【26. 裸足】

ある日の深夜遅く、彼の部屋。
そこで声を極力圧し殺しながら愛し合った後、彼女は独り部屋を後にした…。
ちょっと近くのコンビニまでお買い物?
いや、そんなんじゃない…。
彼女は、駐車場の真ん中辺りまで来た所で突如立ち止まった。
振り返った正面には、等間隔に幾つも並ぶ玄関のドア。
…キョロキョロ…
と頻[しき]りに廻りを気にしている。
が、特に誰かいる様子はない。
そして、2階の、右から2番目のドアを見上げた。
─まだお布団にいるのかなぁ…?─
そんな彼の姿を思い描いた瞬間、
…ガチャッ…
と何処かでドアノブが静かに回る音が、研ぎ澄まされた聴覚に響いた。
慌てて彼女は最寄りの車の陰へと隠れる…。

───
…キィ~、パタン…
…パタッ…パタッ…パタッ……
…カン……カン……カン……
と聞こえた足音は、階段を降り切った辺りで途絶える。
彼女は
…ビクビク…
しながら顔だけを出し、目を凝らす。
─他に誰もいない…?─
少し安堵した彼女は、再びさっきと同じ場所に姿を現した。
それでもまだ周囲を警戒し、緊張した面持ちで佇んでいる。
共用部の電球色の明かりが、そんな彼女の様子をずっと照らし続けていた。
よく見ると…彼女は裸足…。
部屋で何か大事件でも発生し、急いで飛び出してきた…
彼女の顔色を見る限り、そういったことではなさそうだ。
それよりも今、この数分間こそ彼女にしてみれば一大事。
廻りに存在するありとあらゆるものによって、物凄いスピードで時を奪われ、独り取り残されたようにただ茫然と立ち尽くしていた。
それでも何とか正気を取り戻し、本来の目的を果たしつつある彼女は、
…ふ~~…
と、ひとつ…深い息を吐く。
その瞬間、正面から鋭く眩しい光に包まれた。
ところが…
彼女は驚きもせず、少しはにかんだ笑顔を見せた。
そして、何事もなかったかのように彼の部屋へと足早に戻って行く。
小さな光を追い掛けながら…。
…カチャッ…
「おかえりっ…ねっ?…大丈夫だったでしょ?」
───
そこで…
その映像は途切れた。

「お利口さんだったね?…そのままでちょっとだけ待っててね?」
玄関先で迎え入れた彼女の頭を
…撫で撫で…
した彼は、入れ替わるように外へと出掛けて行く。
待っていたのは本当にちょっとだけ…。
すぐに
「ただいまっ」
と戻るや否や、彼は腰を下ろし、靴を脱ぐ…かと思いきや、玄関で突っ立ったまま帰りを待たされていた彼女の腰に縋[すが]り付いた。
彼女は少しだけ脚を開く。
すると彼は、目の前の縦に伸びる一筋に舌を伸ばした。
…ピチャピチャ…
と音を立てながら…。
「あのぉ…脚にも飛沫[はね]たんですけどぉ…」
猫撫で声で訴えた彼女を、彼はお姫様抱っこしてバスルームに運び、全身を丁寧に洗い流し、バスタオルで
…拭き拭き…
までご奉仕する徹底振り。
まさに、至れり尽くせり…。
余程さっきの彼女の行為に満足したのが窺える。
それからもう一度布団の上に戻り、彼女に見せたのがさっきの携帯動画である。

それは…
「ちょっとおしっこ…」
その一言から始まった。
「そのままお外でしてきたら?こんな時間だし、もう誰も帰って来ないよ?」
「えーーー!?…けど…誰か来たらどうすんのぉ?」
このアパートの住人は、遅い人でも0:00頃までにはみ~んな帰ってくる…
とか、
自分はいつも夜中まで書類作成しているからこの情報に間違いない…
とか、
彼は何とか説得を試みる。
確かに0:00なんて優に回っている。
けど…
─そんなのどうだっていい…─
彼女の耳には届かない…。
何故なら、彼女は…
“只今、お漏らし警報発令中!”…。
「せっかくだから、ちゃんと立ったままするんだよ?あ、それと…靴濡れちゃうといけないから、裸足のままで行ったら?あとでシャワーでも浴びれば良いし…」
もう、完璧に行く前提で話し掛けてくる。
こういうことに関しては、結構強引。
「もうヤバイ…」
彼女が立ち上がる。
そして…
トイレの前を通り過ぎることで、その提案に合意したことを彼に示した。
「んじゃ、先行ってて良いよ?俺もすぐ行くから。ちゃんと見張っててあげるからね~」

