5月なのでまだギリ春
春は挑戦の季節。新たな環境、新たな人間関係の中で、新しい自分になるために努力する人たちの姿は皆揃って輝かしいものです。
私は別に環境も人間関係も変わらず去年とおんなじよーな生活を送っていますが、それでもボーッと生きているのは良くないですよね。チコちゃんに叱られちゃいますね。
そこで自分も、長年目を逸らし続けてきた『苦手なこと』と向き合い、そして克服を目指すことにしました。
運動◎勉強◎顔◎機械に詳しく手先が器用でポジティブで明るく友達がいっぱいでイケメン彼氏持ち。こんな非の打ち所のない完璧超人な私にも苦手なことがひとつあります。……エイプリルフールはもう終わった?あ、ほんとだごめん……。
と、とにかく、『苦手なことがある』ってのはほんとなんです。むしろ苦手なことだらけ。その中でも今回克服したいのはかなり付き合いの長いヤツです。
私がそれを苦手だと思うようになったのは、昔にやらかした失敗体験が原因だったりします。よく言う、「初めての経験が最悪だと以降苦手になりやすい」ってやつです。私もそのパターンで、最初に失敗して、もうぐちゃぐちゃになってしまい、どうしていいか分からなくなった記憶があります。
克服の機会は何度かありました。ネット社会のこの現代、同じような悩みを抱える人は多くいて、そのような人に向けたやさしい動画もYouTubeに置いてあったりしました。
友人に悩みを打ち明けたこともありました。私の周りの友人は皆、「え?全然平気!得意だよ〜」というタイプの子が多く、アドバイスをくれたりもしました。でもダメだった。できる人には、できない人の気持ちなんて分からないんだ。
以来私は「苦手だ、できない」と公表し意図的にそれを避けるようになりました。別にできなくたって困らないし、死ぬわけじゃないんです。『アレ』は引き出しの奥にしまい、もう使わないと、心に決めました。
そうして長いーーと言っても数年のーー月日が流れました。そんな頑なな私の心を変えたのは、なんでもない日常の中のほんの小さな出来事。
まだ寒さの抜けない春先のある日のこと、私は家のキッチンに立っていました。
大学3年生になった私の今年の時間割は、週5日のうち午前授業が2日、午後授業が1日、そして朝から夕方までずっと学校で過ごさなきゃ行けない日が2日あります。去年まではそんな日は、さして美味しくもない学食を『ミールプラン』とかいうお得そうな顔して実際ほぼ毎日学食を利用しない限り元が取れないようなおためごかしプランを利用して食っていました。しかし今年からはそんな学食と決別し、なんとお弁当を持参することに決めたのです。
と、言っても実際には前日の夜ご飯の残りを入れるだけなので私自身はほとんど何もやってないのですが。誰かが作ってくれた料理を詰め誰かが炊いてくれた米を敷き丸美屋が作ってくれたふりかけをカバンに入れるだけ。さしずめ40秒クッキングってとこです。パズーが支度してる間に完成できちゃう。
ちなみにお弁当は夜に作成して冷蔵庫に入れ、翌朝レンチンして持っていきます。1分でも長く寝ることをモットーとする私に、早起きして作るなんて選択肢は存在しません。
そんなわけで話は戻り、私は夕飯後いつものように弁当を用意するためキッチンに立っていました。いつものように友達と電話をしながら。ただ、いつもと違う点がひとつ。
夕飯の残りが、無いのです。
分量が少なすぎたせいか品数が少なすぎたせいか、炒め物が少しあるのを除き殆どが夕餉の間に家族みんなの胃袋の中に消え去ってしまったのです。
仕方がないので、本当に本当に不服ですがお弁当用のおかずを作ることにします。
私も暇ではないので、あり物で適当に済ませましょう。
冷蔵庫を開けます。
閉じます。
……何も無ぇ。
広い庫内はがらんとしており、調味料と卵とチーズとウインナーが少し。冷凍庫には冷食などはなく、アイスがいくつかといつ作ったかも分からず使ってもいないジップロックに入った謎の物質(多分出汁)がひとつ。野菜室に少し野菜があるのがまだ救いでしょうか。
とりあえずウインナーをチーズと炒めて絡め適当に味付けします。茹でる派の人はごめんなさい。それから奇跡的に余った夕飯の残りの炒め物も詰めます。ミニトマトも洗ってぶっ込みます。しかしそれでもーーまだ少し、あと少しお弁当箱にスペースが空いています。何かあと1品ほしい。冷蔵庫にあるのは……卵だけ。
