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留学日記#3 23.9.12.

 寮の部屋は簡素な造りになっている。ベッドが一つ、洗面台と鏡、長机に椅子が二つ。小さなスペースを活用するためだろう。壁やドアには無数の棚がこしらえられている。

 四方の奥の一面は、長机の上段から天井まで、高さ百数十センチほどの大きな窓に占められている。風景のほとんどはアルプスが埋め尽くしている。朝起きて初めて気づいた。

部屋の窓から見えるアルプス

 暖房はあるが冷房はない。この時期のジュネーブは空気が冷たい一方で、体感日本よりも日差しがきつく、日光が差し込むと真夏くらい暑く感じる。部屋を閉め切っていると蒸して苦しい。けれど窓とドアを解放すると、アルプスからの透き通った風が部屋を流れる。たまに蠅が現れるが、電気を消せばそんなに頻繁には来ない。部屋に山風を通し、スピーカーでカンやセロニアス・モンクを流しながら煙草をふかしていると、ベッドからアルプスを眺めているだけでゆっくりと時間が過ぎていく。

 キッチン・シャワー・トイレはフロアで共用。奇しくも僕のフロアは日本人留学生が半分ほどを占めているので、何かと彼女らとすれ違う。昼にはお茶をした。留学生には社交的でいい人が多いように思う。また、当然だけどみんな英語がペラペラで、一方的に凹む。外国語が話せないのに留学に来るような人間はほとんどいない。

 それでも自分なりのペースで頑張ってみる。今日は郵便局にvisaの申請を出しに行った。まだ多少マシな英語に甘えず、こちらに来てから初めてフランス語でやりとりしてみた。「この書類をこちらに郵送したいのですが、住居の契約書がないので印刷してください」とか、「こちらに送るための封筒をいただけますか」とか…。事前に文面を用意してから話すと、意外とスムーズに通じるものだ。小さな成功体験にほんの少しだけ自信を覚える。

 帰り道、積極的に店員に話しかけながら買い物をした。deepLで質問を翻訳すると、履歴が残るので後から見返せて勉強になる。店員も観光客慣れしているので大学関係者より親切に対応してくれる。小心者には心強い。

 書店でGilles Deleuze "CRITIQUE ET CLINIQUE"を購入。僕が関心を寄せている哲学者による評論集で、一節あたりが短いのでフランス語の中では比較的読みやすいほうだと思う。概要をすでに把握しているのも大きい。書店員のマダムはジュネーブに来て一番接しやすかった。

ジル・ドゥルーズ『批評と臨床』

 留学に来て慣れないことばかり。アドレナリンが出っ放しなのか疲れを自覚することもできない。心身の大事を取って、山を見ながらぼーっとしたり、たっぷり寝たりしよう。健康第一。

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