弾きたくなった。
 押し入れから、しまってあったベースとアンプを持ち出す。
 夜遅いため、ヘッドホンから音が流れるように、アンプに接続した。
 当然、あの当時に比べれば俺は下手になっている。
 なんとかベースを弾き進めていくと、ヘッドホンにギターの音が微かに混ざって聞こえ始めてきた。
 えっと思って顔を上げると、ギターは先程のまま。
 手を止めるとギターの音はしないが、俺が弾き始めると、合わせるようにギターが鳴る。
 この軽快なギターの指づかい……。
 薫が来てるんだなと思った。
 
 気つけば寝てしまっていて、昨日何曲弾いたのだろうか、ベースの弦をはじいていた右手が痛くなっていた。
 片付けようと立ち上がったとき、ふと、ギターの弦にピックが挟まっていることに気がついた。
 昨日までなかったはずだ。

 取り上げると、かつて薫が好んで使っていたピックだった。

一年間更新がなかったとき、私はこの世にいないかもしれません……。