「卵焼きでも作れば?」
その友達の一言に悪意の欠片も無いことは明らかでした。ただ純粋に、お弁当のおかずに何を作ろうか悩んでいる友に対して適切なアドバイスをしただけ。同じような状況に陥った時、『卵焼き』を作る人間が決して珍しくないのは言われなくとも分かります。でも、私は。
「……私は…卵焼き作れないから」
「えー難しくないよ!教えてあげようか?めっちゃ簡単だから」
明るくそう言う友達の言葉が、私の胸を刺す。
いいよ、どうせ無理だから
「分かった……やってみる」
拒否の言葉を口にしたつもりが、真逆のセリフが吐き出される。それはきっと、自分の心のどこかにこのままじゃいけないという想いがあるからなんだろう。
私は引き出しを開けて、『卵焼き用の四角いフライパン』を取り出した。
逃げ続けてたら、何も変われないんだ。春は挑戦の季節。生まれ変わる季節。向き合わなきゃ、自分と。
「私、卵焼き作る!」
〜友人Sによる電話越し卵焼き講座〜
「まずは卵液を作ろう」
①卵液を作る
「卵の数はお好みだけど、少なすぎても多すぎても大変だから3〜4個くらいがちょうどいいかな?」
じゃあ3個にする。味付けは、麺つゆとマヨネーズ。正直メインは巻きの工程なのでここは適当でいいや。
「よし、じゃあ焼いていこう!」
②フライパンに油をひく
サラダ油を、適当にバーってやっていい?
「あ、待って待って」
?
「とりあえず小さいお皿を出して、そこにサラダ油を入れるの。そしたらキッチンペーパーを浸して、それで油をひいてね」
なるほど、いつも卵液と油が混ざっていたのはそれをやらないせいだったのか。
③卵液を流し込む
「少しだけね。薄焼き卵を焼く感覚で!」
④巻く
「周りがふつふついってきたら巻くよ。奥から手前ね」
でも今たたんだら卵液が端からこぼれそう。
「あ、それならまだ待って。多分まだ表面しか火が通ってないんだね。こぼれないくらいまでになってからたたんで」
焦げちゃわない?
「意外と焦げないから大丈夫。」
⑤今度こそ巻く
「菜箸かフライ返しで巻く。フライ返しを入れて卵とフライパンの間に隙間を作ってから、菜箸で巻くのがオススメかな」
えーっと、えっと
「怖がらないで思い切って!」
!!巻けた!
「2巻きできた?」
できた!
⑥ワンモア
「じゃあ、その卵のカタマリをフライパンの奥側に移動させよう。そうしないと今度さっきと逆側から巻くことになってちょっと大変だからね」
「空いたスペースにまたキッチンペーパーで油をひく。これ忘れないでね」
「そしたらまた卵液をちょっと入れる。この時、卵焼きをちょっと持ち上げて"今卵焼きがある部分の下にも卵液を流し込む"のを忘れないで」
「要領は一緒。繰り返すだけ。卵が重いからちょっと巻きづらいけど頑張って!」
〜数分後〜
…………できた………。
信じられません。こんな日が来るなんて。私が、炒り卵ではなくきちんと『卵焼き』を作れているなんて。
「写真見たよ!上手いじゃん!」
Sが褒めてくれます。
「ありがとう……ありがとう…!!」
最後少し失敗してちょっと見た目は悪くなってしまいましたが、見てくださいこの断面。きちんと卵焼きでしょう?
本当は、本当は私は卵焼き大好きだったんです。小さい頃の自己紹介の『好きな食べ物』の欄は必ず『たまごりょうり』って書いていました。目玉焼きもゆで卵もTKGも、もちろん卵焼きも大好きでした。でも、好きだけど自分で作れなかった。私と卵焼きの間には透明な壁があった。そしてその壁を壊そうという努力を私はしなかった。今までごめん。ごめんね、卵焼き。待たせちゃったよね。私たち、これからはずっと友達だから。
「ワルツ、熱いうちに食べな」
「うん…!」
ほかほかの湯気を纏う卵焼きは、どんな料亭の卵焼きよりも美味しそうだった。
「いただきます」
口に含み、その味をぎゅっと噛み締める。思わず笑みがこぼれた。
「ふふっ……なんだかしょっぱいや。」
めんつゆ、入れすぎた。
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