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忠犬ドッカニール(小説ネオラクゴ#3)

喫茶店で出会った老人。業種はわからないが、「社長」なのだそうだ。

仲良くなり家に招かれてわかったが、並の社長ではない。こんな広大な庭のある家など見たこともない。目隠しをされて連れてこられたとしたら、ここが個人の家の庭だと思う人はほとんどいないだろう。かなり大きな公園のように芝生が広がっている。本来なら僕のような大学生が、こんな大豪邸にお呼ばれすることなどありえないが、僕たちには共通の話題があるのだ。だから赤の他人の若者を家に招いてくれるほどに意気投合した。僕も社長も犬が大好きなのだ。僕はペット禁止の賃貸暮らしなので、実家の愛犬になかなか会うことが出来ない。社長にそう話すと、ぜひうちの愛犬を見に来てやってくださいと言ってくれたのだ。親戚以外でこんなに年の離れた人のお宅にお邪魔するのは初めてなので、最初は遠慮したが、かわいいワンちゃんを庭で放し飼いしているというのであつかましくも来させてもらった。

「うちの犬はね。飼い主が言うのもなんですけど、すごく優秀で賢いんですよ。」

「そうなんですね。社長さんに似て、きっと頭のいい犬なんでしょうね。」

「いやぁ、そんな。どこに行ったかな。あいつは。」

「いつもお世話は社長がされてるんですか?」

「いえ、僕はあの、孫が飼いたいという犬を面接して、飼うことを許可しただけで。」

「面接ですか?」

つい噴き出してしまった。仕事人間の社長だからこそ出てくる言葉だなと思った。僕は続けてこう言った。

「じゃあ賢いワンちゃんだっていう話はお孫さんから?」

「いえ、孫もやがて、休日に遊ぶだけになって、世話はもっぱら使用人がするようになっちゃって。」

さすがお金持ちだ。使用人なんているんだ、と驚いた。

「なるほど、じゃあお世話は使用人の方がされているんですね。使用人さんがしつけして賢い犬に育ったんですね。」

「いや。」

「え?」

「使用人もね。犬アレルギーでね。あまり思うように世話が出来なくて。」

「じゃあお世話はどうされているんですか?」

「優秀で賢いうえに身体が丈夫な犬でね。うちの庭や林で放し飼いをしているので、自分でどうにかして獲物を獲って食べているようですよ。」

「え?ようですよって・・・。」

「使用人や、家族が言うにはすごく、元気そうなんです。たまに見かけるそうなんで。孫とは休日に遊ぶようですし。」

「・・・へぇ。・・・ところで何犬なんですか?」

「ビーグル。」

「ビーグルですか。ビーグルって耳が垂れててかわいいですよね!」

「じゃなかったかな・・・。コーギーだったかな。」

「え、コーギーですか?コーギーも僕好きです。」

「いやブルテリアです。ブルテリア。」

「ブルテリア?本物みたことないです、僕!」

なんで、犬種も覚えていないんですか。とは言えなかった。

「あいつどこいったかな。」

「ブルテリアの、その子はお名前はなんて言うんですか?」

「犬とか、あれとか。」

「え?」

「便宜上、特に問題ないので、だいたい犬と呼んでますね。」

「こんなこというのも言うのも何なんですけど、それで愛情って芽生えますか?」

「愛情というか、来客をこうしてお迎えする理由にもなり、孫も休日には遊ぶ、家内もたまに見かける。それで優秀という報告を受けているので、私は満足ですよ。」

「はぁ。」

僕は少し怖くなった。

「ペットとして機能しているならそれでいいと思いましてね。」

機能という言葉を聞いて、犬がかわいそうに感じられて、僕は頭にきてこう言ってしまった。

「社長。僕は犬も人間も同じだと思っています。社長は自分の会社の社員さんにもそうやって接しているんですか?」

少し間をおいて、微笑みながら社長は優しい口調でこう答えた。

「はい。そうですよ。社員もタスクをこなしさえしてくれたら、それでいいと思っています。犬を自由に放し飼いにしているように、社員にもリモートワークをしてもらってます。私は何かあったときに責任をとるためだけにいるんですよ。」

いい飼い主かどうかは疑問だが、いい社長さんだなぁ。と思っていると、遠くから名前をまだ聞けていないワンちゃんが僕の足元に駆け寄ってきた。

ダックスフントだった。

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