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「四つ足の乞食」ネオ美紀行

 “覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?”の文句は有名だが、薬物中毒末期の廃人がどういうものか、現代日本でお目にかかる機会は皆無に等しい。私がネオ美から聞いた中でも、「とっておきだったヤク中像」がこの話。 

天安門事件の前夜、中国古代建築共同研究の公務に、当時大学院生のネオ美は中国に留学していた。とある理由で黄金の三角地帯輸送路にほど近い昆明市にしばらく滞在することになった。 


【昆明へ】

「ムラマツ先輩と張教授と、中国の昆明に行った時の話ね」 

ネオ美は、上海から昆明に行ったの?

「昆明のキャンパスに訪問することになって、お互い別のルートで昆明で待ち合わせたの。上海から一日早く昆明の宿舎に入ることになってたネオ美と、翌日の午後に昆明に着くムラマツ先輩と張先生のグループね」

初日ぼっちだったんだね・・・

「そうね(笑)ネオ美は上海で幹事としてみんなの飛行機や宿舎の手配をしてたから、一足早く昆明の先生と共同研究の話し合いをしたりとか、昆明の見学をしたり、昆明からバスで一時間くらいかかる世界遺産の秘境の町に行く予定とかも立ててたの」

なんて町~?

「えーと忘れた・・・見たらすぐ思い出すんだけど」

ぐぐるね。雲南省.麗江・・・?なんと読むのか。

「リージャン!そうそう。」」

「ネオ美はそれまでの一週間上海でも建物の調査してて、ずっと忙しくしてたから、昆明の滞在でやっと休みが取れたのよ。昆明に着いたあと、一人で夕飯を食べて、宿舎で久しぶりにぐっすり眠ったの」

ぼっち飯だったのか・・・

「・・・そして、朝8時に起きて、ソファに座ったの。そこのテーブルの前によく昔中国のホテルとか宿舎とかどこでもあったんだけど、飲み水用の大きな魔法瓶が二つ置いてあるの。寝起きにのどを潤そうと、重たいそのポットを片手で持ち上げようとしたときに、ピキィッ!!!っていって」

あ、(察し)

「腰に電流が通ったみたいになって、ポットも落としちゃって、最初痛さで息もできずに四つん這いになったの」

ギックリ・・・!!

「ぎっくり腰ね。腰の骨を、まるで雑巾として絞られるような感じがしたのよ。これが世にいうぎっくり腰か~って思ったわ。」

大学院生のそれがめでたい初ギックリだったんだね

「初めてのぎっくり腰で、痛くてどうしたらいいかわからないし、寝なきゃいけないとは思ったんだけど、四つん這いのまま動けないわけよ。ハイハイしながらさっきまで寝てたベットのほうに行って、意を決して、ええいって掛け声をかけて、なんとか横になったのね」

おつかれ・・・

「ベットに上がった痛みで一時間くらい何もできなくて、どうしようかずっと考えて、水も飲んじゃいけないって思ってね」

そっか、お便所いけないもんね。絶望。

「そのとおり、絶望しながら一時間くらい考えてたんだけど、そういえば10時前になったらベッドメイキングがあるって思い出したの。何もできずボーっと待ってたらお姉ちゃんが入ってきたの。」

ノックして

「ああ寝てたのかごめんね~みたいな感じで帰ろうとする職員のお姉ちゃんを、帰らないでぇええって必死に引き留めたのよ。お姉さんがどうしたの?って聞いてくれたんだけど、どうやって伝えたものかね・・」

ぎっくり腰の中国語がそこでわからなかったのね・・・!?

「そうなの!普通外国語でぎっくり腰なんて勉強してないじゃない?(笑)、サービスに来てるお姉ちゃんたちは英語もわからないから、腰がこんな感じで立てない!!って、中国語で言ってね、」

雑巾を絞るジェスチャーを一生懸命したのかwww

「そしたら、ああ~扭傷??腰扭傷?っていってわかってくれてね」

通じた!!!!

「そこに丁度、ムラマツ先輩と張先生が到着したのよ」

待ってました!

