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ご挨拶遅れました。
精神障害者年金おねいさんです。

おねいさんと言いつつも、いわゆるロスジェネ世代なのでもういい年(40代)です。

私はADHDとうつ病の診断を受けて障害者手帳と障害者年金を受けています。等級はそれぞれ2級です。また、診断は受けていませんが健常者と軽度知的障害のボーダー(境界知能)レベルの知能です。IQで言えば80フラットです。

子どもの頃は勉強も運動もまるでダメ。男の子からはチヤホヤして貰えたけど、女子からはイジメの的でした。

父親は大学を出ており教育に無関心でしたが、母親は高校しか出ておらず学力コンプレックスがすごく、私にもとにかく勉強をさせようとしていました。でも勉強は一向にできるようにならず…理解できないので私自身も全く興味が持てず…。そんな時に中学で知能検査を受けた際にIQ80を割り込んでしまい、当時たまたま知的障害への知見のある担任より学力は努力させたとしても上位を目指させるのはかなり難しい旨を両親に伝えて貰えました。
そこで、完全に両親には見捨てられました。しかしながら過酷な勉強の日々からもある程度解放されました。

両親からの勧めで超底辺高校までは卒業するも、卒業後の就職はままならず…当時は可能だった日雇いの派遣で宅急便ヤマト運輸の倉庫内作業で社会人をスタートし、徐々にオフィスでの事務の仕事に移行していきました。

給料は18歳から手取りで15万円です。
高校を出た瞬間に家を追われるように出ました。33歳までは給料は全然少なかったですが交際していた男性(何人か変わっています)に依存する形で何とか普通には生活できていました。しかし、私の体型が崩れてしまったのをきっかけに33歳当時に付き合っていた彼氏とお別れになってからは手取り15万で生活していかなければならず、貯金は光の速度で減っていきました。支えてくれるような男性も醜くなってしまった私にはもう無理だろうという事も悟りました。

最初は派遣じゃない仕事を探そうとハローワークで正社員の求人を見ました。しかし、私に(みんな?)来る求人は正社員!手取り13万!の仕事のオンパレード!あれ?更に減るの??と思い、福祉事務所で生活保護を受けようとしました。しかし仕事している人には無理!と椅子につくこともなく断られました。。
生活できない。。どうする?どうする?私には学力も資格も何もない!焦って焦って憔悴しきった所で、精神障害者手帳と精神障害者年金の2つの制度を見つけました。私の居住している自治体では精神障害者でも医療証を配布しているとの事で藁にも縋る思いで精神科のクリニックに駆け込みました。

とにかく落ち込む。涙が止まらない時がある。と最初は訴えたと思います。
その後は食欲が出ない。夜眠れない。と次々に訴えていき…半年ほど通院を継続させた所で自立支援医療と障害者手帳を取りたい!とかかりつけの精神科医に依頼しました。その際に精神科医に言われた事は要約すると以下です。「手帳を取りたいなんてそもそも甘えだ。プライド無いのか?」「手帳を取ったら社会的地位と信用が落ちてしまって2度と回復できない。それでも良いのか?」ざっくりこのような事を最初に言われ断られました。
でも、次の通院の際に「半年程度継続的に通院していれば診断書は書けるはず。良くなっていません。」と食い下がると今度は「あなたここの通院飛ばして間隔空いちゃったんだよねー。もっと安定して通院してくれないと(2週間刻みが3週間に延びた。が過去に2度)」と言って断られました。次の通院の際に「最大で1ヶ月分の薬を1度に処方できる中、その期間以内での継続通院を繰り返しているにも関わらず継続通院が切れたとは言えないのではないか?」と返すと「お酒は?飲んでる人には書けないよ。」と更に別の書けない条件を提示してきました。「薬を効かせるための関係で、もう飲んでいません」と答えると「次回の通院の時に血液検査をします。その結果を見ます。」と言われ、肝臓の数値が落ち着いているのを確認し、ようやく診断書を作成してくれました。書いて欲しいと言い始めてから4ヶ月程度の間理由をつけては断られ続けてようやく診断書を作成してくれました。診断書の作成費用は15,000円…後から知りますが相場と比較してかなり高額でした。

しかも「手帳を取ったら社会的地位と信用が落ちてしまって2度と回復できない。それでも良いのか?」と言われたのも全くのウソでした。手帳を取った所で信用が落ちるどころか、誰も知らないまま日々は普通に過ぎ去っていっています。

それから更に1年ほど通院を継続し、社労士に依頼した上で今度は障害者年金の取得に向けた診断書を作成してほしい。と依頼しました。すると…
「過去に入院が無いと書けない」と突っぱねられました。
社労士にこのような事実があるか聞くと「入院した過去が必要であるとルールに記載はされていないし、実際に必須ではありません」と再び精神科医が諦めさせるための嘘の理由を伝えて来ていた事が解りました。その医師は年金の診断書についてはとにかく頑なで最終的には書かない!の一点張りの状態になりました。そこからは社労士の勧めで転院を行い、そこで更に半年ほど通院を継続し、ようやく障害者年金の診断書を作成頂けました。

この国は社会保障は形の上でのみ設置しているだけで実際には受けられる要件を満たしている人を受けさせないための防波堤が多重に設置されており実質的にはほとんど使えないようにできています。それらの強力な防波堤に対して粘るのが良いのか、あるいは躱わす方向に行くのが良いのか。散々苦しめられたお陰で判断軸とどうすれば社会保障に漕ぎつけるのかのノウハウを手に入れました。私が持っている他人様のお役に立てる唯一の武器です。本来は障害者手帳や年金を手に入れているべき方に同じ苦労や莫大な出費をさせないための活動をしている人。それが私です。

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