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フランク・ロイド・ライト「入門」 (その②)

kezama

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ジョンソン・ワックス・ビルは、ウィスコンシン州のラシーンという小さな街にある。雄大なミシガン湖を望む美しい街だ。シカゴから車で一時間半くらい。そして、この街は、このビルのクライアントであるジョンソン財閥の企業城下町でもある。通りを歩くとあちこちに「Johnson」を冠したお店とか、銀行とか。きっと公共施設への寄付や出資もたくさんしている筈だ。

これもフランク・ロイド・ライトをめぐるポイントのひとつで、彼にとっての「優良クライアント」は、こうした地方の資産家が多かったようだ。落水荘のカウフマン家もピッツバーグの百貨店オーナーだった。

さて、僕にとって、「ジョンソン・ワックス・ビル」はというと、内部の「キノコ柱」もさることながら、杉本博司氏の外観写真の印象が強かった。あの、モノクロで、ソフトフォーカスの、窓ガラスがボンヤリとした細長いタワーの写真。

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実物を目の前にしてビックリしてしまった。あのボンヤリは、写真の効果ではなく、実際の建築がそうだったのだ。正体はパイレックスのガラスチューブで、これらが並べられてほぼ全ての窓面が構成されている。一本一本のチューブがステンレスワイヤーを用いて、キャストアルミ製のマリオンに引き寄せ固定されていた。

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説明の順番が前後してしまったが、この建物は2つのパートから構成されている。ひとつは低層のオフィス棟で、例の「キノコ柱」があるほうだ。もうひとつはラボ棟。今言及したタワーはこちらで、オフィス棟の後年増築されたものになる。ちなみに、現在は敷地内に、ノーマン・フォスター事務所によるホールがさらに建っている。

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外装材は基本的にすべてレンガ。ここに先述のガラスチューブ窓が設けられる。オフィス棟には外部に面する窓はなく、通りからの表情などはかなり寡黙だ。レンガは目地に工夫がしてあって、横目地だけ1cm程モルタルが面落ちさせてある。これは水平線を強調させるためだ。

まずはラボ棟を見学する。これは変わった建物だ。せいぜい一辺は10mちょっとくらいの小さなタワー。にも関わらずコアはセンターに鎮座していて、フロアの奥行きはかなり小さい。さらに、2層にひとつは外周部が吹き抜けになっている。外から見えるボンヤリしたシルエットが不思議な影を醸し出しているのはそのためだ。

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実際に中に入った感想はというと、小さなフロアプレートにもかかわらず、狭いという感じはしなかった。色々な実験器具にうまい具合に手が届きそうな、よいスケールだと思った。荷重はセンターコアで全て受けているので、外周に柱がないのもポイントだ。もちろん、このことも、あの不思議な外観に寄与している。

だが、残念なことに、このセンターコア構成が仇となり、現在の建築コードでは既存不適格ないし違法になってしまったそうだ(階段がひとつしかない上に幅員も狭い)。従って、今は専ら見学・展示用としてのみ保存されている。

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続いて事務所棟へ。さて、ここで僕は謝らなければならないことがある。実は、この建物、内部が撮影禁止だったのだ。そしてもうひとつ分かったこととして、前回の記事で述べた、編集者・著述者の方の感想は本当だったということ。従って、今の僕はこの建築の内部空間を十全に表現する術をちょっと持ち合わせていない。。。

ただ、強烈に覚えているのは、エントランスへと足を踏み入れたときの、ウワァ!って声が漏れてしまいそうな高揚感。この感覚を得られる建築体験は(僕にとっては)本当に稀だ。

実際の空間は、写真で見るよりはやや小さい印象。これはライト建築を見に行くとよく起きる現象である。そこに、有名なキノコ柱・・・実際は樹木を模したもの・・・が並び、その隙間からはガラスチューブのトップライト越しに光が降る。

静かだった。休日だから人がいないとかではなく、空間の質が。ウーム確かにこれは「言葉にしづらい」空間である・・・・丁度それを形容する言葉が見つからない、絶妙なバランスで成り立っている。

こちらの棟は実際に今でも使われているらしい。といっても限られた部署・人数だけらしいのだが。人も疎らなこの執務空間で過ごす朝・昼・晩、美しい夏や雪深い冬は、一体どんな気分なのだろうか。

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フォスター事務所による新しい建物には、ライトの図面や模型を展示するギャラリーがあった。模型は展示用に作成されたもので、精巧で見応えがあった。展示にはジョンソン・ワックス・ビルの建設プロセス・・・例えばキノコ、もとい樹木柱の実大荷重実験の写真もあったりして、結構興味深かった。

先ほど、ラシーンはジョンソン財閥の企業城下町であると述べた。よって、彼ら一族の屋敷というのもこの街にある。そして、彼らはその自邸の設計をライトに依頼している。その住宅の名前は「Wingspread」という。今はジョンソン社の管理のもと、会議場として利用され、イベントがないときは一般に公開されている。