「二人に話して、ムラマツさんには日本語で話して、張先生にもさっき覚えた中国語で説明してね、現地のホストしてくれてた先生が、いい先生がいるからって呼んできてくれたの」

神である。

「すぐ翌日の朝に同じ大学の大学病院から、中医の先生がきてくれてね」

中医は中国医学、日本でいうところの漢方医か。

「そう、先生が「うつ伏せに寝てください。」って言って腰の骨を順番に触って「分かった。立ってごらんなさい。」って言うの。朝からずっと立てないから無理です。って先生に話しても、「大丈夫!立てる!!」って先生は言うのね。」

ドSなのですか

「ムラマツ先輩と教授に手伝ってもらってなんとか立ったんだけど、そうしたら痛みが嘘のように無くなってるのよ・・・」

時代が望んだ天才中医、ブラッK((

「普通だったらそれで終わりなんだけど、外国人のお客さんだからって、昆明に一つしかなかったCTを即日予約で使わせてくれて、今日本でCT検査するのだって結構予約待ちするけど、休日に特別に開けて検査してもらったのよ」

市にたったひとつのCTを休日に・・・!!ほんにいい先生じゃ!!

「骨はすぐ直ったんだけど、ぎっくり腰になるのは、筋肉がつかれて瘀血(おけつ)になってるから、それも治さないといけないって言われたの」

おケツになる!!ω 中医学で、血の巡りが悪いってやつだね。

「根本から治さないとぎっくり腰のクセがつくから、しばらく重いスーツケースを持って歩く麗江の調査は同行しないことになって、その間の一週間、昆明に残ったの」

【昼下がりの食堂】

「ムラマツ先輩と張先生が麗江の調査に出向いてる間、ネオ美は昆明の宿舎で先生の治療を受けて、数日後は筋力が落ちないように、街を散歩するように言われたのよね。昼間は暇だから、昆明のちょっとした観光地とかお寺とかをめぐってたの」

またぼっちに…

「昆明って常春の気候なのよね、キノコがずっと生えてるから、キノコの名産地なのよ」

キノコ嫌い・・・許して・・・

「果物とかお茶とか、ほかにも名産はあるんだけど(笑)、そんな気候だから、町屋の建物も、しっかりした壁がなくて、柱があるだけの開放的なつくりなのよ。店の道端のすぐ前まで、店によっては道にはみ出して、ニワトリやらヘビ、カエルの入ったケースやら、いろんな食べ物が置いてあって、棚にも昔の八百屋さんみたいに野菜や果物がいっぱい並んでるの」

食べ物として置いてあるのね・・・

「普通食べ物屋さんって、店の奥に厨房があるでしょ?昆明のお店は厨房のコンロも、商品の棚と一緒に外に向いて作ってあるのよ。」

秋葉原のケバブ屋みたいなつくりですね

「そんな感じね!やってくるお客さんも、うまそうなヘビだな~とか言いながらお店を見て、店員のお兄さんとかお姉さんとかはカエルの入った中華鍋をブンブン振りながら客引きしてるの(笑)」

とにかく絵面が強い

「ネオ美はちょっと・・・カエルは食べなかったんだけど、その時お昼に入ったお店は若い姉妹がやってるお店でね、20代半ばくらいの美人なお姉ちゃんが、でっかい中華鍋を振ってるのね(笑)それで、16とか17歳くらいの妹がお手伝いしてたのよ。は野菜の入った麺を頼んだんだけど、別のカップルのお客さんが入ってきて、カニを頼んだのよね。」

カニ!!!

「妹の女の子がカニを見繕って、お姉ちゃんのほうに「これでいいか~」って掲げながら、生きたカニをまな板まで持っていくの。」

生きたまま、ゴクリ・・・

「中国の大きなブッチャーナイフあるでしょう?お姉ちゃんがそのブッチャーナイフを振りかざして、生きたカニの甲羅を真っ二つにしたのよ!」

ブッチャーってね()

「まな板に中華包丁をバァンッ!!って打ち付けて、カニの甲羅が二つに割れた瞬間に、カニの八つの足が全部、勢いよく開いて、道頓堀のカニみたいに、一斉にバって上に上がったのよ(笑)」

姉、つよし

「そのお姉ちゃんが、一家背負って立ってますみたいなね。妹はお手伝いなんだけど、今度は別のお客さんが、食用ガエル頼んだの。カエルって言っても、食べられるのは後ろ足の2本くらいだから、一食たべるなら数匹頼むのよね。こんどはお手伝いしてた妹のほうが、何匹かカエルを持って道路に出て行ったの。カエルを持った手を思いっきり振り上げて、アスファルトの道路に向けて・・・ペシンッ!!って叩きつけはじめたの」