“彼女が嫌がることはしない、させない”
この決まり事は、勿論互いに承知している。
だから、いくら慣れっこになっているとはいえ、
─それとこれとは別…─
と、そのままトイレに駆け込むことも出来た。
なのに彼女はそうしなかった。
それは、彼に強要されたから…じゃない。
彼にそんなつもりはないし、彼女もそう受け止めてなんかいない。
そんな雰囲気にする…というか、それが切っ掛けになる…というか、そっと背中を押すように、彼女が
─してみたいかも…─
と思えるようなことをこれまで彼は言葉にしてきた。
始めこそ違っていたかも知れないけれど、徐々に徐々に大胆になっていった彼の提案。
それを受け入れ、徐々に徐々に大胆になっていった彼女。
だからといって、その提案を何とも思わない訳ではない。
むしろ、彼との楽しみのひとつというか、期待というか、自らも思い描くようにさえなっていたのかも知れない…。
しかし、例え彼が彼女の気持ちを解っていたとしても、例え彼に淫乱な女だと思われていようとも、
「しよっ?」
なんて、自身の口から言うことなど出来ない。
それが彼女の性格。
それこそ、
─それとこれとは別…─
である。
その代わりに、彼が言う。
彼女の願望を見透かしたかのように…。
─彼が言ったから…─
彼女の気持ちやこれからする行為の全ては、その一言で有耶無耶に出来る。
だから、余計大胆にもなれる。
それに加えて、これまでの積み重ねのせいで、特に今くらいの時間、彼と一緒に居ると羞恥心と呼ばれるものは、異常と思える程に麻痺してしまう彼女。
その分を補填するように、悦恥[えっち※1]な感覚がその敏感な身体を支配した。

…カチャッ…
サムターン[※2]を回した彼女は、布団の上で片肘を突きながら見送る彼に声を掛けた。
「ねぇ!来ないのぉ?」
「すぐ行くから、心配しなくていいよ?」
「うん…。けど、すぐ来てよぉ?じゃ、行ってるから…」
「はい、行ってらっしゃい」
…ガチャッ…
…キィ~、パタン…
彼女は一切何も…チョーカすらも身に付けず、2人が愛し合った布団から這い出したままの姿で、バスの時間が迫りつつある出勤でもするかのようにドアの向こうへと消えた。
彼はそれを見届けた瞬間、今の今までのんびりと余裕を咬ましていたのが嘘のように素早く起き上がり、自分はちゃっかり服を着て、携帯の充電ケーブルを外し、バッグからデジカメを取り出した。
─よし…!─
スタンバイOK。
玄関のドアを少しだけ開けたところで動画の撮影を開始。
そう…あの足音は彼のもの。
全裸で彼の住むアパートの目の前に立ち、放尿し、戻ってくるまでの一連の彼女の行動は、克明に彼の携帯の小さなレンズによって捉えられていた。
一方のデジカメには…
両手で拡げた襞の間から溢れ出る飛沫までをも鮮明に写し出した恍惚な表情の彼女の姿が…。
それと、もう一枚は…
アスファルトに残る、彼女が聖水によって作り描いた“作品”の画像。
狭い布団の上に彼と並んで寝転がりながら、それらを観賞していた彼女からは、さっき拭いて貰ったばかりなのに、何故かまた別の液体が沁み出していた。
それを悟られまいとしてか、悟って欲しいからか…彼女は微睡むように彼に凭[もた]れ掛かり、Kissを強請[せが]んた。
優しい接吻を交わしながら彼は言う。
「今度来る時からはちゃんと赤いの持ってきてねっ?」
間違っても、彼女自らあの引き出しから態々[わざわざ]持って来る…なんてことはしていない。
だってその時までは、
─彼に言われなかったから…─


2019/09/27 更新
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【参照】
※1 悦恥[えっち]…【造】恥ずかしさを感じることで悦びを得るエッチな状態、またその感情。

※2 サムターン…一般的にドアの室内側に取り付けられる、錠の開け閉めを行うために指で摘まんで回す金具のこと。
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【備考】
本文中に登場する、ねおが個人的に難読な文字、知らない人もいると思われる固有名称、またはねおが文中の雰囲気を演出するために使用した造語などに、振り仮名や注釈を付けることにしました。
尚、章によって注釈がない場合があります。

《本文中の表記の仕方》
例 : A[B ※C]

A…漢字/呼称など
B…振り仮名/読み方など(呼称など該当しない場合も有り)
C…数字(最下部の注釈に対応する数字が入る。参照すべき項目が無い場合も有り)

〈表記例〉
大凡[おおよそ]
胴窟[どうくつ※1]
サキュバス[※3]

《注釈の表記の仕方》
例 : ※CA[B]【造】…D

A,B,C…《本文中の表記の仕方》に同じ
D…その意味や解説、参考文など
【造】…ねおが勝手に作った造語であることを意味する(該当のない場合も有り)

〈表記例〉
※1胴窟[どうくつ]【造】…胴体に空いた洞窟のような孔。転じて“膣”のこと

※3サキュバス…SEXを通じ男性を誘惑するために、女性の形で夢の中に現れると言われている空想上の悪魔。女夢魔、女淫魔。

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