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なんでこの住宅が「Wingspread」と言われているかというと、平面計画がその理由。中央のホールから、四方に個室のウイングがニューっと伸びる、家族住宅としてはやや変わった構成なのである。そしてデカい。先述のとおり、会議場に転用できるくらいの規模なのだ。あまり有名な作品ではないが、ライトが手がけた住宅のなかで最も高価なものらしい。

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エントランスで受付を済ませると、まずは中心のホールに通された。ここは、リビングとダイニングとして使われていたらしい。特徴的なのは、中央に鎮座するでっかいコア。ここに暖炉をはじめ、住宅のユーティリティが色々と収められているようだ。

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一見するとあまりに存在感のあるオブジェクトだが、これがあることによって回遊性が生まれる。そこに造作や家具がデザインされ、配置されるので、ゾーンごとに性質の異なる、流動的な空間が生まれるという寸法だ。こういう空間のつくりかたにかけては、ライトは本当に上手なんだなぁ、と感心してしまう。

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個室の幾つかには、当時の家具が保存されており、なかにはジョンソン・ワックス・ビルのオリジナルファーニチャーもある。なんでも、この椅子が、大分物議を醸したらしい。もともと3本脚キャスター付きだったらしいのだが、安定を欠くので、転倒する人が続出したのだそうだ。で、オーナーのジョンソン氏は、ライトにリ・デザインを依頼したものの、彼はそれを当初拒否(!)。困ったジョンソン氏は、とりあえずライトに来てもらってミーティングをしたらしい。彼をその椅子に座らせて。その後何が起きたかというと・・・そう、座って議論しているうち、ライト自身もコケてしまったのだ。これには彼も要求を受け入れざるを得ず、椅子の脚は四本になったのだという。寓話みたいなエピソードだが、本当らしい。

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先ほど、この家はデカいと述べたが、個室はかなり寸法を抑えたつくりになっている。これはホールの開放感を強調するための手法でもあるのだが、それにしても狭い。天井なんて低いところは2,270mmくらいしかなく、重心感覚は日本の民家みたいである。平均サイズ日本人の僕が狭いと思うのだから、大柄のアメリカ人はどう感じるのだろう。ちなみに、この尺度はライト自身が小柄だったことに起因しているらしい。モデュロールみたいな話であるが、結果はコルビュジェ(身長183cm)とは大分違う。

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外観は、内部の機能を反映して、なかなか複雑な表情をしている。レンガは多分ジョンソン・ワックス・ビルと同じもの。目地の処理も一緒。改めて見ても、美しい朱色をしている。

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ライトの人生は波乱万丈で、不倫からの逃避行の末、米国内での仕事が全然なくなってしまったのは有名だ(その結果もたらされたのが、帝国ホテルはじめ日本国内の作品)。実は、ジョンソン氏は、そんなライトに米国内でのチャンスを再び与え、名声を取り戻すきっかけをつくった恩人でもあった。しかし、ライトは結局このクライアントともケンカし、最終的には仲違いしてしまったらしい。折角の優良クライアントを・・・もったいない・・・・とか感じずにはいられないが、この激情ドリブンな性格こそが彼に数多の作品を提案させ、90を超えても現役でいさせた原動力だったのだろうとも思うから、裏腹なのだろう。

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ウィスコンシン州は、ライトの生まれ故郷でもある。なので、他にも沢山の作品が、ミルウォーキーやマディソンにある。タリアセンも西に向かってスプリンググリーンにある。今回タリアセンまで足を延ばすことは出来なかったが、ミルウォーキー周辺はいくつか回った。郊外には、初期の四つ子プレハブ住宅とか、晩年に設計された伏し目がちなUFOみたいな教会が建っていたりして、今まで見てきた作品とは異なるこの建築家の側面を知ることができた。

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前回の記事で、ライトの作品はいまや殆ど"建築界"では言及されないと書いた。あくまで個人的な感想だけど、概ね同意を得られるんじゃないかと思う。ミースやコルビュジェの孫みたいな作風は今でも建築雑誌に掲載されるけど、ライト風の作品が登場して"批評的"に高い評価を得ることは、まずないと言ってよい。それは日本だけでなく、アメリカやヨーロッパでも多分そうだ。

でも、強烈にライトのデザインDNAを受け継いでいる領域もある。それが、アメリカ郊外に建つ"無名で・普通の建築"。住宅とか、低層の商業ビルとか、あと教会とか。車を走らせていると、プレイリー風・ユーソニアン風のソレが、必ず見つかる。これは、アメリカに(それも地方都市に)移り住んで気づいた、ちょっとしたeye-openingな出来事だった。建築家フランク・ロイド・ライトの生涯かけての目標は、「アメリカ独自の建築様式を創造すること」だったという。そういう意味では、彼の本望は、"建築界"なんていうクローズドなドメインよりずっと広い世界で達成されているのかもしれない。

(おわり)

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