妹ぉおおおお・・・

「最初何事かと思ったんだけど、2匹目、3匹目・・・と叩きつけていったの。事切れたカエルをお姉ちゃんのまな板にポイって投げて、お姉ちゃんがそれを料理し始めるんだけど、妹も負けてなかったのよね(笑)わぁ、すごい姉妹だなぁって思って、そんな風景を見ながらお昼ご飯をたべたわ」

忘れられない昼食。

「そんな開放的な食堂が何軒も続いてる市場で、外に出ると、ママが食べたのと同じ白いうどんみたいなラーメンが、ざるに入れて延々と飾ってあったの」 

【四つ足の乞食】

「昆明のはずれはベトナムとラオスに続く国境の都市なの。『黄金の三角地帯』って今日日聞かないけど、そこにアヘンの材料になるケシ畑が広がってたのね」

ケシからアルカロイド樹脂を採取してアヘンや合成化合物としてモルヒネとかヘロインを生成しているアレですね

「上海とかに行くと薬もどんどん値上がりするからそんなこともなかったんだけど、昆明の田舎の方までくると政府もなかなか取り締まれなくなって、以前の昆明の街ではヤク中の人と結構遭遇したのよ。」

未知との遭遇・・・

「ご飯を食べ終わって食堂の前を歩いていたんだけど、なんか、カーテンのようなカーペットのようなボロボロの布みたいなものをかけて、ゴソゴソ歩いてる人がいるわけ。身をかがめて。よくよく見たら、全裸の成人男性がボロ布をかけて、四つ足で這いつくばっていたの」

ギックリしちゃったのかな(´・ω・`)

「普通、四つん這いなんて歩きにくいと思うんだけれど、その人はとても慣れて、まるで犬が走るくらいの速さで移動してきたのよ。こちらにきた顔を見たら、目が明後日の方を見て、鼻の二つの穴から青鼻が下に垂れて、やがて口のところで一つにくっついたものがカピカピに固まって、鼻の下に逆三角形の汚いプラスチックが張り付いているようだったの」

うわぁ、鼻の下が黄金の三角地帯である

「生まれて初めてそんな人見たの・・・」

まあねw

「見てたら、こちらには目もくれずサササッって通り過ぎて、姉妹のお店ではなかったけれど、食材が並べてあるお店の前に行って、お店の人が奥に入った隙に、両手で麺の玉をひとつかみして、すごい乱暴に口に押し込んだの」

ヴァ!?

「ちょっとした飼い犬よりも、よっぽど野生的なな食べ方をしてることに、衝撃を受けたのよね。人間の形をしてるけど、人間じゃないって思っちゃった。貧乏で万引きするとかならまだ人間のやることだけど、これはレベチね」

気候が温暖な場所でよかったねぇ・・・

「すごく印象に残って、帰ってきたムラマツ先輩と張先生に話したら、張先生が、アヘンや覚せい剤で廃人になった人が、昆明にはいっぱい居るんだって言ってたの。三角地帯の農民たちは当時ケシ畑でしか生計を立てられなくて、その人たちが悪いわけではないのだけど、昆明が流通ルートとして安く手に入るので、身を持ち崩すひとであふれてるって聞いたわ」

悲惨やで・・・

「薬物乱用がニュースで取り上げられるけど、まだちゃんと二足歩行してるのよね・・・麻薬で廃人になるって言うのは誰しも色々言われたり読んだりしてるけど、本当に廃人になるとは何かって、その時生まれて初めて目にしたわけ。ただ中毒になるとか、働くことができなくなるとか、退廃的な生活になるとか、そういうものではなくて、末期的には文字通り人間という生き物ではなくなる的な」

ご近所のワンちゃんネコちゃんが貴公子にさえ見えてくる話だ。ごはんの待てもできて、訓練によってお仕事もできる。
以上はまだ天安門事件の前夜、1980年代の話で、現代の中国は、おおきく姿も変わっている。昆明でも、薬物の摘発はされるようになった。あとCTも増えたw

【あとがき】

天安門事件の前夜、このような時代に、日本人が研究生として数年間外国に身を置いた時の、興味深い話はまだまだ尽きない。次回、ネオ美の紀行を書く機会があれば、同じく別の国からやってきた、ナイフ使いの王子の話にしようと思う。


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